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東京でILC 設計報告書完成発表会

ILC TDR 完成発表会において、バリー・バリッシュ氏(GDE ディレクター:写真左)と山田作衛氏(RD ディレクター:写真右)がジョナサン・バガー氏(ILCSC 議長:写真中央)にTDR のドラフトを提出した。

ILC TDR 完成発表会において、バリー・バリッシュ氏(GDE ディレクター:写真左)と山田作衛氏(RD ディレクター:写真右)がジョナサン・バガー氏(ILCSC 議長:写真中央)にTDR のドラフトを提出した。

 

国際リニアコライダー(ILC)計画が、新たな局面へとステップを進めた。12月15日(土)、東京・秋葉原でILC設計報告書(TDR/DBD)完成発表会が開催された。主催は先端加速器科学技術推進協議会(AAA)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)、国際共同設計チーム(GDE)、物理測定器研究組織(RD)。GDEとRDの上位機関にあたる「ILC運営委員会(ILCSC)」のジョナサン・バガー議長へと最終ドラフトが手渡されたのだ。今回のドラフト提出は、ILC建設に必要とされる技術がILCの建設を政府に対して提案できるレベルに達したことを示すものだ。

今回提出されたILC設計報告書(TDR/DBD)のドラフトは、長年にわたる研究開発と一連の技術レビューを経て完成したものだ。3巻で構成されており、第1巻はILCにおける物理、第2巻は加速器の研究開発と設計、第3巻は測定器に関するものとなっている。第1巻・第3巻は検出器開発を進めてきたRD、第2巻はGDEの手で編集された。総ページ数は、1400ページにも及ぶ。

このTDRは、2007年に発表された設計の概略を記載した基準設計報告書(RDR)に、5年間を超える開発研究・設計改良を加えたものだ。物理面での大きな進捗は、今年7月のヒッグスと思われる粒子の発見が取り入れられたことだ。ILCでは、この粒子が標準理論で予言されているヒッグス粒子かどうかの検証を詳細に行うことが可能だ。

標準理論は完全な理論ではないことが様々な証拠により既にわかっている。たとえば宇宙観測からその存在が確実視されているダークマターは標準理論には含まれていない。そのため標準理論を拡張しより完全な理論を作る試みが様々に行なわれているが、その方向を決めるには既に欧州で稼働中の大型ハドロンコライダー(LHC)のデータに加えてILCのデータが必要であると考えられている。ILCではビーム衝突時にダークマターだけが生成されるような過程でも観測する事が出来るなど、その精密測定能力に大きな期待がかかる。拡張された理論(新理論)ではヒッグス粒子は標準理論とは異なる様々な特徴、標準理論からの「ずれ」をしめす。たとえばヒッグス粒子が複数存在する可能性を示唆する理論も提案されている。もし標準理論との「ずれ」が見つかれば、素粒子物理の全く新しい進歩の第一歩となるだろう

TDRの加速器の巻には、開発研究・ILC技術実証のまとめと、性能・コストの最適化を行ったILC加速器の設計が記述されている。RDRからの主要な改良点としては、1)RDRでは並行する2本のトンネルを用いていたが、TDRでは大部分の場所でこれを1本にしたこと、2)電子・陽電子の粒子の数を半分にしたこと、3)減衰リングの周の長さを、約6kmから約3kmに縮小したこと、などがあげられる。

これらの変更は、RDR以来の技術的革新によって可能になったものだ。たとえば「粒子数の半減」だが、これは衝突させるビームの塊の数を半減させる、ということだが、単に数を減らすと、性能低下につながってしまう。これを防ぐために、TDRでは、衝突点でより小さなビームサイズにし粒子の密度を高める設計になっている。これは高いビーム収束技術が確立されたことで可能になったものだ。

さらに、加速器の巻には、設計の技術的裏付けも記載されている。重要な点としては、1)RDRでは、運転時の加速勾配を1mあたり3150万ボルト(31.5MV/m)として設計したが、これが十分に達成されていることが確認され、さらに、世界の研究所で加速装置のシステムとしての検証が行われたこと、2)米国コーネル大学において、陽電子減衰リングにおけるビーム不安定性を抑制する技術が、国際研究チームによって確立されたこと、3)KEKにおけるビーム収束の実験成果が上がりつつあること、4)衝突点における検出器を2台交互にビームライン上におく「プッシュプル方式」が技術的に可能であることが確認されたこと、などがあげられる。

第3巻では、測定器開発研究のこれまでの成果をまとめている。測定器開発研究は、加速器のビーム衝突領域の設計を詰めるうえで、そこで実験する測定器との整合を図ること、設計された各測定器要素が実現可能なものであると実証すること、さらに、目的とする物理がその測定器で精度よく観測できることを確認すること、の3つの目的のためになされてきた。RDR当時は、測定器の研究開発を進めるグループが4つ存在した。これを2009年夏に、2つの国際チーム「ILD」と「SiD」に絞り込み、両者が今年まで開発研究を実施してきた。そこで得られた多くの開発、設計を盛り込んだものがTDRの第3巻だ。

提出式典では、GDE、RDそれぞれのディレクターであるバリー・バリッシュ氏、山田作衛氏から、TDRがジョナサン・バガー氏に手渡された。TDRを受け取ったバガー氏は「ヒッグス粒子らしき新粒子が見つかった今、私たち研究者は、明日にでも建設が始められると良いと思っている」と、ILCの早期実現への期待を述べた。

パネルディスカッションの様子。左からパネルディスカッションの座長をつとめた村山斉 氏、パネリストの鈴木氏、バリッシュ氏、山田氏、バガー氏、増田氏、西岡氏。

 

会の後半は、カブリ数物連携宇宙研究機構の村山斉機構長が座長を務め、パネルディスカッションが行われた。パネリストは、提出式典に参加したバリッシュ氏、山田氏、バガー氏に、日本創成会議座長の増田寛也氏、AAAの西岡喬会長、KEKの鈴木厚人機構長が加わった。

冒頭、座長の村山氏が「初めてリニアコライダーのことを聞いたとき『こんなこと出来るわけない』とびっくりした」と大学院生時代のエピソードを紹介し「ここまでたどり着いたことに敬意を表します」とコメントして、ディスカッションはスタートした。

まず、バリッシュ氏が8年間のGDEの活動を振り返り「素晴らしい経験だった。世界からの知識と能力を集めてベストな設計が出来上がった」と述べた。山田氏は数千人に及ぶ世界の科学者の取りまとめという難しい仕事について「物理という共通言語、ILCという共通の目的のおかげで、まとめあげることができた」と語った。

西岡氏は、これまで産業界が培ってきた大型国際プロジェクトのマネジメントについて例を挙げて紹介。「標準を決定する事は苦労を伴うが、最初にきちんとベースを決めることで物事が進む」と述べ、今回のTDRの完成がこのベースの完成に当たるとした。

増田氏は、2012年7月に日本創成会議が発行した提言「地域開国:グローバル都市創成」について紹介し、外国人が地域の日本人とともに快適に生活できる環境づくりが重要だと述べた。これに対してバガー氏が「研究者は奇妙な生物だと思われているが、大量な研究者が来る事に地域の人が戸惑う事は無いか?」と質問。増田氏は「刺激のある人々が来る事は地域活性化につながる」と答え、会場は笑いに包まれた。

鈴木氏は、将来のILC研究所のあり方について「今後のビッグプロジェクトは、世界中でお金と人を出し合う新しい運営をする必要がある。ILCがその最初の例になれれば」と述べた。

最後に、村山氏が、会場に列席していたGDEとRDの後継組織「リニアコライダー・コラボレーション」のリーダーとなる駒宮幸男氏(東京大学)と、リン・エバンス氏(欧州合同原子核研究機関)の2名を紹介。バガー氏が受け取ったばかりのTDRを二人に手渡し「ILCを実現するのが新組織の仕事だ」とメッセージを送った。

今回のTDRのドラフトにはコストの章が含まれていない。2013年1月に行われる最終のコストレビューの結果を取入れて、ILC設計報告書(TDR/DBD)の最終版は、コストの章およびエグゼクティブサマリーを加え、来年6月に出版となる予定だ。しかし、TDRに記述された設計はそのまま建設するためのものではない。今後、研究の最後の詰め、建設地選択の結果をとりいれた最終設計にむけての努力が、新しい組織のもとで行われる。ILCの実現に向けて、活動は次のフェーズへと移行しつつある。

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