CMRC 構造物性研究センター

KEK

センター長挨拶

Natural Philosophy--自然哲学の復権をめざして

2015年4月より、村上洋一前センター長を引き継いでCMRCの舵取りをお引き受けすることになりました。

思い起こせば、放射光、中性子、ミュオンとプローブごとに分かれている研究系を横断するような研究組織を作ろう、という構想は今からちょうど15年前、前世紀最後(ミレニアム)の年に当たる2000年4月に遡ります。当時の「構造物性研究センター構想(案)」と題された文章を眺めると、翌年の省庁再編(文部省と科学技術庁の統合)を控え、これから様々な変革の波にさらされるであろう物構研のあり方を真剣に議論した様子を垣間見ることができます。そこでは、先端的な物性研究を切り拓くためにどのようにして三つの量子ビームを持つという強みを生かすか、またそれを用いてどのような研究を目指すのか、といった熱い議論が交わされていました。その後、大強度陽子計画の予算化(2001年)、機構の法人化(2004年)といった大波に翻弄されつつも、本構想はようやく2009年に当時の下村理所長の下で実現し(英語名もCondensed Matter Research Center、略称 CMRCと決定)、機構の中期計画に対応した第1期6年間の活動が始まりました。

一方この間、日本全体は経済の低迷に加えて急速に進む高齢化が国の財政を圧迫し、特に大学等の法人化以降、学術研究全体への国の支援が慢性的に不足する状況になってきました。物質科学においても、不足する研究資源を背景に産学連携研究が奨励され、「産業は学問の道場である」というコピーの完全復活に象徴されるように、「役に立つ物質」の研究が中心となりつつあります。このような世の中の潮流の中にあって、物構研も否応なしに対応を迫られつつあると見ることもできるでしょう。

「貧すれば鈍す。」とはいえ、私たちはこういう時こそ、もう一度立ち止まって自らの存在理由や果たすべき役割を考える必要があるのではないでしょうか。物構研が持つ量子ビームは、物質が示す巨視的な性質の背景にある原子レベルでの知見を得るツールとして極めて強力です。それが直ちに「問題解決の役に立つ」ことはまれですが、私たちはそのような知見から時に物質の新しい見方、物質と対話する新しい言葉を発見します。かつて西欧世界において自然科学は「自然哲学」と呼ばれていましたが、「自然を哲学する」とはまさに物質を理解するための新たな概念、言葉を考えることです。それはもしかすると新しい物質観・自然観へと私たちを導くかもしれません。これこそが、学術研究としての物質科学の醍醐味であり、その役割でもあります。構造物性研究センターでも、そのような「新しい物質観」の発見・確立を目指した研究が活発に行われることを期待しています。

構造物性研究センター長 門野良典