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燃料電池の要、イオン交換膜「ナフィオン」の膨潤過程を解明

物構研トピックス
2013年10月 7日

九州大学大学院工学研究院 田中敬二教授の研究グループは燃料電池にも使われる高分子電解質「ナフィオン」の薄膜が水中で膨潤していく過程を表面プラズモン共鳴*1中性子反射率法*2によって解明しました。

図1: 燃料電池電極の模式図

地球温暖化と化石燃料の枯渇の点から、新たなエネルギー源の普及が求められています。燃料電池は水素と酸素をエネルギー源としたクリーンな次世代エネルギーとして注目されており、 その性能向上を目指して日夜研究開発が進められています。 燃料電池の電極界面は、炭素、白金、そしてナフィオンと呼ばれる高分子固体電解質で構成されています(図1)。水素と酸素の化学反応は触媒である白金の表面で起こりますが、 反応を効率的に起こすには水素と酸素を素早く供給することが重要です。 ナフィオンは長い紐状の分子で、その側鎖*3にスルホン酸基という強い酸性の部分があり、水を吸着することで水素イオンを生成します。 この水素イオンはナフィオン中に形成される水のネットワークを流れ、白金へと水素を効率よく供給することができるのですが、そのネットワークが薄膜中でどのようにネットワークが形成されるのか、 詳細なメカニズムは明らかになっていません。

田中教授の研究グループはナフィオンの薄膜が水を吸収してネットワークを形成する過程を調べるために、銀や石英の表面にナフィオン薄膜を作成し、水がナフィオンに浸漬・膨潤していく過程を表面プラズモン共鳴、 および J-PARCの物質・生命科学実験施設(MLF)の中性子反射率計SOFIAを用いて観測しました。その結果、基板表面でスルホン酸基に水が吸着する初期過程、球状のクラスターが形成される中期過程、そしてクラスター間にチャンネルが形成される後期過程の3段階を経てナフィオン膜が膨潤することが明らかになりました。ま た、薄膜の膨潤速度は薄膜にしない場合と比較して非常に遅く、基板との相互作用によってナフィオンの動きが抑制され、チャンネルの形成が阻害されることが示されました。

図2: 表面プラズモン共鳴(SPR)、中性子反射率法(NR)を用いて観測したナフィオ ン膜の膨潤率と、実験結果より得られた膨潤過程の模式図

本実験結果により、ナフィオン薄膜中で水素イオンが輸送されるネットワークの形成が基板との相互作用によって抑制されることが示されました。 つまり、基板の材質を考慮することによりナフィオンが水素イオンを輸送する効率を向上できると予想されます。 もちろん、燃料電池の仕組みは複雑で、今後もさらなる研究が必要ですが、今回得られた知見は高機能な燃料電池を開発する上での重要な指針になると期待されます。

本成果は2013年9月13日(現地時間)に、米国の科学雑誌ACS Macro Letters誌で公開されました。


◆用語解説

  • *1 表面プラズモン共鳴(略称SPR)

    金属表面に対する物質の吸着などを調べる測定手法の一つ。ここでは試料を水に接触させた状態でレーザーのP偏光を全反射条件で入射し、金属プラズモンの共鳴による光の反射強度が変化から高分子膜の厚さと密度を評価している。

  • *2 中性子反射率法(略称NR)

    中性子を物質の界面に照射し、反射する様子から物質の界面に形成されたナノメートル(0.000001mm)からマイクロメートル (0.001mm)の非常に微細な構造を観測する手法。

  • *3 側鎖

    鎖状化合物の分子構造のうち、最も長い炭素原子の幹(主鎖)から枝分かれしている部分を側鎖という。


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