IMSS

KEK

放射光で成長 ナノクラスター

物構研トピックス
2014年11月27日
fig1.png
図1 アミドが配位した電荷クラスター
中央部に13個の銅原子(橙色)から成る
クラスター、その周りには配位子の窒素
原子(青色)、CH3(白、灰色)が囲む。

産業総合技術研究所 生産計測技術研究センターの大柳 宏之 招聘型外来研究員(兼KEK物質構造科学研究所 協力研究員)と山下 健一 主任研究員は、フォトンファクトリーの放射光を用い、これまで困難であった後期遷移金属の一種、銅(Cu)でナノクラスターを成長させる技術を開発しました。この技術は、放射光で原子を選択し局所的に還元する反応と化学反応を組み合わせた新しい方法。今回成長に成功した後期遷移金属ナノクラスターは、ナノ触媒、ナノインク、ナノ配線への応用への貢献が期待されます。

ナノクラスターは触媒などに利用されている微粒子で、最近では10-20個程度の原子で構成される超微粒子が注目されています。しかし、これまで鉄(Fe)、コバルト(Co)、ニッケル(Ni)などの後期遷移金属でナノクラスターを作成することは、溶液中でイオンが安定なため反応(還元反応)を制御してクラスターを安定化することが困難でした。
今回新たに開発した技術では、放射光のX線を照射することにより、特定の金属の周辺に電子(光電子)を供給して還元後に配位子で安定化する方法を考案しました。これはエネルギー選択性と細く絞られた放射光の特性をうまく利用したものです。放射光照射による還元反応の存在は知られていましたが、単なる厄介者と扱われていました。それを逆手にとり化学反応と組み合わせることで、新しい合成技術を開拓し、13個の銅(Cu)原子からなるナノクラスターの成長、基板上に安定化させることに成功しました。

fig2.png
図2 DFT構造モデルとXANES計算により
決定されたCu13の構造

作成したナノクラスターの構造を分子軌道法(DFT)*1X線吸収スペクトル(XANES)*2で調べ、精度の高い計算手法(FPMS*3)で計算し比較たところ、13個のコア原子が正20面体の頂点と中心に配置する構造をしていることが示されました(図2)。さらにコア原子は正電荷をもつクラスターであり、配位子の窒素原子が強いアミド結合を持つことがエックス線吸収微細構造(EXAFS)*4の局所構造とDFTからわかりました。これは放射光照射により、光電子の供給と同時にプロトン脱離が起こり、電子供与性の高いアミド配位生じたと考えられます。このような電荷を持つクラスターは、従来型の金属クラスターとも反応性が異なることが予想されます。

本成果は英国Nature Publishing Groupのオンライン科学雑誌「Scientific Reports」に掲載されました。
論文タイトル"Nanoclusters Synthesized by Synchrotron Radiolysis in Concert with Wet Chemistry" [ doi:10.1038/srep07199 ]

◆用語解説

  • *1 分子軌道法(DFT)
    密度汎関数理論と呼ばれる凝縮系の電子構造を記述する量子力学理論で一般にはその理論に基づいた電子状態の計算法を指すことが多い。計算機能力の発展や(Gaussianなど)汎用ソフトウエアの普及に伴い、クラスターにおいては必須の電子状態と構造の研究手法となっている。本研究では構造モデルの絞り込みから最適化による計算構造を実験(XANES、EXAFS)と比較することで、電子状態と構造を同時に解析した。また、コアのみでなくリガンド配位子をモデル化し、可能な限り現実の系に近いモデルを対象に行った。
  • *2 X線吸収スペクトル(XANES)
    X線吸収端の前後 50 eV 程度までのX線吸収スペクトルを利用した構造解析法の一種。目的とする原子の電子状態やその近傍にある原子の情報を得ることが出来る。光電子が周囲の原子によって多重散乱を受け放出される電子と干渉するために生じる対称性等3次元構造情報が得られる特徴を持つが、クラスターなど長周期を持たない場合の計算が難しい。
  • *3 FPMS
    局所構造を決める計算手法の一種、Full Piotential Multiple Scatteringの略。界面の影響やクラスターなど長周期を持たない系で精度の高い計算法。本研究では共著者の一人がイタリア フラスカーティ グループと共に開発したXANES構造解析プログラムMXAN(エムクサン)を用いた。FPMSのひとつであるMXANは多重散乱理論を元にXANESを計算し実験スペクトルとの比較により、吸収原子近傍の3次元局所構造を決定することができる。
  • *4 X線吸収微細構造(EXAFS)
    X線吸収スペクトルを利用した構造解析法の一種で、X線吸収端の前後 50 eV 程度以降の広域に現れる振動構造を利用したものをいう。解析が簡単で最近接原子距離の精度が1/100ナノメートル以下と精度が高く長周期構造を必要としない。

◆関連サイト