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ADPリボシル化酵素C3がシグナル伝達阻害を引き起こすしくみ

物構研トピックス
2015年6月24日

京都産業大学の津下英明教授のグループは、セレウス菌由来のADPリボシル化酵素C3とその標的である基質RhoAの複合体の立体構造を、フォトンファクトリーを利用した放射光X線回折実験により解明しました。

ADPリボシル化*1は、タンパク質の翻訳後修飾のひとつで、多くの重要な生命現象のスイッチを入れる役割を果たしています。また、多くの病原菌のADPリボシル化酵素は、ヒトのGタンパク質をADPリボシル化することにより、生体内シグナル伝達を狂わせる「毒素」として働くことが知られています。この酵素の基質となるRhoファミリーGタンパク質は、細胞の形態維持や運動性に関わる細胞骨格を制御する役割を果たしています。代表的なRhoファミリーGタンパク質として、RhoA、Rac1、Cdc42の3つが良く知られていますが、1989年に発見されたC3というADPリボシル化酵素はRhoAのみを特異的にADPリボシル化します。この特異性を利用して、アメリカの細胞生物学者アラン・ホールらは、RhoAがストレスファイバーと接着斑、Rac1が葉状仮足、Cdc42が糸状仮足という、それぞれ異なった種類の細胞運動に関わる細胞質の変化を誘導することを見出しました。こういった生物学的に重要な知見をもたらしたC3のRhoAに対する特異性に、多くの研究グループが興味を抱いてきました。しかしながら、C3とRhoAの複合体の構造が明らかではないために、その相互作用とADPリボシル化の機構はよくわかっていませんでした。

同グループはセレウス菌由来のC3を用いて、GTP*2が結合したRhoA(RhoA(GTP))とC3の複合体および、GDP*2が結合したRhoA(RhoA(GDP))とC3の複合体の結晶化に初めて成功しました。さらに、これらの結晶をNADH*3を含む溶液にソーキングした後にX線回折データを収集することで、NADH、RhoA、C3の3者複合体の結晶構造(NADH-C3-RhoA(GTP)とNADH-C3-RhoA(GDP))を明らかにしました(図A)。

NADH-C3-RhoA.jpg

NADH-C3-RhoA複合体の立体構造
(A)緑がC3-RhoA(GTP)、黄色がC3-RhoA(GDP)の構造を示す。(B)活性部位の拡大図
画像提供:京都産業大学 津下英明

C3と複合体を形成していない時、RhoAの2つの領域 (switch Iとswitch II)は、GTPが結合しているかGDPが結合しているかによって異なる形状(コンフォメーション)を取り、そのコンフォメーションの変化がシグナル伝達のスイッチとなることが知られています。面白いことに、今回明らかにした3者複合体の構造では、結合しているヌクレオチド(GTPあるいはGDP)が異なるにもかかわらず、RhoAのswitch領域はどちらも同じコンフォメーションであり、switch IはGDPが結合したRhoAと同じコンフォメーションを、switch IIはGTPが結合したRhoAと同じコンフォメーションを、それぞれとっていました(図A)。このことはC3がRhoA(GTP)もRhoA(GDP)も基質とすることを良く説明します。

また、C3の活性部位における原子の位置関係から、C3酵素と基質RhoAとの結合が、ADPリボシル化反応に最適な構造(環境)を生み出していることを見いだしました(図B)。

同研究グループは、アクチンのアルギニンを特異的にADPリボシル化する酵素Iaとアクチン複合体の結晶構造解析に取り組み、その特異性や反応機構を明らかにしてきました。 今回明らかにした複合体は、同じADPリボシル化酵素(C3)ですが、異なる基質(RhoA)を認識し、アスパラギンをADPリボシル化します。非常に似た構造をした酵素(IaとC3)が、異なる基質を認識し、異なるアミノ酸をADPリボシル化する仕組みが、これらの複合体を比較することで、今後明らかになることが期待されます。

本研究は、文部科学省科学研究費 基盤研究C「ADPリボシル化酵素C3のRhoGTPase認識機構の解明」(15K08289)新学術領域研究(研究領域提案型)細胞シグナリング複合体によるシグナル検知・伝達・応答の構造的基盤「複合体構造解析による細菌毒素の標的結合タンパク質認識機構の解明」(25121733)の支援を受けて行われました。

本成果は、journal of Biological Chemistryの電子版6月11日号に掲載されました。

論文情報:
Title:“Rho GTPase Recognition by C3 Exoenzyme Based on C3-RhoA Complex Structure.”[ DOI: 10.1074/jbc.M115.653220]
Authers: Akiyuki Toda, Toshiharu Tsurumura, Toru Yoshida, Yayoi Tsumori and Hideaki Tsuge


◆ 用語解説

  • *1 ADPリボシル化

    翻訳後修飾の一つ。NAD+からADP(アデノシン二リン酸)部分を切り取り対象のタンパク質にADPを付与する反応である。

  • *2 GTP(グアノシン三リン酸)、GDP(グアノシン二リン酸)

    生物体内に存在するヌクレオチドで、主に細胞内のシグナル伝達やタンパク質の機能調整を担う。

  • *3 NADH(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド)

    全ての真核生物と多くの細菌で用いられる電子伝達媒体。ニコチンアミドヌクレオチドとアデノシンから成る酸化型(NAD+)と、そこに水素が結合した還元型(NADH)に分類される。

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