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私にスピンをわからせて! ~ 第2回転「スピンの正体とは?」~

物構研トピックス
2018年12月10日
わたしにスピンをわからせて!

北村 源次郎:野趣あふれる美猫。上田城で母と運命の出会いを果たし、北村家の猫となったことから、真田信繁の幼名をとって源次郎と名付けられた。



母上:源次郎の母。文系だが、素粒子とスピンに興味がある。昆虫・植物が大好きで、KEK構内で撮った珍しい虫の写真を持ち歩く。
プロフィールはKEKのひと「山を旅して世界を知った 北村節子さん」に詳しい。
KEKからエッセイも。【KEKエッセイ #1】「天才はおもいがけなくやってくる」

拙者は源次郎。北村家の猫である。覚えてますか?
前回のお話は、前世期の物理学者たちが「スピン」という概念にたどり着くまでの歴史をたどるお話だったニャ。
我らが次に出会ったのは、村上さんだ。

前回のお話私にスピンをわからせて! ~初めの1回転「スピンはめぐる」 ~


第2回転「スピンの正体とは?」

今回の指南役:
村上 洋一(むらかみ・よういち)さん

愛媛県松山市出身。専門は、物性物理学。幼いころから磁石の不思議に魅せられて、かれこれ半世紀、今も磁石に関連した研究を続けている。

前回の「スピンはめぐる」で、電子の「公転」で説明できない原子スペクトルの分裂を「自転」で説明したというので、小さくガッテンしたつもりだったのですが、 スピンの正体はなんなのか、気になって仕方ないんです。
じゃ、その原子スペクトルの分裂についてもう少し話しましょうか。
突然だけど、北村さんはトンネルのオレンジというか黄色い照明、見たことあります?
あるある!私よく長距離走るから。
でも最近はあまり見なくなったかな。
黄色の光は、排気ガスの中でも光が通りやすいし、経済的だから使われていたらしいね。
自動車の排気ガスは昔に比べてきれいになりましたもんね。
白い光の方が見やすいですよね。
だけど、今日は懐かしの黄色いランプが主役。
トンネルの黄色い照明は、ナトリウムランプです。
ナトリウムを熱すると黄色に光るんです。
もしかしたら、花火の黄色もそう?
そうそう。火薬にナトリウムが入ってると黄色になるね。
じゃあ、前回のおさらいだけど、ナトリウムが出す光はもともと何だった?
電子が軌道から軌道に飛び移るときに余ったエネルギーでしょ!
さすが!イメージできてる。
この黄色の光は、ナトリウムが少しだけエネルギーが高い励起状態から最も落ち着いた基底状態になるときに、電子が放出するエネルギーを持つ光だね。

こんなかんじかニャ?

あら、源次郎。よく知ってるわね。

ウチの源次郎もね、ときどき興奮するんですよ。エネルギーを放出すると、落ち着いて寝ちゃうけど。
猫は光を出さないと思うけど、原子はエネルギーを光として放出するんだよね。
さて、電磁石の極の間でナトリウムを燃やして見た人がいるんですよ。
磁場をかけたってことね?
するとどうなるの?
黄色い光をスペクトルに分けて見たら、 磁場をかけないときよりも広がって見えたんだって。
あ、なるほどね。複数本に分かれると広がって見える。
もしかして、これがスペクトルの分裂?
そう、これも分裂の一つ。
スペクトルに分けるということは、光のエネルギーの大きさ順に並べ直すということだから、 この場合は、電子が放出するエネルギーが、磁場をかけたら…
大きさごとに分かれた!
そういうことになるよね。
その原因が何なのか、というのが20世紀初めの大きな謎になるわけですよ。
この実験をしたピーター・ゼーマンさんと、彼の先生で理論を考えたヘンドリック・ローレンツさんは1902年にその功績でノーベル物理学賞をとったんだ。
ゼーマンが撮影した写真
"The Effect of Magnetisation on the Nature of Light Emitted by a Substance" Nature, vol. 55 11 February 1897, pg. 347
磁場をかけないときは1つだったものが、磁場をかけたら分かれるんでしょ?
磁場に反応する何かがあるってことよね?
磁場に反応するものって何だと思う?
えーっと、磁石?
そう。
磁石のような性質を表す量を磁気モーメントと呼ぶんですよ。
「原子の中に磁石がある」って言ってもいいんだけど、「原子は磁気モーメントをもつ」という言い方をしますね。
何だか物理っぽくて勉強してる気になるわ(^^)
磁気モーメントは、磁場が大きいほど大きなエネルギーを持つんです。 ちょうど、物体を高いところに置いたときは、低いところに置いたときよりも、大きな位置エネルギーを持つのと似てますね。
例えばね、磁石をこうやって同じ向きで並べて置いたときと、違う向きで置いたときでは、どっちがエネルギーが大きいと思う?
磁石を同じ向きで並べておくと、相手の磁石の磁場でひっくり返ろうとする力が働く。
同じ向きで並んでいるときは、ひっくり返ろうとする力を無理に抑えつけているような状態ってことだから、
そうか!ひっくり返る前の方がエネルギーが大きいんだ。
そのとおり。磁気モーメントが持つエネルギーのイメージができたところで、ナトリウムの話に戻りますよ。
さっき、磁場をかけたらエネルギーが大きいものと小さいものに分かれたって言ったよね。
ゼーマンの実験ではかけた磁場は同じなのに、エネルギーに差がついたということは…
もともと磁石…、じゃなくて磁気モーメントに差があった!
そうなりますよね。
原子は電子の公転によって磁気モーメントを持つけど、 それだけでは磁場中の原子スペクトルの分裂のすべては説明できなかった。
あれ?
でも、1902年にゼーマンさんたちはノーベル賞を取ったんでしょ?謎は解けてたんじゃないの?
いや、実はゼーマンとローレンツが解明したのは公転の磁気モーメントによる分裂だけだったんだ。
もっと詳しく調べたら、さらに分裂しているのが分かった。
えーっと、ちょっと整理させてくださいね。
原子核の回りを、負の電荷をもつ電子が公転していると考えると、電子の公転による磁気モーメントができることは直感的に分かる。
それで一段階目の分裂が説明できた、と。
そうです。
電子が公転して磁気モーメントができるなら、自転しても磁気モーメントができるような気がしませんか。
うーん、そうですね…。
自転ということは、電子がくるくると回っているんだから、それで磁気モーメントができても良さそうな気がしてきますね。
電子の自転による磁気モーメントを考えに入れると、さらに細かいエネルギーの差を説明できて、 磁場中での原子スペクトルの分裂をすべて説明することができたんだよね。
電子の自転による磁気モーメントで二段階目の分裂が説明できた。
ふ~ん。
分かったような、分からないような…。
その後、この自転のことはスピンと呼ばれるようになって、スピン磁気モーメントという言葉ができた。
公転による磁気モーメントは、それと区別するために軌道磁気モーメントって呼ぶようになった。
へ~、なるほどね~。
いまいち納得できない感じだね。
正直言って、スピンの概念がストンと腑に落ちる人はこの世に誰もいないのかもしれない。
電子の「自転」「公転」は、日常で普通に見たり感じたりする「回転」とは随分違うものだしね…。
でもね、「スピンの存在」を確信させるのに、状況証拠一つで十分なの?
他に「これはスピンの仕業に間違いない!」と思わせる現象がもう少しないと断言できませんよね。 なんたって、目に見えない世界のことなんですから。
他にもたくさん証拠はありますよ。大勢の科学者がああでもないこうでもないといって導き出した結論ですから。
次回、スピンの必要性を示した実験をもう一つ紹介しますよ。
ぜひお願いします。論より証拠ですからね。
楽しみにしてます。


スピンの正体に近づいたような、その分余計に謎が深まったようなそんな気分だニャ。
それにしても、もう一つの実験ってなんだろか。今度は寝ないで待ってよーっと。


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