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DNAを読むしくみの解明

2010年9月16日

生命の設計図と言われるDNAはあらゆる生物が持ち、その生物の構成に必要な情報全てが詰まっています。ヒトのDNAは30億塩基対あり、一直線に並べるとなんとその長さは約2mにもなります。これが10マイクロメートル(μm=1000分の1mm)足らずの細胞核に入っているのですから驚きです。DNAはとても収納上手で、普段は非常に規則正しく折りたたまれて、コンパクトに格納されています。そして必要に応じて辞書を開くように、特定の情報が書かれた部分をほどいて読み取ります。

細胞内では日常的にDNAがほどけたりたたまれたりを繰り返し、情報を正確に伝えることで私たちは生命を維持することができています。情報を読むためにDNAがほどかれる時、ヒストンシャペロン(CIA)というタンパク質が関わっていることはこれまでの研究で知られていましたが、どのような仕組みでほどけているのか、詳しく分かっていませんでした。

遺伝子の情報を読むスイッチ

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図1
ヌクレオソームの立体構造

画像提供:産業総合技術研究所 千田俊哉

ヒストンH3を青、ヒストンH4を緑、ヒストンH2Aを黄、ヒストンH2Bを赤で示しており、この周囲にDNA(橙)が巻き付いている。DNAの外側に細く伸びているものが、本文中で表されるヒストンのヒゲ。


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図2
情報を読むスイッチの模式図

産業総合技術研究所 千田俊哉を元に作成

上)DNAが巻き付いた状態では読むことができない。
下)ヒストンが外れ、転写装置のRNAポリメラーゼが読める状態。

まず、細胞の中でDNAがどのような姿で収納されているのかからお話しましょう。収納名人の押入れやたんすの中が整然とものが取り出しやすくなっているように、DNAもただ小さく詰め込まれるだけでなく、必要なときに情報が取り出しやすい必要があります。そのためにDNAはとても規則正しいやり方で小さくたたまれているのです。収納されているDNAはヒストンというタンパク質が8分子集まってできた「芯」に約2回巻きつくことを繰り返した、まるでビーズ細工のような形を取っています。このビーズのことをヌクレオソーム(図1)と言います。ヌクレオソームの1単位は、隣のヌクレオソームまでのつなぎの部分を含めて約200塩基対で形成されています。

DNAには重要な情報が書かれていますが、このように巻き付いた状態では、その情報を読むことができません(スイッチOFF、図2上)。例えるなら、情報のたくさん書かれている辞書を閉じていて中身を読むことができない状態です。これを読む状態(スイッチON、図2下)にするのがヒストンシャペロンというタンパク質です。辞書を開いて中身を読むためには、ヒストンに巻き付いたDNAをほどかなくてはなりません。そこで重要なのが、いつ・どこを・どのようにほどいているのか? ということです。

図1のヌクレオソームの構造をよく見ると、ヒストンにはDNAの外側に伸びたヒゲのような部分があります。実は、このヒゲがDNAを読み解くためにとても重要な役割を果たしているのです。

紫外線を浴びて日焼けをする、暑さを感じて汗をかく、というように外部から刺激を受けると、私たちの体はその刺激に応じた反応をします。それは刺激に応じて正しくDNAが読み解かれ作用しているからです。正しくDNAが読み解かれるためには、莫大な情報量のDNA辞書のどのページを開けば良いか、しおりを入れる必要があります。この「しおり」にあたるものが、前述したヒストンのヒゲの部分の「アセチル化」であることは、1964年にすでに提唱されていました。しかしそれから数十年の間、しおりを入れられた部分の情報をどうやって読んでいるか、ほとんど研究が進んでいませんでした。

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図3
解析した装置NW12Aと千田 俊哉氏


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図4
ダブルブロモドメインと
ヒストンシャペロンの複合体の立体構造

画像提供:産業総合技術研究所 千田俊哉

ダブルブロモドメインを薄紫、ヒストンシャペロンCIA-1/ASF1aを橙と赤で示す。

産業技術総合研究所・生物情報解析研究センターの千田俊哉(せんだ としや)主任研究員(図3)のグループは、KEKの放射光科学研究施設フォトンファクトリーを用いて、DNAの情報がどのように読み取られているかという生命科学の大きな謎に一貫して取り組んできました。2007年には、ヒストンシャペロンがヌクレオソームをほどく仕組みを解き明かし、News@KEKでも紹介されています。それでは、ヒストンシャペロンは、どうやってほどく場所を見極めているのでしょうか? 辞書の例えで言うと、ヒストンシャペロンは、しおりを入れた場所に行って正しく辞書を開く必要があります。

東京大学・分子細胞生物学研究所の堀越正美(ほりこし まさみ)准教授は、2002年に、しおりである「ヒストンのアセチル化」を認識するタンパク質、ダブルブロモドメインがヒストンシャペロンと直接結合していることを発見していました。しおりを認識したダブルブロモドメインが、ヒストンシャペロンにほどくべき場所を教えているのではないでしょうか。そう考えた千田氏、堀越氏、そしてバイオ産業情報化コンソーシアム・生物情報解析研究センターの赤井祐介(あかい ゆうすけ)氏らの共同研究チームは、フォトンファクトリーPF-ARのNW12Aを用いて、ダブルブロモドメインとヒストンシャペロンが結合した複合体の構造を調べました。その結果、図4のようにダブルブロモドメインを中心として2つのヒストンシャペロン(橙と赤)がくっついていることが分かりました。

こうしてDNAはほどかれる

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図5
hi-MOSTモデルの模式図

画像提供:産業総合技術研究所 千田俊哉

結晶構造に基づいて導き出した、染色体の特定の部分のヌクレオソームを破壊して、遺伝子を活性化する仕組み

まず外部刺激に応じて、DNAの読むべき場所にしおりが付けられる、つまり、ヒストンのヒゲがアセチル化されます。すると、アセチル化された部分を読み取るためのダブルブロモドメインがヒストンシャペロン(CIA)と一緒にヒストンのヒゲにくっつきます。連れてこられたCIAはヒストンとくっつき、ヒストンを抜き取ります。するとDNAは遺伝情報を読み取るRNAポリメラーゼとくっつき必要な情報が解読されます。研究チームはこの一連のしくみを「ヒストンの修飾からヌクレオソームの構造変化まで」をあらわす英語(histone modifications to structural change of the nucleosome)の頭文字を取ったhi-MOSTモデルと名付け(図5)、米国科学アカデミー紀要PNASオンライン版に2010年4月14日に発表しました。

このようにDNAが読み取られる一連のしくみを明らかにしたことは、真核細胞生物に普遍的な成果であり、基礎生物学上のマイルストーンとなるものです。

最後に、千田氏は「これは本の表紙を開いたに過ぎません。どけられたヒストンはどこへ行き、どのように再び巻き付くのか、まだまだ分からないことがたくさんあります。」と語りました。ここにもまた、無知の知が広がっています。今、思っている疑問を解決した時、またこの記事で紹介できることを楽しみにしています。



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