ハイライト

ベトナムとの共同研究を進めるKEK

2010年8月5日

今週から、KEKの研究活動やその成果、大学共同利用機関としての活動、また国際共同研究等の記事を随時「ハイライト」としてお送りします。

ベトナムは南北に1,650kmに伸び、東西の幅は最も狭い部分でわずかに50kmしかなく、とても細長い国土を持ちます。北にはソンコイ川によるデルタが広がり、首都ハノイがあります。また、南の端にはメコン川によるデルタがあり、最大の都市ホーチミンがあります。今KEKには、このハノイやホーチミンから共同研究のために研究者や大学院生が訪れています。KEKでは、日本学術振興会の若手研究交流支援事業-東アジア首脳会議参加国からの招へい- の採択課題「高エネルギー量子ビーム実験における新しい実験手法の開発」により、ベトナムからの若手研究者や大学院生等を受入れています。このプログラムは昨年の10月から開始されたもので、今年の9月末までの一年間に10名以上のベトナム人を招へいする予定です。日本側の世話人は、素粒子原子核研究所の栗原良将研究機関講師です。

栗原氏は加速器実験における数値計算を専門としており、実験値との比較を行うために、大型ハドロンコライダー(LHC)実験や国際リニアコライダー(ILC)実験での素粒子反応の確率を、理論に基づいて計算を行う研究をしています。特にILC実験のように精密な測定が可能となる実験においては、測定に見合った精密な理論計算の遂行が実験成功の重要な鍵の一つとなります。今回招へいしている8名は、量子色力学や超対称性理論の計算を行う大学院生や、理論計算のために必要な数式処理を行うプログラム開発を行う研究者です。その他KEKで行われている「時間反転対称性の破れ」の実験や、GEANTと呼ばれる測定器のシミュレーションコードの開発を行う、より実験に重点のある研究者の受け入れもプログラムには含まれています。

7月に1ヵ月滞在したホーチミン市国家大学のHoang Son Do教授と、大学院生のPhan Hong Khiem氏は、栗原氏の案内でATFやBelle測定器を見学しました。「ベトナムにはがん検診を行うPET用の電子ライナックが2、3台あるだけです。今回、高エネルギー物理学実験用の加速器や測定器を初めてみることができました」とSon教授。Son教授はフランス・リヨンの大学で理論物理学を学び、ドイツのマインツ大学でポスドクとして研究を行いましたが、加速器を見学する機会がなかったのです。

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図1

Belle測定器を見学するPhan Hong Khiem氏(左)とHoang Son Do教授(右)


Son教授はマインツ大学の理論物理学研究室が開発しているコンピュータプログラム「XLOOPS-GiNaC」の開発者のひとりです。素粒子反応の確率を理論から精密に計算するには図2のような積分計算を行う必要があります。図2中、上方のグラフは下に示される積分式を表現する「ファインマンダイアグラム」と呼ばれる図です。特に図2に表される図には2つの輪があるので、2‐ループ図と呼ばれます。XLOOPS-GiNaCはこのような積分式を数値化するために必要な数式処理を行うプログラムです。図2は、例えばヒッグス粒子の質量を精密に予測する際に重要となります。

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図2

XLOOPS-GiNaCが扱う2‐ループ・ファインマンダイアグラム


またハノイ国家大学から来ていた大学院生のTran Minh Hieu氏は、栗原氏の共同研究者である成蹊大学の近匡教授を訪れ、超対称性粒子の質量の計算について議論を行いました。超対称性理論にはダークマターの候補となる素粒子が登場し、また、素粒子に働く3つの力:電磁気力、弱い力、強い力を統一して理解することを可能とする重要な理論です。超対称性は、今わかっている素粒子にペアとなる素粒子が存在すると仮定しますが、実際にはそのような素粒子は存在しません。そこで、超対称性は破れており、ペアとなっている粒子はとても重くなっているのだと考えられています。LHC実験や、ILC実験ではそのような重い素粒子を発見することが期待されているのですが、超対称性がどのように破れるのか、によって理論の結論が変わり、超対称性粒子の質量の大きさが変わってきます。そこで、Tran Minh Hieu氏は破れのパターンを入力することで、超対称性粒子の質量を計算するプログラムを作ったのです。

一方、栗原氏とその国内共同研究者は超対称性粒子の質量を入力とすると、LHC実験や、ILC実験でどのように素粒子反応が起きるのかを計算するプログラム「GRACE」を開発しています。Tran Minh Hieu氏の質量計算プログラムの結果をGRACEに入力することで、超対称性の破れの異なる理論が、実験でどのような反応を起こすのかを精密に予測することが可能になります。Tran Minh Hieu氏はすでにハノイに戻りましたが、栗原氏とその国内共同研究者との共著の論文の執筆が進んでいます。

「ベトナムでは、高エネルギー物理学実験の分野が立ち上がる時期です。これまでは主にヨーロッパに渡って教育を受けることが多かったのですが、今回のように日本で教育を受け、研究を行うことを希望する学生や若手研究者が増えてきています。」とSon教授が語ったのを受け、栗原氏は「このプログラムによる招へい者が、帰国後第一線で活躍してくれることを期待しています。ベトナムと日本との友好関係を築くのに役立つのはもちろん、アジアの科学研究の実力の底上げのためにも、招へい者の帰国後も連絡をとりながら共同研究を進めていきます。」と抱負を述べています。

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図3

8月から栗原氏(左)の研究室を訪れているハノイ国家大学大学院生のNguyen Cong Kien氏。



※ 若手研究交流支援事業-東アジア首脳会議参加国からの招へい-
アジアを中心とした国々の大学院生や若手研究者を受け入れ、研究に従事する機会を提供するプログラム


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