ハイライト

ムーアの法則を超えて

2011年7月21日

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図1

東京大学尾嶋研究室の皆さん

左から:坂井延寿さん、豊田智史特任助教(東大放射光連携機構)、吉松公平さん、並木武史さん、組頭広志准教授(現・KEK物構研教授)

パソコンやスマートフォンなど携帯端末の発展は目を見張るものがあります。このような電子機器でハイビジョン動画や音楽を利用するのは、もはや日常になってきています。それを支えているのは、機械の中に入っている小さなチップ、電子デバイスの発展です。KEKのフォトンファクトリーで私たちの生活を大きく変える可能性のある、小さな世界の大発見がありました。

微細化の限界

今の情報化社会を支えているのは、シリコンなどの半導体デバイスです。半導体業界では、「ムーアの法則」という有名な将来予測があります。1965年にゴードン・ムーア氏(米国)によって提唱された「集積回路上のトランジスタ数は18ヵ月ごとに2倍になる」というものです。論文が発表された当初は経験則として見られていた法則ですが、今日ではより広く受け入れられ、業界の一つの指標となっています。
この法則は、配線や部品そのものを微細化していくことによって実現されています。実際、現在の加工技術、計測技術はナノメートル(10億分の1メートル)単位で行われています。このままどんどん小さくしていけば、いくらでも集積できそうな気もしますが、あと10年ほどで配線の太さが原子1つ分にまで達してしまいます。そうすると、もはやどんな技術をもってしても、それ以上小さくすることはできない、理論的限界を迎えてしまうのです。

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図2

本研究で用いた酸化物結晶育成レーザー分子線エピタキシー(MBE)装置と光電子分光装置からなる複合装置の概略図

フォトンファクトリーのビームラインに接続されている、作製した高品質薄膜の電子状態をその場で観測可能な装置。

そこで、現在のしくみとは全く異なるしくみで動くデバイスの開発が求められ、世界中で研究が進んでいます。東京大学の尾嶋正治(おしま・まさはる)教授の研究室では、研究室発足当初からこのテーマに取り組み、フォトンファクトリー(PF)に専用の装置を開発、建設してきました。レーザー分子線エピタキシーという技術を使って、基板上に1層ずつ結晶を積み上げてデバイスを作り、その場で放射光によって観測する装置です。この装置によって絶縁体の界面に現れる金属相 や、薄膜のステップ構造を利用した磁化の振る舞い など、これまでに次世代素子につながる研究成果を多く輩出してきています。

エレクトロニクスの次へ

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図3

吉松公平さんと実験装置

暗幕内にある装置で作られた試料を、写真中央部分でその表面状態を評価する。さらに左側の青い蓋のある装置内で放射光を照射して電子状態を観測する。

現在、利用されている半導体デバイスは、電子の電荷のみを利用して動作を制御するエレクトロニクスという技術です。あと10年ほどに迫った理論限界に応えるべく、全く新しい技術として、電荷に加え、電子の軌道・スピンまで制御して利用する「強相関エレクトロニクス」という技術が検討されています。東京大学の組頭広志(くみがしら・ひろし)准教授(現・KEK物構研教授)、大学院生の吉松公平(よしまつ・こうへい)さんたちは、このような性質を持つ物質として、層状の結晶構造を持つ強相関酸化物に注目しました。

層の厚さが性質を変える!?

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図4

高温超伝導体などの層状の酸化物構造(左)と本研究で作製した量子井戸構造(右)

青が伝導層、黄色が絶縁層を示す。層状酸化物では伝導層が最大で3枚の化合物しか存在しない。高温超伝導体では、伝導層が1枚から3枚と増えるに従い、超伝導転移温度が上昇することが知られている。本研究で作製した量子井戸構造では、伝導層の数を自在に制御できる。


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図5

放射光を用いて調べた量子井戸構造に閉じ込めた強相関電子の振る舞い

(a) SrVO3量子井戸構造における角度分解光電子スペクトル。伝導層の厚さ(m分子層、m は整数値)を変えることで、逆三角形で示した量子化された状態が系統的に変化していることがわかる。
(b)量子化状態の結合エネルギーにおけるSrVO3伝導層の枚数(量子井戸の幅)依存性。四角が実験値、実線が理論計算の結果をしめす。実験結果と理論計算結果が良く一致することから、強相関電子がSrVO3量子井戸構造内に閉じ込められていることがわかる。

金属の自由電子のように自由に振る舞う電子とは違い、物質中の電子同士が強く作用し合っている物質系を強相関電子系と言います。このような物質の中で、伝導を担う伝導層が絶縁層に挟まれたサンドイッチのような層状酸化物では、高温超伝導などの特異な性質を持つため、近年盛んに研究されています。そして、面白いことに、この挟まれた伝導層が1枚、2枚、と増えていくにつれて、超伝導になる温度が高くなっていくのです。

この構造に着目した吉松さんたちは、三次元の強相関電子系を非常に薄く積層することで、電子を閉じ込め、振る舞いを制御できるのではないかと考えました。このアイディアそのものはこれまでに何度も試されていましたが、上手く閉じ込めることに成功した人はいませんでした。吉松さんは伝導層のバナジウム酸ストロンチウム (SrVO3)と絶縁体のチタン酸ストロンチウム(SrTiO3)の組み合わせを用いるアイディアを思いつきました。 SrTiO3は、SrVO3のバナジウムがチタンに変わっただけですが、伝導性を持つSrVO3とは性質が異なり、絶縁体の性質を持ちます。この工夫によって、絶縁層の基板上に分子層を制御してSrVO3を積層することができるようになりました。放射光を使って電子状態を調べた結果、SrVO3の層内に強相関電子が閉じ込められ、エネルギーがとびとびの値になる「量子化」されていることが分かりました。さらに層の枚数を増やし、閉じ込められた強相関電子の量子化されたエネルギーが変化していくことを観測し、その値が計算値とぴったり一致することを確認したのです。
これは層の厚さを変えるだけで、強相関電子のエネルギーを制御できるということを示しています。また、電子の分布(電子の広がり)を層の厚さによって選択することができるため、強相関エレクトロニクスを発展させるための画期的な第一歩となります。

この研究は米国の科学雑誌Scienceの2011年7月15日(現地時間)に掲載されました。

「私たちが知りたいのは、とてもシンプルなことで、伝導層の枚数が増えるとどうなるか?ということです。1枚が2枚、3枚と増えるにつれて超伝導になる温度が高くなるなら、枚数を増やせば高温超伝導ができるはず。これまで3枚が限界だったのが、今回の技術によって4枚以上作れる可能性が出てきました。」7月からKEK物質構造科学研究所に着任した組頭教授は意欲的に語っていました。強相関エレクトロニクス、高温超伝導、まだまだ遠い話のようですが、このような地道な研究の積み重ねが実現へ導いてくれるのです。

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