2011年4月21日
その粒子が発見されたのは、今から30年ほど前の事でした。その粒子の名は「ポジトロニウム負イオン」、電子2つとその反粒子である陽電子1つから成るイオンです。発見以来、ほとんど進展することのなかったポジトロニウム負イオンの研究に、東京理科大学の長嶋泰之(ながしま・やすゆき)教授、KEK物質構造科学研究所の兵頭俊夫(ひょうどう・としお)特別教授らの研究チームは、大きな一石を投じる実験を行いました。
ポジトロニウム負イオンは発見されてから30年ほどしか経っていない、まだ学問的に若い存在です。ですから、実験に利用できるほど大量にポジトロニウム負イオンを作る方法さえ、確立されていませんでした。長嶋教授らは、まず作りだすことから着手し、タングステン表面に陽電子ビームを入射することで、ポジトロニウム負イオンを作って表面から取り出すことに成功しました。しかし、この方法での生成率は非常に低く、とても新たな展開はありえないものでした。そこで、ポジトロニウム負イオンをたくさんつくるために、タングステン表面にセシウムを蒸着することを思いつきました。実際にやってみたところ、予想をはるかに超え、発生するポジトロニウム負イオンの量が、文字通り桁違いに増えたのです。しかし、セシウムは劣化しやすく半日ほどでポジトロニウム負イオンの量が減ってしまうため、実験として使うには十分ではありません。耐久性を延ばすため、セシウムをナトリウムに代え、数日間性能を保つことを可能にしました。
このようにして得られたポジトロニウム負イオンに、レーザー光をあてて電子を一つ引き剥がす「光脱離」という現象を起こす実験を行いました(図2)。生成されてからわずか0.5ナノ秒(ナノは10億分の一)ほどで消滅してしまうポジトロニウム負イオンにレーザーを当てるのは、容易なことではありません。それを可能にしたのが、ある一定時間にまとまって(パルス状に)陽電子を作りだすKEKの加速器だったのです。長嶋教授は「加速器からは陽電子ビームがパルス状になって出てくるのでポジトロニウム負イオンもパルス状に作られます。そこにタイミングを合わせてレーザーを当てれば良いのですから、この実験にぴったり、都合が良かったのです」と語りました。
ポジトロニウム負イオンから電子を一つ取り除いた電子と陽電子のペアをポジトロニウムと言います。ポジトロニウムも、一瞬にしてガンマ線という光となって消滅してしまいます。消えるまでのわずかな間に引き起こす物質との相互作用を、放出されるガンマ線を利用して観測すると、物質の情報を読み取ることができます。もしポジトロニウムをエネルギー可変ビームにできれば、これまで得られなかった様々な情報が得られるはずです。
ポジトロニウム負イオンの光脱離の技術ができた意義を長嶋教授は次のように語ります。「ポジトロニウム負イオンを好きなエネルギーに加速して光を当てれば、自由なエネルギーのポジトロニウムを作ることが可能になります。つまりポジトロニウムビームの実現に大きく一歩踏み出したことになります。」
この成果は米国の科学雑誌Physical Review Letters,vol.106,153401(2011)(オンライン版4月11日、現地時間)に掲載されました。
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