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last update:09/02/10  
  プレス・リリース 〜 09-04 〜 For immediate release:2009年02月10日
 
 
たんぱく質分子内を小分子が移動する様子の動画撮影に成功
− たんぱく質機能解析を実現する新技術 −

 
科学技術振興機構(JST) 
東京工業大学 
高エネルギー加速器研究機構 
横浜市立大学 
名古屋大学 
 
JST基礎研究事業の一環として、東京工業大学 フロンティア研究センターの腰原 伸也 教授らは、生体のたんぱく質分子内を生命活動に不可欠な小分子が輸送される際に、たんぱく質分子自身があたかも大きく吸ったり・吐いたり"深呼吸"をするように時々刻々と構造変形する様子を、時間分解X線構造解析法注1)を用いて直接観測することに成功しました。

生体内たんぱく質の構造は静的なものではなく、生理活性を持つ分子を取り込んだり、輸送・貯蔵する際に大きく形を変えたりします。今回の成果は、このメカニズムの一端をビビッドに明らかにしたもので、たんぱく質・酵素の機能解析や創薬などの基本であるたんぱく質分子構造の概念に変更を加えていく重要な基礎研究成果です。

本研究は、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の足立 伸一 准教授、横浜市立大学の朴 三用 准教授、名古屋大学の倭 剛久 准教授、東京工業大学 大学院理工学研究科 博士後期課程3年の富田 文菜 氏と共同で行われました。

本研究成果は、米国科学雑誌「米国科学アカデミー紀要(PNAS)」のオンライン速報版で2009年2月9日の週(米国東部時間)に公開されます。
 
本成果は、以下の事業・研究プロジェクトによって得られました。
戦略的創造研究推進事業 ERATO型研究
研究プロジェクト:「腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト」
研究総括:腰原 伸也(東京工業大学 フロンティア研究センター 教授)
研究期間:平成15〜20年度
JSTはこのプロジェクトで、新しいナノ、オングストローム観測技術を開発し、動的非平衡構造学という新たな領域を創成するとともに、その成果を用いて、既存材料にはない高効率かつ高速応答性を持った画期的な光電機能材料の創成を目指しています。
 
 
<研究の背景>
たんぱく質は、部品であるアミノ酸が1本の鎖となって折り畳まれた構造を取り、その折り畳まれ具合が、たんぱく質の形や酵素活性などの生体内の生命活動にとって重要な機能に深く関わっています。たんぱく質の内側の構造をよく見てみると、その中身はアミノ酸でぎっしり詰まっているわけではなく、きっちりパックされていない「穴」が所々に開いています。このたんぱく質分子内部の穴は、折り畳まれたたんぱく質分子の安定性という意味では不利なはずですが、35億年にわたる長い進化の歴史の中でたんぱく質が獲得してきた数々の生命機能が、実はこの穴の存在や形と深く関わっていることが近年、明らかになりつつあります。
 
しかしこれまでの最新技術をもってしても、たんぱく質内部に仕組まれてきたこの「仕掛け」が働く様子を、あたかも動画を観るように観測することは極めて困難でした。
 
<研究の成果>
本研究の対象としたミオグロビン(分子量約17,000)は、生体の筋肉の中で、酸素分子を血液との間でやり取りしたり、一時的に貯蔵したりする重要な役割を担っているたんぱく質です(図1)。また、生体たんぱく質の中で初期に結晶構造が解析されたたんぱく質でもありますが、その分子の構造を見ると、やはり内部にいくつかの穴が開いています。
 
ミオグロビン分子の中で最も大きい穴は、鉄−ポルフィリン錯体(ヘム)注2)を納めるための空洞であり、その鉄にガス分子が可逆的に結合し貯蔵されることはよく知られています。しかし不思議なことに、この鉄を取り巻くガス分子を蓄えている穴には、外界へとつながる通路がどこにもありません。「密室」とも言えるたんぱく質分子内のこの穴と外界との間で、ガス分子のやり取りがどのように行われているかは、たんぱく質研究者の間で長年の謎でした。
 
本研究グループの足立准教授と富田氏は、ミオグロビン分子内の空洞が酸素や一酸化炭素などのガス分子の輸送に深く関与しているはずであり、その分子輸送の様子を直接観測してみたいと考えました。そこでKEKの放射光科学研究施設のビームラインNW14Aを用いて、時間分解X線構造解析法を用いた分子動画撮影に挑戦しました。
 
本研究では、試料を-130℃から−170℃程度の低温にした上でレーザー光の照射によりミオグロビン分子内のヘムと一酸化炭素の結合を切断することにより、一酸化炭素がミオグロビン分子内でゆっくりと移動できるようにしました。この状態を時間分解X線構造解析法で観測すると、ミオグロビン分子内の穴の間を一酸化炭素分子が数十から数百分のオーダーで飛び移りながら移動する様子が明らかとなりました(図2)。そしてこの飛び移りが起きる際に、あたかもたんぱく質分子が"深呼吸"をするように、一連の穴の形状が時々刻々、次々と変形する様子を、時間分解X線構造解析法を用いて直接観測することに世界で初めて成功しました(図3)。これは、光励起で小さな一酸化炭素分子が動き始めることがきっかけとなって、周りを取り囲む巨大なたんぱく質分子(ミオグロビン)も一体となった原子分子構造のドミノ倒しが、貯蔵された生理活性分子の輸送のために起きていることを示しています。
 
これによってミオグロビン分子の密室という長年の謎の解明に大きく近づきました。酵素などの機能を議論する際に、私たちは、作用するたんぱく質分子と対象となる分子の間は、鍵と鍵穴といった固定的なものと考えてきました。しかし実際のたんぱく質は、このように時々刻々形を変えながら、他の分子に働きかけていると容易に想像できます。
 
<今後の展開>
本研究で用いた時間分解X線構造解析法により、たんぱく質の静止した構造だけでなく、その機能に関わる時々刻々と変形する様子を、ミオグロビンを一例として直接動画可視化できることが証明されました。
 
この技術は他の多くの機能性たんぱく質分子にも原理的に適用可能なものであり、機能解析のための分子動画作成技術の可能性が膨らみつつあります。「鍵である生理活性物質が近づくと、たんぱく質の鍵穴自身が静的な止まった構造とは違うものに変形する」という、生体物質の本質的な性質に対して、そのベールを解き放つ鍵としての新技術がまさに私たちの手元に届きつつあります。この技術がさらに発展すれば、新薬を設計する上で重要な指針・情報を与えることになるでしょう。
 
<論文名>
"Visualizing Breathing Motion of Internal Cavities in Concert with Ligand Migration in Myoglobin"
(ミオグロビン中の配位子輸送過程と協調した内部空洞の呼吸運動の可視化)
 
 
<お問い合わせ先>
  <研究内容に関すること>
腰原 伸也(コシハラ シンヤ)
 東京工業大学 フロンティア研究センター 教授
 〒152-8551 東京都目黒区大岡山2-12-1-H-61
   Tel:03-5734-2449
   Fax:03-5734-2614
   E-mail:skoshiatcms.titech.ac.jp
 
足立 伸一(アダチ シンイチ)
 高エネルギー加速器研究機構 准教授
 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
   Tel:029-879-6022
   Fax:029-864-3202
   E-mail: shinichi.adachiatkek.jp
 
<JSTの事業に関すること>
小林 正(コバヤシ タダシ)
 科学技術振興機構 戦略的創造事業部 研究プロジェクト推進部
 〒102-0075 東京都千代田区三番町5 三番町ビル
   Tel:03-3512-3528
   Fax:03-3222-2068
   E-mail: kobayashatjst.go.jp

 
  <報道担当>
科学技術振興機構 広報・ポータル部 広報課
 〒102-8666 東京都千代田区四番町5番地3
   Tel:03-5214-8404
   Fax:03-5214-8432
   E-mail:jstkohoatjst.go.jp
 
東京工業大学 総務部 評価・広報課
 〒152-8550 東京都目黒区大岡山2-12-1-E3-3
   Tel: 03-5734-2975
   Fax:03-5734-3661
   E-mail:kouhouatjim.titech.ac.jp
 
高エネルギー加速器研究機構 広報室
 〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
   Tel: 029-879-6047
   Fax:029-879-6049
   E-mail:profficeatkek.jp
 
横浜市立大学 研究推進センター
 〒236-0027神奈川県横浜市金沢区瀬戸22-2
   Tel: 045-787-2063
   Fax:045-787-2025
   E-mail:sangakuatyokohama-cu.ac.jp
 
名古屋大学 広報室
 〒464-8601 愛知県名古屋市千種区不老町
   Tel: 052-789-2016
   Fax:052-788-6272
   E-mail:kouhoatpost.jimu.nagoya-u.ac.jp
 

 
<参考図>
 
ミオグロビンの説明図
図1 :ミオグロビンの説明図
ミオグロビンは153個のアミノ酸が1本の鎖として繋がり、折り畳まれた構造を持つ。たんぱく質の中に、ヘムと呼ばれる鉄−ポルフィリン錯体が取り込まれており、その鉄に酸素や一酸化炭素などガス分子が可逆的に結合する。
 

 
ミオグロビン分子内の一酸化炭素分子が移動する過程の分子
図2 :ミオグロビン分子内の一酸化炭素分子が移動する過程
レーザー励起後に、一酸化炭素分子がたんぱく質分子内の「穴」の間を飛び移り、あたかもたんぱく質分子が"深呼吸"をするように、一連の穴の形状が時々刻々、次々と変形する姿が捕えられた。
 

 
一酸化炭素分子の移動に伴う、たんぱく質内部の空洞形状の変化(測定温度-130℃)
図3 一酸化炭素分子の移動に伴う、たんぱく質内部の空洞形状の変化(測定温度-130℃)
点線で囲った部分がミオグロビン分子内の「穴」である。レーザー照射前とレーザー照射開始後750分の構造を比較した。時間の経過とともに空洞が拡大し、空洞と空洞の間が徐々につながってゆく様子が見て取れる。
 

<用語解説>
 
注1)  時間分解X線構造解析法
  通常のX線構造解析法では、時間に対して変化していない物質の構造を対象として解析するが、時間分解X線構造解析法は、時間変化している物質の構造を動画のように測定する手法。構造変化の時間スケールより、十分短い測定時間で測定できることが必須である。腰原非平衡ダイナミクスプロジェクトでは、高エネルギー加速器研究機構の放射光科学研究施設で、時間分解X線測定専用としては世界で初めてのビームラインを建設し、この分野の研究を開拓しつつある。
 
注2)  鉄−ポルフィリン錯体(ヘム)
  鉄イオンとポルフィリンと呼ばれる環状構造分子から成る物質で、酸素分子が鉄イオンと結合して、酸素を貯蔵と放出する機能を持つ。本研究ではヘムを含んでいるミオグロビンを研究対象とした。
 

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