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last update:09/10/16  
  プレス・リリース 〜 09-13 〜 For immediate release:2009年10月16日
 
 
塩が界面活性剤のように振る舞う現象を発見
− 液体に現れる新しい構造 −

 
大学共同利用機関法人 
高エネルギー加速器研究機構 
 
【発表の骨子】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構を中心とするグループは、油などの有機溶媒と水の混合液に塩(「カリボール」という名前で知られているテトラフェニルホウ酸ナトリウム)を添加すると、数ナノメートルからマイクロメートルに至る階層的な構造が現れる事を世界で初めて示した。これは、塩が界面活性剤と同様に振る舞う事を示しており、洗浄や乳化などの作用を起こさせることもできる。この成果を応用すれば、将来的には石鹸や乳化剤などに用いられるような新たな環境適合性材料の開発なども可能になるものと思われる。
 
【概要】
大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所の瀬戸秀紀教授と貞包浩一朗共同利用研究員のグループは、国立大学法人京都大学小貫明教授、西田幸次准教授、及び独立行政法人日本原子力研究開発機構(JAEA)小泉智主任研究員と共同で、JAEA研究用原子炉JRR-3Mの中性子小角散乱装置※1SANS-JとPNOを用いて、重水と有機溶媒である3メチルピリジン※2の混合液にテトラフェニルホウ酸ナトリウム※3(一般的には「カリボール」という名前で知られている)を加えることにより、ナノスケールの膜状構造が等間隔で並び、それがタマネギ状に積層して直径数十マイクロメートル程度の球が形成されることを示した。
 
1つの分子に水に馴染む部分(親水基)と油に馴染む部分(疎水基)を持つ分子は「両親媒性分子」と呼ばれ、水と油の界面に吸着して界面張力※4を下げる効果(界面活性効果)を持つ。石鹸はこの水と油を均一に混合させるという性質を用いて洗浄に用いられる。また水中では疎水基を内側にするように凝集して球(ミセル)や二重膜を形成し、生体内でも重要な役割を果たしている。
 
この両親媒性分子が作る膜がナノメートルのスケールで規則的に積層した「ラメラ構造※5」を形成し、それらが凝集してマイクロメートルスケールの大きさのタマネギ状の構造を形成することがあるということは以前から知られていたが、そのメカニズムについては分からない点が多かった。
 
一方、塩は陽イオンと陰イオンのペアからなり、溶媒中ではイオン同士がバラバラになって一様に分散するのが普通である。両親媒性分子にもイオン性のものがあって溶媒中で陽イオンと陰イオンに分かれることはあるが、上述のような界面活性効果があるのはその一方のイオン(通常は陰イオン)だけであり、イオンのペアが直接的に水や油に作用することはないことから、両親媒性分子と塩は溶媒中では全く別の性質を持っていると考えるのがこれまでの常識であった。
 
ところが今回の研究で用いた塩(テトラフェニルホウ酸ナトリウム)は、陽イオンは水に馴染みやすい性質を持っているのに対して陰イオンは油に馴染みやすいという性質を持つ。従って水と油などの有機溶媒の混合液に溶解させると、陽イオンが水分子を引きつけるのと同様に陰イオンは油分子を引きつける。これらのイオン同士には静電相互作用※6が働くため、陽イオンは「水分子の衣」を着たまま、陰イオンは「油分子の衣」を着たまま引き合う。すなわち水の領域と油の領域を隣り合わせる性質を持つことになり、これらのイオンのペアがあたかも両親媒性分子が持つ界面活性効果と同様に振る舞うこととなる。
 
本研究成果は、米国物理学会誌「フィジカル・レビュー・レターズ」に10月16日に掲載された。
 
【研究内容】
水と油などの有機溶媒を混合した液体に塩を加えると性質が変わるということは以前から知られており、多くの研究例があった。例えば水とエタノールは温度上昇によって一様な混合状態から水が多い部分とエタノールの多い部分に相分離するが、塩を加えることにより相分離する温度を下げることができる。その原因として考えられていたのは、塩の電荷によって水分子が引きつけられる効果(溶媒和効果)によりナノスケールの集合体(クラスター)ができている、というモデルであり、これまで多くの研究例があった。
 
水と3メチルピリジンという有機溶媒の混合液も水とエタノールの混合液と同様の物質系であり、室温で一様に混合して温度上昇とともに相分離する。また塩化ナトリウムや臭化ナトリウム等の塩を加えることにより、相分離温度が下ることが分かっていた。一方瀬戸教授らの研究グループはこの混合液に親水性の陽イオンと疎水性の陰イオンからなる塩「テトラフェニルホウ酸ナトリウム」を加えることにより、臨界点に近づくに従って発色して温度上昇とともに青から緑、黄、赤と変化することと、中性子小角散乱によりナノスケールの周期的構造ができるという結果を得て2007年に発表していた。
 
今回はその研究を更に進め、水の体積分率を90%以上とした組成の水と3メチルピリジンの混合液にテトラフェニルホウ酸ナトリウムを85mM添加した試料を用意し、その構造の変化を光学顕微鏡観察と中性子小角散乱により調べた。
 
図1は光学顕微鏡観察の結果である。(a)に見られるように高温(50℃(絶対温度323K))では一様で何のパターンも見えないが、40℃(313K)まで下げると(b)のように視野内に球状のパターンが現れる。そして温度を下げるに従って球のサイズと数が増大して、20℃(293K)では視野全体が球によって埋め尽くされる。(b)の拡大図が(b')で、球の直径がほぼ20マイクロメートルに揃っていることが分かる。またその右側は(b')を偏光顕微鏡で見た図で、球の中に「マルタ十字」とよばれる十字のパターンが見える。これは両親媒性分子の混合液などでタマネギ状の階層構造が出来ているときに見られる特徴的なパターンである。
 
この結果を裏付けるために、瀬戸教授らのグループは中性子小角散乱でナノスケールの構造の変化を調べた。図2はその結果で、45℃(318K)よりも高温ではなだらかなピークが見られているのに対して、低温では複数のピークが立っているのが分かる。またこのピークは温度とともに小さい運動量にシフトしている。この結果は10ナノメートル程度の間隔の規則的な構造ができていて、温度を下げるに従って周期が大きくなっていることを示している。
 
この中性子小角散乱で得られたパターンがどのような構造の反映なのかを明らかにするため、理論曲線により説明を試みたのが図2の実線である。高温での構造は2007年の研究結果と同様にイオンが水分子を引きつけてできるクラスターに関する理論で説明できる。それに対して低温での複数のピークが立った構造は、両親媒性分子系で用いられる「ラメラ構造」の理論曲線で説明できた。
 
ラメラ構造がどのように形成されているのかを理論解析を元にして示した概念図が図3である。3メチルピリジンが薄い膜を形成し、疎水性の陰イオンがこの3メチルピリジンの領域に取り込まれている様子が描かれている。また親水性の陽イオンは陰イオンに引きつけられて、3メチルピリジンとの界面近くの水の領域に存在していると考えられる。
 
【本研究の意義】
一般に両親媒性分子などのソフトマター系(柔らかな物質系)はナノスケールからミクロスケールに至るタマネギ状の階層構造を持っており、それが多様な物性発現の原因であることが知られているが、ほとんどのソフトマター系は分子そのものに内在する性質(分子の大きさや立体構造、異方性など)が階層的構造の原因となっている。ところが今回の研究で用いた水、3メチルピリジン、テトラフェニルホウ酸ナトリウムの混合系の構成物質はいずれもほぼ等方的で微小な分子であり、上述のような内的な要因は存在しない。それにも関わらず、水に馴染む陽イオンと油に馴染む陰イオンが静電相互作用により引き合うことにより、両親媒性分子と同じような界面活性効果を示し、ナノスケールからマイクロメートルスケールに至るタマネギ状の階層構造を作るという発見は、その構造原因を解明することにより、ソフトマター系の構造形成要因を明らかにするという点において極めて重要な意味を持つ。それと同時にイオンや両親媒性分子が生体内で重要な役割を果たしていることから、生体の構造と機能の解明に向けても新たな視点を与えるものと期待できる。また、この結果は界面活性剤を使わなくても洗浄や乳化などの作用を起こさせることができることを意味するので、将来的には石鹸や乳化剤などに用いられるような新たな環境適合性材料の開発なども可能になるものと思われる。
 
なお本研究は、平成19年度科学研究費補助金(特定領域研究「非平衡ソフトマター物理学の創成:メゾスコピック系の構造とダイナミクス」)、平成19年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)により行われた。
 

 
 
  【関連サイト】 中性子科学研究施設のwebページ
  【本件問合わせ先】 大学共同利用機関法人
高エネルギー加速器研究機構
  物質構造科学研究所
   教授 瀬戸 秀紀
    TEL:029-879-6228
       広報室長 森田 洋平
    TEL:029-879-6047
 

 
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図1 :水/3メチルピリジン/テトラフェニルホウ酸ナトリウム混合系の顕微鏡像の温度変化
(a)は高温での状態で、視野全体が一様で何の構造も見えない。ところが(b)温度を40℃(313K)まで下げると、視野全体に直径20μm程度の球がわき出してくる。(c) そして温度を下げるとともに球の数と大きさが増大し、視野全体が球に埋め尽くされる。(b)の拡大図が(b')で、球の大きさが揃っていることが分かる。また(b')の右側は偏光顕微鏡による観察の結果で、タマネギ状の構造に特徴的なマルタ十字パターンが見られている。
 

 
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図2 :中性子小角散乱の温度変化
45℃(318K)以上の高温領域ではなだらかな1ピークのパターンだったものが、44℃(317K)で突然鋭い複数のピークのパターンに変化している。これは秩序度の低い構造から秩序度の高い構造に転移していることを示す。温度を下げるとともにピークの位置が小さい運動量にシフトしていることから、周期が温度とともに長くなっていることが分かる。
 

 
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図3 :膜構造の模式図 ラメラ構造の解析結果より、膜構造の模式図を示した。3MPが陰イオンを取り込んで膜を形成し、陽イオンは水と3MPの界面近くに存在しているものと考えられる。
 

【用語解説】
 
※1 中性子小角散乱装置
  中性子ビームを用いて物質の構造を解析する装置の一つ。散乱角が数度程度までの小角領域を測定できる点に特徴があり、ナノメートルから数百ナノメートル程度の構造を調べることができる。
 
※2 3メチルピリジン
  ベンゼン環の中の炭素原子の一つが窒素原子に置換され、更に水素原子の一つがメチル基に置換された分子構造を持つ。産業用としては合成原料や有機溶剤として用いられる。
 
※3 テトラフェニルホウ酸ナトリウム
  「カリボール」と言う名称の一価金属イオンの沈殿試薬として知られている物質。溶液中では陽イオンと陰イオンに解離するが、陰イオンは4つのベンゼン環を持っていて疎水性を示す。
 
※4 界面張力
  界面(お互いに混ざり合わない2相の面)にある分子が、接触している2相(気相と液相、気相と固相、液相と液相、液相と固相、固相と固相)のうちのいずれかの方向に引きつけられ、界面を収縮させようと作用する力。
 
※5 ラメラ構造
  膜が規則的に積み重なって層状になった構造のこと。高分子や皮膚等で広く見られる。
 
※6 静電相互作用
  正電荷と負電荷の間に働く引力相互作用。あるいは同種の電荷の間に働く斥力相互作用。
 

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