2011年7月15日
東京大学
高エネルギー加速器研究機構(KEK)
科学技術振興機構(JST)
東京大学大学院工学系研究科の組頭広志(くみがしら・ひろし)准教授 [現:高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所・教授]らの研究グループは、電子同士が互いに強く影響し合う状態にある「強相関電子*1」を2次元空間(層)に人工的に閉じ込める「量子井戸構造*2」を作り出すことに世界で初めて成功しました。この構造は、レーザーを使った結晶成長の技術を駆使し、伝導性をもつ酸化物を原子層レベルで精密に制御することで実現されました。KEK放射光科学研究施設フォトンファクトリー(PF)*3の放射光*4による高精度な分光法で電子の振る舞いを詳細に調べることにより、強相関電子が2次元空間に閉じ込められていることを確認しました。
高温超伝導体を作製するには強相関電子は欠かせない存在です。今回の成果によって、強相関電子の振る舞いを人工的にコントロールすることが可能となり、これまでの超伝導転移温度を遥かにしのぐ高温超伝導体の作製はもちろん、人類の夢であった室温超伝導体の実現にもつながると期待されます。またシリコン系半導体にとって代わる新しいタイプの電子素子の開発にも見通しが立ちました。この成果は東京大学大学院工学研究科の吉松公平・日本学術振興会特別研究員、尾嶋正治教授らとの共同研究です。
研究成果は、米国科学雑誌「Science」の2011年7月15日(現地時間)号に掲載される予定です。
パソコンや携帯機器の高性能化にともない、電子デバイスの性能向上への要求はとどまることがなく、新しい動作原理にもとづくデバイスの開発が望まれています。これは、これまでの情報化社会を支えてきたシリコンなどの半導体デバイスにおいては微細化による高性能化や高集積化が理論的な限界を迎え、電子デバイスを様々な機能をもつ材料で置き換える必要性が高まっているためです。この新規デバイス材料として、強相関酸化物が注目されています。電子の電荷のみを利用していた従来の半導体デバイスと比べて、強相関酸化物では、電子の電荷・軌道・スピンの自由度を利用して様々な機能が期待されるためです。その代表例が、銅酸化物における高温超伝導やマンガン酸化物における巨大磁気抵抗効果*5です。これらの物質には、伝導を担う伝導層が絶縁層に挟まれた二次元的な層状構造をもつという共通の特徴があります(図1(左))。そのため、伝導層に閉じ込められた強相関電子の振る舞いを制御することが機能を制御するための鍵となります。実際、銅酸化物高温超伝導体では、絶縁層に挟まれる伝導層の枚数が増えるにつれて超伝導転移温度が上昇してゆくことが知られています。このように、強相関酸化物においても従来の半導体技術のように、人工的に構造を制御して強相関電子の状態を制御する技術が強く望まれています。
本研究グループは、層状の結晶構造と量子井戸構造の類似性(図1)に着目し、レーザー分子線エピタキシー*6という技術を用いて、伝導性をもつ強相関酸化物の一つであるバナジウム酸ストロンチウム(SrVO3)の量子井戸構造を作製することで二次元的な層状構造を人工的に作り出すことに世界で初めて成功しました。この人工構造は図2にあるように伝導層の枚数(m分子層)を自由自在に制御できるといった特長を持ちます。さらに、KEK物質構造科学研究所の放射光科学研究施設フォトンファクトリーに新設したレーザー分子線エピタキシー装置と光電子分光装置からなる複合装置を用いて、人工的に閉じ込めた強相関電子の振る舞いを角度分解光電子分光*7という方法で詳細に調べました。
研究グループによる伝導層を制御する技術、および正確な評価技術は、高温超伝導体の材料開発のみならず、強相関電子の電荷・軌道・スピンの自由度を利用したデバイスを作り出すためのブレークスルーになる技術です。
その結果、閉じ込めによって不連続になった電子状態(量子化*8状態)を表すピークを観測し(図3(a))、その状態が伝導層の数に対応して変化することを見出しました。これらの振る舞いは、理論計算による予測と非常に良い一致を示すことから(図3(b))、今回作製した量子井戸構造という2次元空間に強相関電子が閉じ込められていること、また、SrVO3層の数を増やすことで不連続になった電子状態を制御できること、が明らかになりました。
さらに詳細に調べた結果、この強相関量子井戸構造における量子化状態では、通常の金属を用いた従来の量子井戸には見られない、1.軌道ごとに選択的に量子化される、2.量子化状態にある電子の有効質量*9が増大する、という興味深い現象が見いだされました(図4)。
今後、この技術を用いて電荷・軌道・スピンの自由度を制御することで、強相関電子が示す高温超伝導などの類い希な機能を人工的に制御することが可能になると考えられます。また、新しい動作原理に基づいた超伝導デバイスや光スイッチングデバイスといった強相関エレクトロニクス*10への発展が期待されます。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金(A19684010、S22224005)および、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ型)およびチーム型研究(CREST)の一環として、KEK物質構造科学研究所特別課題(08S2-003、09S2-005)のもとで実施しました。
本研究は、東京大学大学院工学系研究科の組頭広志 准教授、吉松公平 日本学術振興会特別研究員、尾嶋正治 教授、堀場弘司 助教、および吉田鉄平 助教、藤森淳 教授(同理学系研究科)らとの共同研究です。
<論文名および著者>
「Science」
論文名:"Metallic Quantum Well States in Artificial Structures of Strongly Correlated Oxide"(日本語名:強相関酸化物人工構造の金属量子井戸状態)
K. Yoshimatsu, K. Horiba, H. Kumigashira, T. Yoshida, A. Fujimori, and M. Oshima
図1 高温超伝導体などの層状の酸化物構造(左)と本研究で作製した量子井戸構造(右):
青が伝導層、黄色が絶縁層を示す。層状酸化物では伝導層が最大で3枚の化合物しか存在しない。高温超伝導体では、伝導層が1枚から3枚と増えるに従い、超伝導転移温度が上昇することが知られている。本研究で作製した量子井戸構造では、伝導層の数を自在に制御できる。
図2 量子井戸構造による強相関電子の2次元空間閉じ込め:
量子井戸構造においては、表面(真空)と界面(絶縁体)と挟まれた伝導性酸化物層(2次元空間内)に強相関電子が閉じ込められる。伝導層の枚数を増やす(量子井戸の幅を広くする)ことで、閉じ込められた電子の量子化状態を制御できる。
図3 放射光を用いて調べた量子井戸構造に閉じ込めた強相関電子の振る舞い:
(a) SrVO3量子井戸構造における角度分解光電子スペクトル。伝導層の厚さ(m分子層、m は整数値)を変えることで、逆三角形で示した量子化された状態が系統的に変化していることがわかる。
(b)量子化状態の結合エネルギーにおけるSrVO3伝導層の枚数(量子井戸の幅)依存性。四角が実験値、実線が理論計算の結果をしめす。実験結果と理論計算結果が良く一致することから、強相関電子がSrVO3量子井戸構造内に閉じ込められていることがわかる。
図4 SrVO3量子井戸構造の軌道選択的量子化:
(a)角度分解光電子分光によって決定した量子化状態の様子。赤色の線で示したdzx軌道由来の状態と、緑色の線で示したdyz軌道由来の状態の2種類の量子化状態が形成されていることがわかる。一方で、青色の線で示したdxy状態は量子化されていない。
(b) 軌道選択的な量子化の模式図。z軸(面直)方向に軌道が広がっているdxzとdyz軌道の状態は量子化されるが、xy平面(面内)に広がっているdxy軌道は量子化されない。