プレス・リリース

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光観測によるインフレーション宇宙の探求に道筋

平成23年8月24日
QUIET実験国際コラボレーション
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構

宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光を精密に観測し、宇宙誕生の謎に迫ることを目的としたQUIET(クワイエット)実験が、観測装置の感度において世界トップレベルに立ちました。これにより、宇宙誕生の謎を実験的に調べる道筋が開かれました。

 QUIET実験※1は、高度5000mを超える南米チリのアタカマ高地において宇宙マイクロ波背景放射(CMB)※2の偏光を精密に測定する実験です。その目的は、ビッグバン※3(宇宙初期の超高温・超高密度の状態)を引き起こした原因と考えられる、宇宙誕生後の急激な大膨張(インフレーション※4)の観測的証拠を発見することです。
 このインフレーションを裏付ける証拠となるのが、インフレーションの際に時空が振動することで生じた波である原始重力波※5です。この原始重力波が発見されることにより、インフレーションがビッグバン以前に起こったことを明らかにできるため、原始重力波発見を目指し世界的な競争が行われています。この原始重力波発見の鍵となるのが、宇宙マイクロ波背景放射の偏光(振動の方向)のうち、渦状のパターンを持つBモード※6を検出することです。なぜなら、Bモードは、現在我々が検出できる原始重力波の痕跡であるからです。

 QUIET実験では、このBモードを検出するために、2008年10月よりCMB偏光測定器(レシーバー)を搭載した望遠鏡で観測を開始しました。今回、初期の8ヶ月間の観測の結果、QUIET実験で用いられている測定器が、世界トップレベルの検出感度を誇ることが分かりました。さらには、検出器ごとのばらつきも小さくBモードの検出にあたって、極めてすぐれた精度を持つこともわかりました。これらにより、観測という実験的な手法で、「インフレーションは、本当に引き起こされたのか。」という宇宙誕生初期の謎を直接解き明かす道筋が開かれました。

 現在、QUIET実験では、観測装置のアップグレードが計画されています。今後の結果次第では、Bモードの検出による原始重力波の発見で、宇宙誕生の謎が解き明かされる日もそう遠くないかもしれません。

■ 用語解説

※ 1 QUIET実験(Q/U Imaging ExperimenTの略)
南米チリのアタカマ高地においてCMB偏光測定器を搭載した望遠鏡を使って、インフレーション宇宙論の決定的証拠を探索する実験のこと。宇宙マイクロ波背景放射(CMB)偏光のうち、Bモードの検出を最大の目的とし、2008年よりデータ取得が開始された新しい実験である。観測装置の感度精度ともに世界トップレベルを誇る。アメリカ、シカゴ大学を中心に世界7ヶ国(日、米、英、独、オランダ、ノルウェー、チリ)21研究機関、総勢50名の研究者によって組織される実験である。日本の参画機関のうち、高エネルギー加速器研究機構(KEK)からは、6名が参加し中心的な役割を担っている。
※ 2 宇宙マイクロ波背景放射(CMB:Cosmic Microwave Background (radiation))
宇宙のあらゆる方向から一様に降り注ぐ電磁波のこと。1964年に米国のペンジアスとウィルソンによって偶然発見された。ビッグバンから38万年後、宇宙が冷えるに従い原子が形成され光が真っ直ぐ進むようになった状態(宇宙の晴れ上がり)の時に生じた宇宙最古の光であり、ビッグバンが起きたという有力な証拠である。
※ 3 ビッグバン
宇宙誕生初期に起こった、超高温・超高密度の火の玉状態からの大爆発のこと。
※ 4 インフレーション
宇宙誕生後、ビッグバンが起きる以前のごく短時間に生じた急激な加速膨張のこと。その時に蓄えられたエネルギーによってビッグバンが起きたと考えられている。しかし、インフレーションが実際に起きたという証拠はまだ得られていない。
※ 5 原始重力波
インフレーションが起きた際、時空が振動することで生じたと考えられる波のこと。原始重力波が発見されれば、インフレーションが起きたという直接的な証拠となりうる。
※ 6 Bモード
宇宙マイクロ波背景放射(CMB)の偏光(振動の方向)に刻まれている特殊な渦状のパターンのこと。QUIET実験が対象としているのは、原始重力波により刻まれたBモードである。このBモードが検出できれば、インフレーションにより生じた原始重力波を発見したことに相当する。なお、銀河団等による重力レンズ効果もBモードを生み出すことが知られているが、渦の大きさの違いから識別することができる。

■ 参考

世界の他のBモード探索実験
世界では、米国を中心に数多くのBモード探索実験が進行中である。QUIETとおなじチリ・アタカマ高地においても、POLARBEAR(ポーラーベアー)、ABS(アブス)、ACTpol(アクトポル)などは今後数ヶ月〜1年以内に観測を開始する予定である。また、南極点においては、BICEP2(バイセップツー)、Keck Array(ケックアレイ)などが、既に観測を開始しており、今後もSPTpol(エスピーティーポル)、POLAR(ポーラー)実験などが続々と観測を開始する予定である。また、大気の影響のない気球実験や衛星実験も多数計画されている。多数の研究者がBモード発見を目指して、熾烈な競争を繰り広げている。KEKはQUIETとPOLARBEARを推進している。

【本件に関する問い合わせ先】

< QUIET実験について >
高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所教授
羽澄 昌史(はずみ まさし)
TEL:029-864-5339  E-mail:masashi.hazumi@kek.jp

< 報道担当 >
高エネルギー加速器研究機構広報室長
森田 洋平(もりた ようへい)
TEL:029-879-6047  E-mail:press@kek.jp