2011年2月10日
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
高エネルギー加速器研究機構(KEK、鈴木厚人機構長)物質構造科学研究所の中尾裕則准教授らは、放射光を用いた共鳴X線散乱法により、コバルト酸化物(Sr3YCo4O10.5)が強磁性を発現させる仕組みとして予測されていた「中間スピン状態」の存在と、同状態の出現により初めて出現する軌道秩序状態の実験的な証拠を世界で初めて発見しました。
この発見により、高温超伝導体を含む様々な磁性などの物性発現に「中間スピン状態」を加えた物性研究の新たな発展が期待されます。
強相関電子系※1の伝導性や磁性などの物性は、電子の持つ性質である電荷(電子の数)、軌道(電荷分布の偏り)、スピン(回転:電子に磁石の性質を与える)の振る舞いにより決定されています。これらの振る舞いに基づいて、HDDの大容量化をすすめた磁気ヘッダーに利用されている巨大磁気抵抗効果※2や、巨大電気磁気効果など特異な物性が次々と発見されており、既に大きな成果をもたらしています。
一方、コバルト酸化物はこの電荷・軌道・スピンに加えて、新たにスピン状態という自由度が出現します。通常の物質では、スピンと軌道の安定化を決めているそれぞれのエネルギーは拮抗することなくどちらかの条件を優先した状態が出現しますが、コバルト酸化物はこれらのエネルギーが拮抗するため、温度などの外的要因に応じて、高スピン状態と低スピン状態と呼ばれる複数のスピン状態に変化することが知られています(スピン状態の自由度)。さらに、高スピン状態と低スピン状態の間と考えられる中間スピン状態と呼ばれる新たなスピン状態の出現によって、スピン状態の自由度が基となる新たな物性が期待されています。しかしながら、そもそも中間スピン状態の存在自体が、長年論争となっており、この存在を実験的に明らかにすることが期待されていました。
本研究で用いたSr3YCo4O10.5は、ペロブスカイト型コバルト酸化物※3の中で、最も高い強磁性※4転移温度約370K(=約100℃)を持つ物質として最近発見された物質です(図1)。しかし、帯磁率の測定から反強磁性※5的な相互作用が主であることがわかり、なぜ強磁性転移がこのような高い温度で起こるのかが、謎となっていました。その後の研究で、結晶構造解析が行われ、中間スピン状態が存在するだけでなく、中間スピン状態の軌道秩序構造の存在とともに、この軌道秩序が強磁性発現の鍵を握っていると期待されていました。
そこで、KEK物質構造科学研究所構造物性研究センターの中尾裕則准教授を中心とする研究グループはKEK放射光科学研究施設(フォトンファクトリー:PF)BL-3AおよびBL-4Cを用いて共鳴X線散乱実験を行いました。共鳴X線散乱法は物質中の電荷・軌道・スピン構造を調べる手法として広く用いられている手法で、元素の吸収端※6近傍エネルギーのX線を用いることで、元素毎の電荷・軌道・スピンの状態を調べることができます。
また、東京大学の石渡晋太郎特任准教授、名古屋大学の寺崎一郎教授らにより作製された高純度の結晶を用い、結晶表面の形状を工夫することで、微弱な共鳴X線を検出することが可能になりました。
本研究では、Co3+原子を構成する電子の中で、最も内殻にあるK殻の電子を弾き飛ばし、そこへ再度電子が落ちてくることにより放出されるX線が、吸収端近傍で共鳴的に強くなる信号を発見しました(図2)。この信号は、Co3+のeg電子軌道※7が反強的に整列していることを示しています。さらに、この信号の温度依存性などの測定により、このように軌道が秩序することで強磁性相が出現することを解明しました。
この結果は、単に強磁性相発現の起源を明らかにしただけでなく、長年論争となってきたCo3+の中間スピン状態の存在をも示す重要な証拠となりました。さらに軌道秩序構造を解析することで、単なるeg電子軌道秩序ではなく、スピン状態に変調構造を持つ特異な秩序状態の可能性(図3)を提案しました。
この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2011年2月号に掲載され、編集委員会が推薦する注目論文Papers of Editors' Choiceに選ばれました。
この成果は、スピン状態の自由度が鍵となり強磁性相が出現することを明らかにしたものであり、今後スピン状態の自由度を含めた、全く新しい物性研究へと発展することが期待されます。
「Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)」2011年2月15日(オンライン版2月10日付)
"Orbital Ordering of Intermediate-Spin State of Co3+ in Sr3YCo4O10.5"(日本語名:Sr3YCo4O10.5のCo3+中間スピン状態の軌道秩序)
図1
Sr3YCo4O10.5の3次元結晶構造(左)と各層の結晶構造(右)
図2
コバルトのK吸収端近傍に出現した共鳴信号
図3
共鳴X線散乱により決定されたCoO6層(図1右下)の軌道秩序構造と予想された磁気構造。