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   image 陽電子ビームをつくる    2002.11.7
 
〜 単結晶で強度向上 〜
 
高エネルギーの素粒子のふるまいを調べるための電子と陽電子を光の速度近くに加速し衝突させる加速器実験については、これまでにも紹介してきました。高いエネルギーの世界で物質が示す究極の姿を調べるためには、さらに強い電子ビームと陽電子ビームを直線状で正面衝突させる、リニアコライダーと呼ばれる高エネルギー線形電子・陽電子衝突型加速器が必要になってきています。電子ビームの方は、我々の周りにある電子を上手く取り出して制御すれば、生み出すことはそれほど難しくはありません。それに対して陽電子の方は、これまでにもお話したように電子の反粒子であり、自然界には大量に存在しませんから、強い陽電子ビームを生み出すことはそれほど簡単なことではありません。今日は陽電子のビームを加速器でどのように作り出すのか、陽電子の強いビームを生み出すためにKEKで進められている研究を紹介しましょう。


陽電子ビームのつくり方

陽電子ビームをつくる通常の方法は、高エネルギーの電子ビームをタングステンなどの重い金属標的に照射し、物質中で成長する電磁シャワーを利用します。まずそれから説明しましょう。高エネルギーの電子が物質中へ入射すると、標的となった金属物質中に含まれるプラスの電気を持った原子核に引力を受けて加速され、このとき強い光を出します。原子核の電場で電子の運動が制動されて出るのでこの光を制動放射光と呼んでいます。この光はエネルギーの高い光で粒子の性質を持ち光子と呼ばれていますが、この光子は物質中を進みやがて電子・陽電子のペアを生み出します。標的となった厚い物質中では、電子から光子へ、そして電子・陽電子のペアへとの過程が基本的に繰り返されます。

こうして電子ビームで持ち込まれた入射エネルギーから、多数の電子・陽電子・光子からなる電磁シャワーが発達します。このようにして適当な厚さの標的を通った後ろには十分な数の陽電子が用意でき、それを加速器によって加速します。前に「放射線のふるまいを探る」でお話したように、現在、標的が結晶質ではない物質(アモルファス物質)中の電磁シャワーについては計算でシミュレーションができ、入射エネルギー、標的の厚さ、陽電子を集めるシステムの条件を最適に設定することが可能で、KEKBなどの陽子ビームをつくるのはこの方法でされています。


単結晶でつくる陽電子ビーム

これまでお話した通常の陽電子ビームのつくり方には、いくつかの問題点がありました。まず、この方法で生成される陽電子は空間的広がりが大きく、標的中での発熱も大きいため、陽電子の強いビームをつくるには限界があることです。BELLE実験のところでもお話したように、電子・陽電子衝突の頻度を上げるには、両ビームの強度を増し、高エネルギーになるほど小さくなる衝突確率を考えて陽電子の密集空間を微細にする必要があります。今回お話しする研究は、こうした課題を解決するための基礎研究です。

陽電子の生成効率を向上させる一つの方法に、標的物質に単結晶を用いる方法があります。この方法では、高エネルギー電子が結晶軸または結晶面にほぼ平行で入射すると、電子は結晶内に規則正しく並んだ原子がつくる周期的電場の中を、小さな角度で繰り返し散乱され、原子がつくる面を横切らずに、軸あるいは面に平行に進んでゆきます。このような現象を電子のチャンネリングと呼んでいます。結晶軸や結晶面が電子の動きをあるチャンネルに規制したように見えるからでしょうか? こうしたチャンネリング状態にある電子は強力な放射光を出し、それをチャンネリング放射光と呼んでいます。また電子が結晶軸と平行ではなくわずかに傾斜して入射したときも強い放射光が出ます。この場合も電子は図1のように一定の周期性を持って並んだ原子の間を横切って行きます。この結果位相のそろったコヒーレントと呼ばれる制動放射光が生まれます。これをコヒーレント制動放射光と呼んでいます。

このような単結晶の標的を用いた放射光は、アモルファス物質を標的として生みだした制動放射光に比べて低エネルギー領域ではるかに高い強度で陽電子を生み出すことが期待されます。


KEKでの実験

KEKでの実験は80億電子ボルト電子線形加速器で40〜80億電子ボルトの電子ビームを単結晶のタングステン標的に当て陽電子生成効率を測定しました。結晶軸をビーム方向に一致させるために、標的の三軸を制御できるゴニオメーターに載せました。厚さ2.2ミリ、5.3ミリそれに9ミリのタングステン結晶標的はロシアで製作され、結晶の不規則性もある値以下に抑えました。前方に生成される陽電子は電磁石で運動量を分析し、チェレンコフ・カウンターで検出しました。この実験では入射電子ビームは10ピコ秒のバンチ(かたまり)となり標的に当たります。バンチ内の陽電子はひとつひとつ数えることが出来ないのでカウンターで捉えた電流波形の高さから陽電子数を割り出して求めました。

図3は、測定結果の代表例です。結晶の回転角度と陽電子生成量の関係を2.2ミリの結晶について示してあります。角度マイナス38ミリラジアンはビーム入射方向が結晶軸と一致している状態にあたります。結晶軸方向に電子ビームが入射すると陽電子生成量が飛躍的に増大することが明確に示されています。この陽電子生成効率の増大をピーク値と平坦部で比較すると5.1倍になり、単結晶が陽電子生成に大変有効であることが分かります。

薄い標的の場合には、単結晶の有効性は明白ですが、陽電子強度を増やすために標的を厚くしていった場合にも、アモルファス標的に比べて単結晶は有効であるのかどうかなどは、結晶の厚さを変えた測定、結晶とアモルファスの組み合わせ標的の測定などで調べています。特に、最近、結晶としての性質に優れたダイヤモンドやシリコンなどの単結晶とアモルファス物質の組み合わせで、陽電子生成効率の向上が図られることがわかってきました。

今日は、物質の究極の姿が現われる高エネルギーの世界を目指す次世代の加速器へ向けた絶え間ない研究の一端を紹介しまた。皆さんのご感想をお寄せください。

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電子線形加速器での実験風景
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[図1]
チャンネリング放射光とコヒーレント制動放射光の物理的プロセス
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[図2]
実験装置の配置図
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[写真2]
単結晶のタングステン標的
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[写真4]
装着されたタングステン標的は、ゴニオメーターによって方位が調節される。
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[図3]
結晶軸と電子ビームの方向が一致した時の陽電子生成量の増大を示す測定例
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