menubar Top Page KEKとは KEKツアー よくある質問 News@KEK キッズサイエンティスト 関連サイト
トップ >> News@KEK >> ニュース >> この記事
 
   image 加速器で見る月    2002.09.19
 
〜 軌道を変える潮汐力 〜
 
KEKB加速器の夏休みも終わり、公開日の翌日9月2日から運転を開始しました。前にお話したように世界一を誇るKEKBの性能は、幅0.1ミリ、長さ7ミリ、薄さはなんと0.003ミリという微小空間に密集した470億個の電子群と700億個の陽電子群を衝突させ、バンチと呼ばれるそれらの集団が衝突する際、個々の電子と陽電子が衝突する機会を増やす巧みなビーム軌道を操る技術が支えています。髪の毛の幅(0.1ミリ)より細いバンチの連なるビームが正確に衝突点を通過するには軌道調整がどれだけ重要かがわかるでしょう。今日はこのビーム軌道が月の引力の影響を受けており、ビームの調整結果からもその影響が見えるという話題を紹介しましょう。


軌道調整の重要性
 
加速器の中のビーム軌道の乱れに月の引力の影響があることが調べられたのは、KEKの前身である高エネルギー物理学研究所のトリスタンという加速器でした。トリスタン加速器はKEKB加速器のある場所に設置されていたもので、やはり電子と陽電子のバンチを衝突させて高エネルギーの素粒子実験を行っていました。トリスタンで使われたバンチのサイズは違いましたが、やはりビームの調整は重要な課題でした。
 
 
以下は、当時この原因を調べた竹田繁さん(現・KEK名誉教授)のお話です。
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
「加速器のリングがゆがむとバンチの軌道が微妙にずれ、一部が安定に加速できる空間からはみ出してしまいます。これを見逃しておくとバンチの密度が薄くなり、電子・陽電子の衝突回数が減りますから、研究能率が落ちてきます。当時、原因不明のゆがみが発生し、実験中もその調整に追われていました。原因を突き止めるため数十メートル離れたリングの2点で高さの差を1000分の1ミリの精度で測定しました。このデータから地下水位や温度の影響を除いたところ、1日約2回の周期で約100分の1ミリの幅でリングが変形していることが分かりました。最初は原因が分かりませんでしたが、たまたま潮の満ち干のデータとリングの変形とを比べたところ周期が一致していました。そこで、月の引力が潮の満ち干に働く力、いわゆる潮汐力が地球の大地にも働いていて、大地が変形し、加速器のリングにまで変形を引き起こしていることに気づいたのです。」
 
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
 
月の引力で変形する大地
 
月の引力の影響が何故、1日に約2回出るのでしょう。月の引力が働いて潮の満ち干が起こっていることは皆さんも良くご存知でしょう。地球の海水が引っ張られて月が存在する方に膨れ上がっている図解を見たことがあるでしょう(図1)。ここでそうした図を見て何故反対側にも海水が膨れているのか不思議に思われた方もいらっしゃるかもしれません。その説明は後にして、結果だけを話すと月の引力の影響で海水が地表から持ち上げられる現象は月の方向と反対方向にも見られるのです。地球の自転で、地上から月を見ると、月が上か下(地球の反対側にある)に位置するのは1日約2回起こります。こうして潮の満ち干は同じ場所で約2回に起こるのです。何故反対側にも膨らむのかという説明はそれほどやさしくはありません。ここでは、月の引力の大きさが近い所と遠い所で違うため、反対側の海水より地球の方が強く引かれ、海水が後に残されて、反対側に膨れていると理解してください。さて、加速器のリングを変形しているのは海水ではなく大地でした。力を受けて変形しやすい海水に比べて、変形しにくい大地は月の引力による海水の変形ほど大きくはありません。大地を構成する地殻の性質にも影響され、大地は複雑な変形や動きをします。それでも影響を受ける周期は潮の満ち干と同じ力が原因ですから1日約2回となるのです。竹田さんたちは日本の色々な場所で大地に働く潮汐力の効果を測定してきました。地球が受ける潮汐力は勿論月の引力によるものだけではありません。遠くにあるため月による潮汐力に比べ半分ほどですが、太陽の引力も勿論働いています。これは潮汐力が満月や新月に大きくなることや、月と太陽の位置によって潮汐力が変化することなどに現われています。
 
 
KEKB加速器に見る月の影響
 
KEKB加速器の中には、トリスタン加速器での調査や研究開発の成果が色々と生かされています。月の引力だけでなく色々な原因でバンチがたどるビーム軌道の微妙なずれの調整は加速空洞へ入れる高周波の電波などで巧みに補正されています。そんな補正の効果を最後にご覧いただきましょう(図3)。1日約2回の補正がグラフでは鋭く出ていますね。1日一回の突出は何でしょうか、24時間で変化する温度変化などに対応したものかもしれません。月の引力による大地の変形による影響評価は次世代の加速器の開発を進める上でも重要な課題です。世界のトップを走るKEKB加速器のビーム調整への技術開発は次世代の加速器開発にも欠かせないものです。
image
[写真1]
昭和62年から平成7年まで稼動していたKEKB加速器の前身、トリスタン加速器。
拡大写真(40KB)
 
image
[写真2]
竹田 繁(たけだ しげる)KEK名誉教授
拡大写真(25KB)
 
image
[図1]
潮の満ち干を起こす力を潮汐力(ちょうせきりょく)といいますが、主に月の引力によって満ち干が起きています。
拡大図(10KB)
 
image
[写真3]
日本のいろいろな場所で大地に働く潮汐力の効果の測定を行っている。写真は、竹田さんが開発した水管傾斜計。(国立天文台水沢観測センターに設置)
拡大写真(29KB)
 
image
[図2]
四国佐々連(さざれ)鉱山に設置した計測器で捉えた地殻変動データ。大きなズレは170km北東で起きた阪神淡路大震災。
拡大図(18KB)
 
image
[図3]
KEKB加速器のビーム軌道の補正の様子
拡大図(37KB)
 
※ この記事に関するご意見・ご感想などをお寄せください。
 
image
proffice@kek.jp
image