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   image 高強度レーザーが拓く先端加速器    2003.6.19
 
〜 高強度場科学の最新成果 〜
 
最近、高強度場科学という新しい研究分野が急成長してきました。この分野の主役が「高強度レーザー」で、その強度は飛躍的に進歩し、まったく新しい領域の科学分野を創造しようとしています。新しい形の化学や物理学、X線の発生装置、粒子加速器への応用、さらには、素粒子研究や宇宙物理の地上実験なども提案されています。今日は、高強度レーザーが創造する新しい加速器科学をご紹介しましょう。

テラワット級レーザーが作る世界

高電場、高磁場、あるいは高重力場といった言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。現在の加速器で用いられている電場の場合、1メートルあたり数百万ボルト、磁場なら数十テスラ、を高強度場と呼ぶことがあります。が、ここで言う「高強度場」とは、非常に強度の高いレーザー光が照射された環境のことです。例えば、現在出力が10テラワット(1テラワット、TW= 1012W)級のレーザーが市販されており、実験室に入る程度の卓上型の高強度レーザーも、手に入るようになりました。このようなレーザーを固体やガスに照射すると、そこに生まれる環境は、電場の強度でいえば1センチメートルあたり数千億ボルト、磁場でいえば数億ガウス(数千メガガウス)、光が及ぼす光圧は数百億バールという、一種の極限状態になります。このような環境を「超高強度場」あるいは、単に「高強度場」と呼んでいるのです。

チャープパルス増幅法

レーザーの出力(仕事率、ワット)とは、1秒当たりのエネルギー量です。レーザーのエネルギー量は増幅によって高めることもできますが、パルスを短くすることによってピークの出力を大きな値にすることができます。実際、この方法で、テラワットやペタワット(PW= 1015ワット)級の高強度のレーザー出力が可能になってきました。

1960年にレーザーが誕生して以来、その集光強度は飛躍的に増強されています。この技術的進歩には、チャープパルスと呼ばれる増幅法(CPA法)の発明が大きく貢献しています。この方法では、超短パルスをまず時間的に引き延ばして増幅し、そのあと再び圧縮して高ピーク出力を得ます(図1)。この結果、レーザー増幅媒質中での損傷を防ぎ、エネルギー蓄積密度の高い固体媒質の使用が可能になりました。最近では「T3(Tキューブ)レーザー」の名前で親しまれているピーク出力がテラワット級の卓上型レーザーも登場しました。ちなみに全世界の発電所の全発電量は3TWですから、Tキューブレーザーは、非常に短時間ですが、全世界の発電力以上の出力を出すことができます。高強度場科学は、このような超高出力レーザーをさらに空間的に波長程度まで集中させたときの物質との相互作用を研究する分野です

プラズマ化したヘリウムガスで電子が波乗り

ヘリウム原子に1×1015W/cm2以上の強度の光を与えると電子が飛び出してイオン化しますが、さらに高い強度の光を与えると、原子核の束縛を離れた電子が再びもとに戻ることがなくなり、完全に電離したプラズマが生成されます。つまり、高強度レーザーパルスを中性のヘリウムガス中に集光すると、そのパルスの前面はプラズマを生成しながら光速で進みます。プラズマは電子とイオンに分かれた気体ですが、軽い電子はレーザー電磁場(横波)によって重いイオンより容易に加速され、パルスに吹き飛ばされてしまうので、プラズマ電子流体の波動を引き起こします(図2)。このレーザーパルスが進行した後に残るプラズマ電荷振動が誘起した電場を、「レーザーウェーク場」と呼んでいます。この言葉は静水面を進むボートが残す航跡(ウェーク)に由来していますが、3次元的にはレーザーパルスがミクロンサイズの空洞をプラズマ電子中に造りながら伝播する様子に似ています。このプラズマ空洞内部の加速電場は、プラズマ電子の密度とレーザーパルス強度できまり、電子密度が1018 cm-3では、加速電場は100GeV/mにもなります。通常使用されている電子ライナック(線形加速器)では、この加速勾配は10MeV/m程度で、将来計画中のリニアコライダーでも100MeV/mを超えることはありませんから、従来の技術の1千倍〜1万倍という、驚異的な加速電場なわけです。

次世代の加速器技術へむけて

KEKでは、世界で初めてレーザーウェーク場による高エネルギー電子加速を実証し、超高加速電場の直接測定に成功しました。

このような高強度レーザーウェーク場の加速機構に着目し粒子加速に応用する研究は、世界中の大学、研究機関で盛んになっています。とくに、アメリカのエネルギー省(DOE)や、ヨーロッパではEUなどの支援を受けて、先端加速器開発の本格的な研究が始まっています。次世代加速器として有用であるためには、コンパクトで、簡便であることの他にも、エミッタンスという、ビームの広がりの度合を表す量が小さいことや、ビームのパルス幅や輝度などの高品質性が重要な要因ですが、KEKではレーザーウェーク場加速機構を利用してプラズマカソードとも呼ばれる高品質電子ビーム源を開発しています(図4)。このような新しいタイプの電子ビーム入射器は、リニアコライダーや次世代X線自由電子レーザーにとって有用であると考えられています。

高強度場科学の加速器科学、高エネルギー科学への展開は、始まったばかりでまだまだ未成熟の研究領域、技術分野です。しかし高強度場科学は、非常に魅力あるブレイクスルーを加速器科学にもたらし、まったく新しいタイプの加速器を創造することが期待されています。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→先端加速器研究会のwebページ
http://acc-physics.kek.jp/sokensympo/
advanced_accelerator_R&D/


 
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[図1]
チャープパルス増幅。1985年にG. Mourouによって開発された。
拡大図(15KB)
 
 
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[図2]
プラズマ中のレーザーウェーク場による電子加速機構。レーザーの高強度場で瞬時に生成したプラズマ電子は、後方に吹き飛ばされ、パルスの進路に電子密度のマイクロ空洞ができます。この空洞内には正電荷のイオンがつまっているので、周囲の負電荷の電子との間に、パルスの進む方向に高電場が生じます。レーザーパルスで造られるマイクロ加速空洞は、パルスとともに光速でプラズマ中を伝播しますから、その加速位相にうまく乗った電子ビームは、非常に短距離で高エネルギーまで加速されることになるわけです。
拡大図(25KB)
 
 
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[図3]
ポンププローブ周波数領域干渉計によるウェーク場直接測定。レーザーウェーク場は、パルスガスジェットに高強度超短パルスレーザーを集光するだけという簡便な装置で発生させることができます。プラズマ電子密度の濃淡を遅延時間を持たせた2つの50フェムト秒(fs = 10-15秒)パルスレーザーの位相シフト量から計測する干渉計を用いて、最大加速電場は、およそ20GeV/mに達することがわかりました。
拡大図(30KB)
 
 
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[図4]
衝突型光パルスプラズマカソードの数値シミュレーション。 ウェーク場を励起するポンプパルス以外にそれに対向する超短パルスレーザーを用いて背景プラズマ電子を直接ウェーク場の加速位相に入射する方法で、衝突光パルス入射方式と呼んでいます。PIC(Particle-in-cell)コードによる数値シミュレーションでは、0.5 mmの加速長で9MeVまで電子が加速され、バンチ幅7 fs, エネルギー分散1%のビームが得られることが示されました。エミッタンス0.3πmm・mrad、ピーク電流1.5kAの相対論的電子ビームを卓上型装置で発生することが可能になります。
拡大図(21KB)
QuickTime ムービー


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[図5]
レーザー励起プラズマカソード実験装置。中央の直径0.8 mmのパルスガスジェットのノズルから超音速でヘリウムガスを噴出し、高強度レーザーパルスを直径10ミクロンのスポットサイズに集光するだけで、100MeVに達する、驚くほどコリメートした良質の電子ビームを発生することができます。
拡大図(46KB)
 
 
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