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last update:04/07/29  

   image 注目を浴びる日本の超伝導技術    2004.7.29
 
        〜 アトラス用電磁石の地上励磁試験 〜
 
 
  人類がまだ到達したことのないエネルギー領域での素粒子現象を観測するスイスとフランス国境にあるCERN研究所のLHC計画についてはこれまでも何回かお伝えしてきました。

KEKを中心とする日本のグループは、LHC計画の加速器のための超伝導電磁石や、アトラスという巨大な測定器のいろいろなコンポーネントを製作する、という形で国際協力をしています。その中でも、薄い材料を用いて安定した強い磁場を発生させる超伝導技術が世界中から熱い注目を集めています。

超大型超伝導ソレノイドがアトラス測定器への組み込み励磁試験に成功したというニュースについてお伝えしましょう。

建設が進むLHC計画

CERN研究所では、東京の山手線とほぼ同じ周長(27km)の地下トンネルに超伝導電磁石を並べてLHC(Large Hadron Collider)という加速器を建設しています。この壮大な計画では7兆電子ボルトのエネルギーまで加速された陽子同士の正面衝突を引き起こして、人類がまだ到達したことのないエネルギー領域での素粒子現象を2007年から観測します(図1)。

アトラス測定器の超伝導ソレノイド

アトラス測定器はLHC計画の測定器のひとつです(図2)。この測定器のいろいろなコンポーネントのうち日本は1100台のワイヤーチェンバーや980台のシリコン半導体検出器、超伝導ソレノイドなどの建設を担当しています。このうち超伝導ソレノイドの地上試験に今月初旬に成功しました。

ソレノイドとは、小学校の理科の実験などで電磁石を作る時と同じように、電線を円筒に巻き付けてつくるコイル状の電磁石のことで、発生する磁場によって、素粒子の軌跡がどのように曲げられるかを調べることで運動量を調べるための、重要な部品です。

部品といっても、アトラス測定器は巨大なので、ソレノイドも長さが約6m、直径が約2.3mになります。この巨大な空間に2テスラの磁場を発生させ、しかも外側にある電磁カロリメターなどの他の検出器に影響をできるだけ与えないよう、薄くて強い材料で製作する必要があります。

この超伝導ソレノイドは、KEKが提案から設計・製造をすべて責任担当してきました。

薄肉型アトラス超伝導ソレノイドの特徴

ソレノイドに含まれる物質量を少なくするために、日本企業との技術協力で強度の強いアルミニウムに囲まれた超伝導ケーブルを開発しました。また真空低温容器は、すぐ外側に位置する液体アルゴンカロリメターと共用する、という特殊な設計を採用しました。

このため設計から組立に至るまでKEK、ソレノイドを製造した東芝、真空低温容器を設計した米国BNL研究所、その製造を担当したKHI(川崎重工業)、ホスト研究所のCERNの5者の間でいろいろな面での密接な協議と協力が行われ、この複雑なシステムの製造と組み立てに成功しました。国際協力の成功の典型例と言えます。

超伝導ソレノイド製造と輸送と事前準備

ソレノイド本体と周辺の冷凍機器の製造は2000年に完成し、直ちに製造を担当した東芝で性能試験が行われ、最高電流8400アンペアまでの性能が確認されました。運転予定の電流は7600アンペアです。コイル本体や周辺機器は2001年に横浜港からスエズ運河やライン川を経由してCERNに輸送されました。2002、2003年はコントロールデュアーやチムニーとよばれる周辺機器を地上試験場にセットし準備を進めてきました。また日本で開発した制御ソフトのCERNへの移植も行われました。この準備作業でCERNでのアルミニウム圧力管の溶接の検査基準が厳格であることがわかり、東芝とCERNの協力で溶接技術の向上を図り成功しました。

真空低温容器への据付作業

2004年1月からKEKの素粒子原子核研究所低温グループの2名と東芝から1名がCERNに長期滞在し、地上でコイルを真空低温容器内に設置する重要な作業を行ってきました。この作業は予期したとはいえいろいろな困難が発生し、特にヘリウム配管や超伝導ケーブルの溶接や曲げ作業はCERN技術者の全面的な協力なくしては完成できませんでした(図3)。コイルの真空低温容器への挿入作業はテスト作業を含めて3回行い、各種の調整を行った後2月27日に成功しました(図4)。その後1ヶ月ほど外部との接続作業を行い、真空低温容器の蓋を閉じて真空引きが3月末に開始されました。幸い真空漏れなどは皆無で順調に進みました。

地上での励磁試験に成功!

ソレノイドの冷却・励磁は6月初めに開始されました。30年前に製造された旧式のヘリウム液化冷凍機の運転ではKEKの土井氏による工夫が効きコイルをスムーズに冷却出来ました。途中で冷却水停止に起因してヘリウムコンプレッサーが再起不能となる事故など起きましたが、急きょ別のコンプレッサーへつなぎかえるという離れ業で危機が乗りきられました。7月5日には今回の目標とする8200アンペアの電流での励磁に成功しました(図5)。異常クエンチ時にコイルの持つ全エネルギーをコイルに均等にダンプして局所的な温度上昇を防ぐ安全システムは、今回の一連のテストで完全に働くことが実証され、8180アンペアでのクエンチでもコイルの温度上昇は120度以下に抑えられ安全性が証明されました。

国際協力の成果

ソレノイドの設計から製造さらに制御ソフトまで全面的にKEKが担当してきました。しかし今回のCERNでのソレノイドの地上試験はCERN関係者の全面的な協力があって初めて成功しました(図6)。2004年秋にはいよいよ地下実験室に移設されアトラス実験装置の中に組み込まれる予定です。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CERN研究所のwebページ
  http://public.web.cern.ch/Public/
→日本アトラスグループ広報ページ
  http://atlas.kek.jp
→アトラス超伝導ソレノイドページ(英語)
  http://atlas-cs.web.cern.ch/atlas-cs/
→アトラス実験紹介ページ(英語)
  http://atlasexperiment.org/

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  最極微の世界に迫るLHC計画(1) 〜世界が注目するCERN〜
  最極微の世界に挑戦するLHC計画(2) 〜ヒッグス粒子を探す〜
  最極微の世界に挑戦するLHC計画(3) 〜国際分業で育つアトラス〜
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[図1]imageCERN/ATLAS
2007年に完成予定のCERN研究所のLHC計画。ジュネーブ郊外の地下50〜100mに建設中のLHC加速器にはATLAS, CMS, ALICE, LHCbという4つの巨大な測定器が設置される。
拡大図(65KB)
 
 
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[図2]
アトラス実験装置の中心部分の設計図。シリコン検出器などが設置されるビーム衝突点の周りは日本が作った超伝導ソレノイド(緑色)によって磁場が形成される。
拡大図(60KB)
 
 
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[図3]
ソレノイドを真空低温容器の組み込む現場作業はいろいろな困難を克服して進んだ。写真はコイルの上端付近の作業風景で4本のヘリウム配管と2対の超伝導ケーブルが右上方向に出てきている。これらの配管の曲げ作業や溶接と検査はCERNの協力なしには出来なかった。
拡大図(69KB)
 
 
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[図4]
ソレノイド(中央黄色の筒)を液体アルゴンカロリメータの真空低温容器内壁に設置する作業の写真。コイルと内壁は3mmのすき間しかない。
拡大図(91KB)
 
 
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[図5]
2004年7月5日にソレノイドの最高電流8200アンペアまでの励磁に成功した。通常運転電流は7600アンペアである。
拡大図(36KB)
 
 
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[図6]
CERN地上でのソレノイド励磁試験を行った国際チーム。
拡大図(63KB)
 
 
 
 

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