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last update:04/05/27  

   image 半導体の中の水素    2004.4.1
 
        〜 青色ダイオードの謎にせまる 〜
 
 
  KEKの物質構造科学研究所ミュオン科学研究施設では、μSR実験装置を使った物質の構造の解明の研究が進められています。正の電荷を持ったミュー粒子(ミュオン)が電子と結合してできるミューオニウムを用いると、水素原子の性質を詳しく調べることができることは以前にもこのシリーズでお伝えしました

このミューオニウムを用いると、半導体の中の水素原子の役割を詳しく調べることもできます。青色発光ダイオードの主原料の半導体である窒化(ちっか)ガリウムの中で、水素原子がどのような役割を果たしているかを世界で初めて明確に示した実験成果についてご紹介しましょう。

水素が邪魔をした青色発光ダイオード

青色発光ダイオードは1993年に日亜化学と中村修二氏によって実用化され、いまでは交通信号や屋外大型スクリーンなどの表示装置や最新のDVDレコーダーなどになくてはならない半導体素子となっています(図1)。発光素子の世界を一変させた発明の対価についての最近の裁判所の判断は大きなニュースになったので、ご記憶のかたもいらっしゃることでしょう。

赤色や緑色の発光ダイオードは1980年代の半ばまでにはすでに実用化されていましたが、光の三原色の残りの一色である青色の発光ダイオードの実用化は難しいと考えられていました。それは、青色発光ダイオードを作るための半導体の主原料である窒化ガリウム(GaN)を使って「p型」と呼ばれる半導体を作ることが難しかったからです。

半導体とは読んで字のごとく、電気を通す導体と通さない絶縁体の中間の性質を持つ物質のことです。半導体を使ったダイオードやトランジスタやICなどの素子を作る時には、半導体にほんの少しだけ不純物を加えて(ドーピングといいます)p型とn型という二種類の素材を作ることが必要です。半導体が電気を通す性質(伝導性)は、半導体にドーピングされた不純物原子が周りの原子に電子を加えるか減らすかで決まります。周りの電子を奪い取って空席(正孔)を作るのがp型半導体、電子を余分に与えるのがn型半導体です。

窒化ガリウムでp型が作れなかった理由は、結晶成長時に水素が大量に存在することが原因であることが後に分かるのですが、中村氏はそれ以前に知られていた赤崎勇氏(当時名古屋大)らの電子線照射による結果にヒントを得て、結晶を高温で焼鈍することにより水素を効率的に追い出すことに成功しました。水素不純物の少ない結晶を用いることで高伝導度のp型窒化ガリウム結晶が得られ、高輝度発光へとつながったのです。また、中村氏以前に良質な窒化ガリウムの結晶育成に成功し、暗いながらも最初の発光ダイオードを実現したのは赤崎氏らのグループであることも記憶にとどめられるべきでしょう。

見直される水素原子の存在

半導体の伝導性についてもう少し詳しく見てみましょう。半導体は純粋な状態では電気をほとんど通しません。これは結晶中の電子が一つ残らず共有結合あるいはイオン結合により原子に束縛されているためです。この状態をくわしく見ると、図2のように電子状態のつくるエネルギー帯(バンド)にわずかな差(ギャップ)があって、電子が束縛された状態(価電子帯)から電気を通すような連続状態(伝導帯)へ励起されるためには一定のエネルギーが必要な状態になっています。

窒化ガリウムでは水素の存在がp型伝導実現への障害になっていたわけですが、これはシリコンなどの多くの半導体でも以前から知られていた、水素による「不動態化」という現象によると考えられていました。元素の中で最も軽い水素は半導体中を自由に移動して、ドーピングのための不純物原子と結合してしまい、伝導のための正孔を横取りしてしまうという性質をもっているのです。窒化ガリウム中でも水素がp型の不純物(Zn, Mg)と特に強く結びつく性質があるためにp型がなかなか得られなかったと考えられてきました。

ところが最近になって、窒化ガリウムと似た半導体である酸化亜鉛(ZnO)中で、水素自身がn型不純物としてキャリアを供給する可能性がさまざまな研究から明らかになってきました。酸化亜鉛は不純物を混ぜない状態でもn型伝導を示すことが知られています。同じようなことが窒化ガリウムで起きているとすると、窒化ガリウム中での水素の役割についてのこれまでの考え方を根本的に考え直す必要があります。

ミューオニウムで水素原子の役割をさぐる

そこで物質構造科学研究所の下村浩一郎・門野良典氏らのグループは、NEC筑波研究所・テキサス工科大学等の研究者と共同で窒化ガリウム中の水素原子が酸化亜鉛の場合と同じ振る舞いをしている可能性を微視的に検証するために、窒化ガリウム中のミューオニウムの電子状態を観測する実験を行いました。ミューオニウムとは水素原子の中の陽子をミュー粒子で置き換えた状態であり、半導体結晶中では孤立水素原子の軽い同位体とみなす事ができます。

ミューオニウムを用いた実験では、試料外から持ち込まれるミュー粒子の数は「不純物」の濃度としては極限ともいえるほど希薄なため、試料に本物の水素を入れる場合と比べると、水素同志の相互作用や溶け込み具合の不均一さといったことを一切気にする必要がありません。これほど希薄な濃度で実験が可能になるのも、ミュー粒子が放射性崩壊をして、その様子を1個ずつ検出できるからです。

この実験で得られた磁場中でのミュー粒子の回転の様子を図3に示します。3本のピークが見えていますが、中心に見えるのはミュー粒子がそのままの状態で回転している状態の信号で、その左右に対称的な位置に存在しているピークがミューオニウムからの信号です。この2つのピークの間隔はミュー粒子と電子との結合の強さを表しています。この値が非常に小さなものであることから、窒化ガリウム中のミューオニウム状態ではミュー粒子と電子が非常に緩やかに結びついていることがわかります。

信号の温度依存性を調べることで(図3)、ミューオニウムの伝導帯へ励起に必要とされるエネルギーは数ミリ電子ボルトと大変小さいこともわかりました。また結晶軸の方向への依存性を詳しく調べることで、ミューオニウムの形がおおよそ図5のようになっていることがわかりました。これらのことはミューオニウム(水素原子)がドナーとしての特徴を備えていることを示しています。

半導体の性質の系統的な理解へ

半導体は規則正しい結晶構造をしていますが、その中に不純物を混ぜた時に、半導体中の電子がどのようなエネルギー準位を持つか、つまり、どのような電気的性質を持つようになるかを理論的に予測することは、現在でも極めて困難なことです。半導体の素材の研究はこれまでは経験と数多くの実験結果に頼ってきた部分が多かったわけです。

物質中にミューオニウムを照射し、その崩壊の様子から物質中での水素原子の振る舞いを自由にシミュレートすることができるμSR実験装置は、半導体の性質を系統的に理解するための重要な道具となっていくことでしょう。

この成果は3月31日付けで米国の物理学会誌フィジカルレビューレターズ(4月2日号)に掲載されました。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEKミュオン科学研究施設のwebページ
  http://msl.kek.jp/index.html
→キッズサイエンティスト
    :ミュオンによる広域中間子科学 のページ
  http://www.kek.jp/kids/multi/material/myuon.html

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    ミュー粒子で作る原子〜 世界最高強度のミュオン 〜

 
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[図1]
青色発光ダイオードが実用化されたことによって、発光色の自由な表現が発光ダイオードで可能になった。上は発光ダイオードを用いた長寿命の省エネ型交通信号機。下は青色発光ダイオードを家電製品に用いた例。
拡大図上(39KB)
拡大図下(23KB)
 
 
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[図2]
半導体中の電子のエネルギー。すべての電子は原子に共有されてエネルギーを得している状態にあるため、そこから電子を自由にする(伝導状態にする)ために一定の励起エネルギーEgを必要とする。構成原子と異なる数の価電子を持つ不純物を入れると、その電子は「余っている」ため共有されることによるエネルギー利得はわずかで、比較的自由になりやすい。
拡大図(47KB)
 
 
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[図3]
窒化ガリウムを2.5ケルビンまで冷却して3テスラの磁場中で観測したミューオニウム回転信号。ミューオニウムの信号がミュー粒子からの信号の左右対称の位置にあらわれている。その間隔は337キロヘルツで真空中のミューオニウムに比べて約1万分の1程度の小さな値である。
拡大図(15KB)
 
 
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[図4]
ミューオニウムの全信号に占める割合の温度依存性。25ケルビン以上ではミューオニウムはイオン化してしまう。この温度依存性の結果からミューオニウムは伝導帯より数ミリ電子ボルト下の浅いエネルギー準位にあることが示された。
拡大図(14KB)
 
 
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[図5]
窒化ガリウム中のミューオニウムの概形。ミューオニウムは結晶のc軸に対称な形をしておりその大きさは真空中のミューオニウムに比べて20倍ほど大きい。青赤に色分けされているのは電子の波動関数の符号が反対になっていることを示している。
拡大図(57KB)
 
 
 
 
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