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   image 細胞に放射線をあてる    2004.3.18
 
〜 マイクロビームX線細胞照射装置 〜
 
私たちの身体はいつも宇宙から降ってくる放射線や地球から放出される放射線などの「自然放射線」をあびています。病院や健康診断で受ける検査にも放射線を使ったものがあります。一方「放射線を多く浴びると人体に有害である」ということもご存知のことと思います。しかし、私たちは自然放射線を避けることはできませんし、放射線を使った検査は今では病気を早期のうちに正しく診断するためにはなくてはならないものです。また、これから人間が宇宙に行く時代が来ると、地球上より多くの放射線にさらされることになるでしょう。

それでは、放射線と正しくつきあっていくにはどうしたら良いのでしょうか? それには放射線が「どのぐらい有害か」を正しく知る必要があります。しかし、自然放射線のようなごく微量の放射線が「どのぐらい有害か」を知るのは大変難しく、研究者の間でも論争の的になっています。

KEK放射光研究施設(フォトンファクトリー)では、このような微量の放射線が生物にあたえる影響を明らかにするための装置を開発しました。世界で初めて細胞ごとにX線をあてることを可能にした「放射光X線マイクロビーム細胞照射装置」についてご紹介します。

放射線の生物作用

放射線には粒子線と光子放射線の2種類があります。粒子線は、アルファ線や、最近はがんの治療にも使われている陽子線や重粒子線など、エネルギーの高い荷電粒子で、通り道の近傍の分子に電離を起こします。光子放射線は波長が短い電磁波の一種で、検診などでもおなじみのX線やガンマ線です。X線が物質に照射されるとき、運動エネルギーを持った電子が放出されますので、粒子線と同様、やはり電子の通り道に沿って電離を起こします。放射線が生物に照射されると、その通り道にある生体分子は電離によって分子構造が変化します。これが突然変異や細胞死などの生物効果を引き起こすことになります。

細胞が受ける放射線の量は、通過する粒子の数と考えることができます。放射線の量が少なくなると、図1のように、細胞を通過する平均粒子数が少なくなるので、個々の細胞がうける放射線量は均一ではなくなります。さらに低くなると、細胞集団の中で粒子が通り抜けた細胞の数が通り抜けなかった細胞の数よりも少なくなります。わたしたちが普段の生活の中で受けている放射線量はごく微量ですので、下の図のように大部分の細胞が放射線に当たっていない状況になります。

微量の放射線:隣の細胞にも影響があらわれる

このような微量の放射線の影響に関しては以前より社会的関心が持たれていましたが、1990年代に入ってから興味深い現象が発見されました。細胞に低線量のアルファ線を照射して、染色体に現れる効果を調べていたときに、全体の1%の細胞しか放射線を受けないようなごく微量の放射線を照射したのに、30%の細胞に染色体の変化が起こっていたのです。これは明らかに、「放射線を直接受けていない細胞にも影響が現れる」ことを示しています。

この現象は「バイスタンダー効果(bystander=傍観者)」と名付けられ、低線量の放射線の生物影響にとって非常に重要な現象であると考えられています。特に、微量の放射線のリスクを推定する際には重要で、バイスタンダー効果があると、高線量のデータから推定した値より大きな生物影響が実際に起こりうる可能性があるのです。この現象は、細胞間のコミュニケ−ションによって起こりうるものであり、細胞生物学的にも興味深く、多くの研究者の関心を集めています。

このバイスタンダー効果がどのようなしくみで起こっているのかを調べるためには、個々の細胞を識別して、放射線が当たった細胞、直接は当たっていないが当たった細胞の近くにある細胞、当たった細胞から離れたところにある細胞というように、それぞれの細胞で応答を調べる必要があります。

このような観点で、アメリカやイギリスでは、加速器からの粒子放射線を用いて、細胞を個別に認識して、それぞれに決まった線量の放射線を照射する装置(マイクロビーム細胞照射装置)が作られ、その装置を使った研究成果が出始めてきました。今では他の国でも同様な装置が作られはじめています。

KEK放射光研究施設(フォトンファクトリー)の小林克己(こばやし・かつみ)助教授および宇佐美徳子(うさみ・のりこ)博士らのグループは、通常の環境では粒子放射線よりもX線やガンマ線などの光子放射線にさらされる機会の方が多いということに着目し、微量の光子放射線の生物効果を調べるために放射光X線マイクロビームによる細胞照射装置の開発を計画しました。放射光は指向性が高いので、マイクロビームを作りやすく、このような目的にはぴったりです。

日本特有の放射線の環境

欧米では、自然放射線の中ではラドンによるものがかなりの割合を占めています。ラドンは粒子放射線であるアルファ線を放出し、呼吸によって肺に入り、体内から被ばくを受けます。特に、鉱物の中にラドンが多く含まれる地方で、石造りの家に住んでいる人々にとっては、ラドンによる被ばくは深刻な問題です。そこで欧米では粒子線のマイクロビームを使った研究が盛んに行われています。これに対し、日本ではラドンによる自然放射線は世界平均の半分以下で、むしろその他の自然放射線や、医療で受ける放射線による被ばく量が多くなります。

粒子線は、その通り道の単位長さあたりに与えるエネルギーが大きいため、粒子の通った細胞に大きな線量を与えてしまいます。一方、X線は個々の粒子が与えるエネルギーはアルファ線の100分の1程度なので、粒子が通った細胞の線量はそれほど大きくなりません。より少ない線量を与えられるという点で、微量の放射線の影響を知るにはX線の方が適しています。

日本人の平均被ばく線量は、医療で受けるものも含めて、年間4ミリシーベルト(0.004シーベルト)弱程度と言われています。この値は住んでいる場所や、どのような医療被ばくを受けたかによって大きく変わります。細胞一個あたりに換算すると、X線から発生した二次電子が年間1個から数個、細胞を通るということなります。

放射光X線マイクロビーム照射装置

この装置はX線を細くするための光学系(ミラー系)や自動ステージと高感度CCDカメラを備えた蛍光顕微鏡、ステージやCCDカメラ、X線シャッターなどを制御するパソコンなどから成り立っています(図2,3)。放射光源からくるX線は、ミラー系で細くしぼられてシリコンの結晶で90度真上にはね上げられた後、蛍光顕微鏡のステージの上に置いた細胞試料に下方から照射されます。

細胞は、底面が薄い膜になっている特殊な培養ディッシュの上で培養されます(図4)。このディッシュをステージの上に載せて、マイクロビームを、膜の下方から膜を通して細胞に照射することになります。独自に開発したソフトウェアは、細胞の画像認識、座標計算、ステージ制御、X線シャッターのすべてを制御することができるようになっています(図5)。

この装置で得られるX線ビームの大きさは5ミクロン角で、スリットで調整すると、これよりも大きいビームを利用することもできます。細胞核よりも小さいサイズのビームをあてられるので、細胞の核の一部や細胞質の一部だけにX線を照射することもできます。CCDカメラで撮影された細胞の画像を見ながら照射する細胞を選ぶこともできますし、プログラムを使って用いて自動的に照射する細胞を選ぶこともできます。

プログラムが細胞を認識した座標に照準を合わせ、シャッターを自動的に開閉し、決められた量のマイクロビームX線を照射することができます。照射された細胞は装置から取り出され、放射線の影響を調べる処理を行った後、もう一度、装置の同じ場所に装着することができるので、照射された細胞とそうでない細胞を区別して放射線による影響を確認することができます。

この装置で細胞核内の一部にのみX線が照射されたことを実際に確認するために、細胞核DNAの2本鎖切断が生成したことによるヒストン蛋白の修飾(リン酸化)を免疫染色法によって検出したところ、細胞核内の一部分だけが染まっている像が観察できました(図6)。DNA2本鎖切断は、放射線によって生じる主要な損傷ですので、確かに決められた位置にマイクロビームX線が照射されていることが確認できました。

4月から本格稼働

この装置はフォトンファクトリーのBL-27Bに設置されていて、この4月からは全国の大学や研究所の研究者に本格的に公開されます。BL-27Bは、生物試料を無菌的に扱うことができる実験室内にあるビームラインなので、生物系の研究者が大学の研究室にいるのと同等な環境で,細胞培養や照射効果検出などの実験を行うことができるようになっています。今年の夏には装置の改良によりより小さくて強力なビームを得ることができるようになり、定量的なデータを取るために、短い時間でたくさんの細胞に照射することができるようになります。今後、この装置を使って、微量の放射線により生物影響が起こるしくみに迫る研究が飛躍的に進むことでしょう。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→放射光研究施設のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→暮らしの中の放射線
  http://rcwww.kek.jp/kurasi/

→関連記事
  ・2004年3月9日プレス発表記事
    世界初放射光X線マイクロビーム細胞照射装置完成

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[図1]
(a) 細胞を通過した平均粒子数(L)が0.2, 1, 5の場合の、実際に通過した粒子の分布。Lは放射線の線量に相当する。(b) L=5(高線量)およびL=0.2(低線量)の場合の概念図。赤い丸が粒子の通過をあらわす。低線量では、粒子が通過していない細胞が大部分を占めることがわかる。
拡大図(38KB)
 
 
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[図2]
放射光X線マイクロビーム細胞照射装置のシステム構成図。
拡大図(49KB)
 
 
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[図3]
放射光X線マイクロビーム細胞照射装置。
拡大図(48KB)
 
 
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[図4]
ディッシュを自動ステージ上に取り付けたときの写真。上図はディッシュの断面図。
拡大図(49KB)
 
 
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[図5]
システム制御用ソフトウェアの画面。
拡大図(55KB)
 
 
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[図6]
免疫染色によるDNA損傷の検出。細胞核は赤、DNA二本鎖切断生成にともなうヒストンのリン酸化部分は緑の蛍光色素で染色した。白矢印が5ミクロン角のX線を照射した細胞。右上は、シンチレータで可視化したX線マイクロビーム(5ミクロン角)。
拡大図(23KB)
 
 
 
 
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