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last update:04/12/09  

   image ノーベル賞とトリスタン    2004.12.09
 
        〜 今年の物理学賞を支えた世界的成果 〜
 
 
  来る12月10日にノーベル賞の授賞式がスウェーデンストックホルムでおこなわれます。今年のノーベル物理学賞は「強い相互作用における漸近的自由性の発見」により、グロス(David J. Gross)、ポリツァー(H. David Politzer)、ウィルチェック(Frank Wilczek)の3氏に贈られます。実は今回ノーベル物理学賞を受賞した理論の検証には、KEKで以前実験に用いられていたトリスタン(TRISTAN)という加速器が重要な役割を果たしていました。

世界のトップを目指したTRISTAN計画

TRISTANとはTransposable Ring Intersecting Storage Accelerator in Nipponの略で、300億電子ボルトの電子と陽電子を正面衝突させる実験として1987年から1995年まで運転された加速器です。

当時、この形式としては世界最高のエネルギーによる実験が可能な加速器でした。その後数年して、米国スタンフォード大学のSLC加速器やスイスのCERN研究所のLEP加速器などに首位の座を譲り渡しますが、約600億電子ボルトの衝突エネルギーを持つ実験装置としては他に類のないものとして、世界的な注目を浴び続けた研究施設です。

TRISTAN加速器には4つの実験エリアがあり、TOPAZ(トパーズ)、VENUS(ビーナス)、AMY(エミー)という3つの巨大な測定器がお互いに物理解析の結果を競い合っていました。

強い力の「漸近的自由性」?

自然界には4種類の力があると考えられています。原子核やクォークなどに作用する強い力、原子核の崩壊などに関わる弱い力、光や電波や静電気、磁石などの力に関わる電磁気力、それと皆さんおなじみの重力、です。

物理学の世界では力のことを「相互作用」と呼びます。強い相互作用はクォークとクォークの間にグルーオンと呼ばれる粒子が媒介して働く力であると考えられています。この様子は図1のように書かれることがあります。クォークとグルーオンの間に働く力の強さは結合定数「αs(アルファ・エス)」という値で示すことができます。強い力を表す結合定数、という意味で、αsは強結合定数とも呼ばれます。

他の種類の力、たとえば電磁気力では結合定数の値はほとんど変わりません。ところが、グロスらの発見した「漸近的自由性(ぜんきんてきじゆうせい)」によると、強い相互作用は非常にエネルギーが高いところではクォークやグルーオンに対してほとんど力が働かない自由粒子であるかのように振舞う、ということが理論的に示されました。

言いかえればクォークやグルーオンの持つエネルギーの大きさによって強結合定数の値が変化するわけです。これは強い相互作用が他の力と決定的に違う性質です。

世界中の加速器を用いてこの理論の実験的検証が行われてきましたが、TRISTAN加速器もこの検証に重要な役割を果たしました。

強結合定数の測定

TRISTAN加速器のような電子・陽電子衝突型の実験では、強結合定数は図2のように電子・陽電子消滅反応を使ってクォークをつくり、そこからどのくらいの割合でグルーオンが放出されるかを調べることで、精度良く測定することができます。

クォークもグルーオンも「閉じ込め」と呼ばれる性質のため、単体では安定に存在することができません。実際に観測されるのは、クォークやグルーオンから生成された、多数の中間子やバリオンなどです。こうしてできた多数の粒子は、もとのクォークやグルーオンの方向にそって生成されます。この現象を「ジェット」と呼びます。

図4はTRISTAN加速器を用いた実験のうちの1つである、TOPAZ測定器を使って得られた事象の一例です。この図ではグルーオンが放出されたことによる3つのジェットが観測されています。一方、グルーオンが放出されない事象では2つのジェットしか観測されません。3つのジェットのある事象と2つのジェットがある事象の数を比較すると強結合定数を測定することができます。

日米欧の実験グループが共同で解析

世界中の衝突エネルギーの異なるいろいろな電子・陽電子衝突型加速器を使った実験で、上記の原理を用いて強結合定数が測定されました。エネルギーが違う実験の結果を比較することにより、強結合定数のエネルギー依存性を調べようとしました。

しかしそれぞれの実験が別の方法を用いて強結合定数を測定していたため、結果を直接比較することは大変困難でした。そこで前述のTOPAZ実験では、異なるエネルギーの実験であるPEP4/TPC実験(アメリカ)およびALEPH実験(ヨーロッパ)と国際協力して、全く同じ解析手法を使ってそれぞれ強結合定数を決定し、直接比較するという試みを行ないました。これは3つの実験の頭文字をとってPTAコラボレーションと呼ばれました。

PEP4/TPCは衝突エネルギーが290億電子ボルトのPEP加速器、TOPAZは 580億電子ボルトのTRISTAN加速器、ALEPHは912億電子ボルトのLEP加速器を用いた実験で、強結合定数を比較する上でもちょうどよいエネルギー領域でした。このようにして測定された強結合定数の結果が図5です。測定値はエネルギーの関数としてグラフに示されています。実線はグロスらの理論を基にして計算された予言値を示しています。グラフからわかるように3つの異なったエネルギーにおいて同じ手法で測定された強結合定数は、理論の予言とぴったりあうことが示されました。この結果は1994年にイギリス・グラスゴーで行なわれた高エネルギー物理学国際会議で発表され、注目を浴びました。

さらなる貢献

TRISTAN加速器を用いた実験では、これ以外にも強い相互作用に関する重要な発見をしています。それはトリプル・グルーオン・カップリング(グルーオンの三重結合)と呼ばれるものです。

電磁気力を媒介する光子は電子とは相互作用をしますが、他の光子とは相互作用をしません、しかしグルーオンはクォークだけではなく別のグルーオン2つと相互作用をすることを量子色力学は予言しています。TRISTANの実験では4つのジェットが観測された事象を解析することで、トリプル・グルーオン・カップリングが存在することを世界で初めて示しました。

TRISTAN加速器はもともとはトップクォークを見つけるために作られた加速器ですが、残念ながらその本来の目的は果たすことができませんでした。しかしこのように他の分野で数々の世界的に注目される業績を残しました。

この時使われたトンネルや実験装置の一部、また、新しい技術やノウハウなどは、その後のBファクトリー加速器(KEKB)にも受け継がれています。KEKB加速器は世界最高性能を有する非対称型電子・陽電子衝突加速器として、CP対称性の破れの発見や標準理論では説明できない新たな物理現象の兆候を捉えるなど、注目を集める成果を次々と生み出しています。TRISTANによって培われた、世界をリードする研究や技術の今後の発展にご期待ください。
 
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[図1]
クォークとクォークの間に働く強い力は「グルーオン」という粒子によって媒介されると考えられている。クォークとグルーオンとの間に働く結合の強さを「強結合定数αs」と呼ぶ。
拡大図(15KB)
 
 
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[図2]
電子や陽電子はそれ自体、グルーオンと直接、結合することは無いが、電子・陽電子衝突実験で生まれたクォークと反クォークの対がグルーオンと結合する様子を精密に測定することができる。グルーオンがクォークに結合すると3つの「ジェット」が反応点から生じた事象として観測される。
拡大図(18KB)
 
 
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[図3]
TOPAZ測定器の建設中の写真
拡大図(79KB)
 
 
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[図4]
TRISTAN計画の実験グループの一つ、TOPAZ測定器で観測された3つのジェットの事象。
拡大図(143KB)
 
 
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[図5]
アメリカのPEP4/TPC実験、日本のTOPAZ実験、ヨーロッパのALEPH実験によって得られた、異なる衝突エネルギーでの強結合定数αsの値と、グロスらの理論による予言値(実線)。日米欧の実験グループの共同解析により、強い相互作用の強結合定数の漸近的自由性が明確に示された。
拡大図(32KB)
 
 
※もっと詳しい情報を
        お知りになりたい方へ

→TRISTAN Reportのwebページ
http://www.kek.jp/hyouka/
TRISTANreport/

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