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「ナノ空間」をつくる 2005.1.6 |
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〜 自己組織化する巨大な分子 〜 |
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これまでにNews@KEKでは、放射光を使ってタンパク質の構造を調べる研究をたくさん紹介してきました。たった20種類のアミノ酸だけでできているタンパク質があらゆる生命活動を担う多彩な性質を示すのは、アミノ酸が一次元に重合した鎖状の分子が複雑に折りたたまれて、タンパク質として働く最適な立体構造を取るからです。どのような立体構造を取るのかは、どのようなアミノ酸配列であるかによって決まっているのです。ある使命をプログラムされた分子が、最も安定な相互関係になるように形を変え、結果として、あたかも自分で意志をもっているかのように自発的に狙いとする構造体に組織化するのです。 このような仕組みは人工的に作ることができるのでしょうか? 分子を研究者が自由に設計して、目的とする仕事をさせることができたら素晴らしいですね。今日のニュースは、タンパク質と同じような「自己組織化」で、いままでの化学合成では決してつくりあげることができなかった複雑な構造の分子を瞬時に組み上げるというお話です。物質をナノスケールで見ることのできる光、放射光は、このような複雑な分子が、実際に設計どおりに組み立てられているかを見るために、なくてはならない重要な道具なのです。 「のり」は配位結合 東京大学の藤田誠(ふじた・まこと)教授の研究グループでは、分子の自己組織化の原動力として、配位結合を利用することを考えました。配位結合とは、共有結合の1種ですが、結合にあずかる電子対が片方の原子からのみ提供されているものをいいます。配位結合を作ることのできる分子を「のり」として用い、パーツを組み上げることで複雑な分子を作ろう、という作戦です。配位結合の方向をうまく制御することができれば、設計したとおりに分子が自己組織化するというわけです。 このような考え方を元に、藤田教授のグループ(富永昌英(とみなが・まさひで)助手、河野正規(かわの・まさき)助教授)、および東京工業大学の尾関智二(おぜき・ともじ)助教授は、チューブ状の分子と、球状のカプセルの分子の2種類を作ることに成功しました。 それでは、まず、チューブをどのようにして作ったかを見てみましょう。 中空のナノチューブ チューブ状の化合物は、イオンや分子などの物質輸送や、つまりチューブを通る物質のみを反応させるような仕組みへの応用などが期待されます。このような高度な機能を達成するためには、チューブの長さや直径を精密に制御することが重要です。短冊状のパーツを「のり」で組み上げる方法を使うと、短冊のパーツの大きさを変えることによってチューブの長さや太さを制御することができます(図1)。 詳しく見てみましょう。今回作ったチューブでは、基本の骨格となるパーツとして3,5-オリゴピリジンという短冊状の分子を用いました(図2左)。この分子には窒素(N)が6カ所ありますが、孤立電子対を持つ窒素は電子対の「供給」側として配位結合を作ることができます。一方、電子対を「受け取る」側はパラジウム(Pd)という金属イオンを使います。これが「のり」の役割を果たします。パラジウムは、4方向に配位結合を作れるので、そのままだと「のり」が勝手な方向にどんどん短冊をつないでしまい、チューブの形が作れません。そこで、4方向のうち、2つの方向の結合を使えないように他の分子で保護し、残りの2つの方向だけを使えるような「のり」分子を設計しました。図2の矢印の上の分子が「のり」分子で、パラジウム(Pd)の左側の2つの結合はエチレンジアミン(NH2-CH2-CH2-NH2) で保護されているので、右側の2つの90°方向だけを配位結合に使うことができます。さらに、アントラセン2分子をエチレングリコールで連結したひも状の分子(図2の矢印の下)をチューブの鋳型として用います。この3種類の分子を反応させて、設計どおりにチューブができたのでしょうか? できた化合物を結晶化し、KEKのフォトンファクトリー・アドバンストリングのNW2ビームラインのX線回折計でナノスケールの構造を調べると、図2の右のような分子構造ができていることがわかりました。ひも状の分子を鋳型として、3.5nm(ナノメートル)の長さのチューブが見事にできていたのです! さらに、鋳型を有機溶媒で抽出して取り除いても、チューブは壊れることがなく、中空のチューブができることがわかりました。24カ所ものパラジウム-窒素(Pd_N)結合がこのチューブを壊れにくくしていたのです。鋳型を除いたチューブはさまざまな棒状分子を取り込むことが可能であり、それ自身では鋳型にならない小さな分子を複数個取り込むこともできました(図3)。この分子は、将来、特定の物質の移動が可能な人工イオンチャンネルとしても使えそうです。 三次元球状分子カプセル 球状ウイルスの殻は、タンパク質のユニットが自己組織化した直径数十nmにも到達する巨大な中空構造で、内部にはDNA、タンパク質などが包み込まれています。このような生体分子も包み込むことのできる巨大中空構造、つまり生体分子の分子カプセルを人工的に作ることができるでしょうか? この球状カプセルもチューブと同様にパラジウムと窒素の配位結合を使って組み上げる方法をとりましたが、チューブではパラジウムに細工をして結合方向を90°に限定したのに対し、球状カプセルではパラジウムはそのまま4方向の結合を用い、骨格となる窒素を含む分子の方に工夫をしました。それは約120度に折れ曲がった分子の両端に金属イオンと結びつく部位を配置した化合物です。折れ曲がりのない分子を用いれば、パラジウムとの配位結合によって無限にのびるシート状の分子になってしまいそうですが、折れ曲がりのある分子を用いれば、有限の球が組み上がることが期待できます(図4)。 チューブと同様、できた化合物の結晶構造を放射光で調べると、立方八面体の各頂点にパラジウムイオンが配置され、折れ曲がり分子が各辺上でパラジウムイオンを橋わたししている直径3.4 nmの球状構造ができていることがわかりました(図5)。球の表面には1 nm程度の巨大な穴が14ヵ所もあり、生体分子のような巨大な有機分子の出入りも自由にできそうです。また、折れ曲がり分子にスペーサーを付け加えて長さを変えたものを作り、同様に反応させると、直径5 nmにも到達する球構造が自己集合しました。このようにカプセルの自由自在な設計と合成ができることがわかりました。 このような重金属を含む巨大分子の構造を見るには、フォトンファクトリー・アドバンストリングの、波長の短いX線が高い強度で利用できるという特徴が力を発揮します。こうしてできた人工「ナノ空間」の中で化学反応を起こしたり、生体分子や金属ナノ粒子などの巨大分子をカプセル化したりすることは、まさにタンパク質が自然界で行っていることそのものです。この自然界が描いた見事なシナリオを、研究者が自分で設計することも夢ではありません。今後このような巨大分子の科学の発展のために、放射光がますます利用されていくことでしょう。 この研究は、戦略的創造研究推進事業(CREST)「医療に向けた自己組織化等の分子配列制御による機能性材料・システムの創製」および「医療に向けた化学・生物系分子を利用したバイオ素子・システムの創製」の一環として行われたものです。研究成果はアメリカの化学雑誌「Journal of American Chemical Society」(2004年9月)、およびドイツの化学雑誌「Angewandte Chemie International Edition」(2004年11月、球状の分子カプセルはこの号の表紙を飾りました)で発表されました。 |
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