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last update:05/04/21  

   image アトラスの半導体検出器    2005.4.21
 
        〜 モジュールの量産を完了 〜
 
 
  スイスとフランスの国境にあるCERN研究所で建設が進められているLHC計画については以前にもご紹介しました。LHC計画では4つの巨大な測定器を使って素粒子のさまざまな反応を調べますが、その中でもひときわ大きいアトラス測定器(図1)には、日本のグループもいろいろな種類の検出器を作って提供します。

半導体のシリコンを用いて素粒子の飛跡を捉えるシリコン検出器のモジュールの製作の様子と、生産が完了したニュースをお伝えしましょう。

建設が進むLHCとアトラス

LHC計画はジュネーブ郊外の地下約100mに周長27kmの巨大な加速器を作る計画です。2007年の実験開始に向けて加速器を構成する電磁石の据え付けや、アトラスやCMSなどの巨大な測定器の建設が進んでいます(図2)。

アトラス測定器は、様々なの粒子検出器から成る巨大な汎用測定器の一つです。アトラスを構成するさまざまな検出器は全世界約150の大学・研究機関の共同研究者が分担して、厳しい品質管理の元に製造を進めています。

KEKと国内15の大学からなるアトラスの日本グループは、超大型超伝導ソレノイドの製造、シリコンマイクロストリップ飛跡検出器(SCT)及びミュー粒子検出器(TGC)と呼ばれるモジュールの量産に取り組んで来ました。以前お伝えした超伝導ソレノイド電磁石の現地での試験に引き続いて、シリコンマイクロストリップ飛跡検出器モジュールとミュー粒子検出器モジュールも国内での量産を終了しました。今回は、シリコンマイクロストリップ飛跡検出器モジュールの量産についてお話しましょう。

SCTとは

SCTとはSemiConductor Trackerの略で、シリコンマイクロストリップ測定器を用いた素粒子の飛跡を検出する装置です。電荷を帯びた粒子が半導体中を進むとき、半導体中に電子・ホールのペアを作ります。この電子或いはホールを電極に集めると、電気信号として読み取ることが出来ます。半導体は精密な加工ができるので、幅の狭い帯状(マイクロストリップ)に電極を作って信号を読み出すことで、素粒子が通過した場所を数十μmの精度で決定することが出来ます。

アトラス測定器ではSCTの他にも、シリコンピクセル位置検出器(PIXEL)と遷移輻射型ストローチューブ位置検出器(TRT)と呼ばれる飛跡検出器を組み合わせて、粒子の飛跡を正確に捉えます。電荷を帯びた粒子は超伝導ソレノイド電磁石が作り出す強力な磁場で軌道が曲がるので、その軌道を正確に捉えることで、粒子の運動量と発生点を精密に測定することができます。

シリコンマクロストリップ位置検出器は、極めて高い位置分解能を持つために、高エネルギー加速器実験の分野で幅広く用いられていますが、アトラスで用いられるものはこれまでで最大の総面積(61m2)となります。

日本のグループは、中央バレル部と呼ばれる円筒形の部分のモジュール設計と製造を担当しました。このバレル部は、モジュールの一つの大きさが12.8cm×6.4cm(図3)で、これを2,112台、4層の円筒形状に配置します。円筒は半径が30cmから52cmで、長さは150cmです。

SCTモジュールの特徴

SCTモジュールは、ベースボードと呼んでいる基材の表裏に、各2枚のシリコンマイクロストリップセンサー合計4枚を張り合わせることで作られています。4枚のシリコンセンサーは、全て同一のもので、表面には、80μm間隔のストリップ(短冊状の構造という意味)電極が形成されています。シリコンセンサーの大きさは、6.4cm×6.4cmで、768本のストリップを有します。表裏シリコンセンサーは、±20mrad(±1.15°)傾けてあり、2次元の位置情報が得られるようになっています。シリコンセンサーで検出された微弱な電気信号は読み出し回路によって増幅され、On/Offのヒット情報としてデジタル処理されます。SCTバレルモジュールで使用された、読み出しVLSI回路を搭載する高精度・高熱伝導・低質量ハイブリッドもまた、日本グループが設計・製造しています。

SCTモジュールの大きな特徴として、衝突点の近くで10年間で受ける莫大な放射線量(3×1014 p/cm2)に耐えられるよう設計され、部品は耐放射線試験を行い合格したものだけが採用されています。さらに、放射線損傷の効果を軽減するために、モジュールは、摂氏-10度の低温環境下で使用されます。
ところで、KEKB計画のBelle測定器でもシリコンマイクロストリップ位置検出器(シリコンバーテックス検出器)が重要な役割を果たしています。Belle測定器では2次元位置情報を得るため両面読み出しシリコンマイクロストリップセンサーを使用していますが、アトラスのSCTでは放射線耐性及び大面積(Belleの約1000倍)をカバーするコストを考慮し、新規開発の片面読み出しシリコンストリップセンサーを使用しています。従って、2次元位置情報を得るため片面読み出しシリコンストリップセンサーを両面に1μm程度の精度で組み立てる技術開発が必要となりました。

SCTモジュールの製造

SCTモジュールの製造は、予備品を含めて2600台を日本、英国、米国、北欧チームの分担で行われました。日本のモジュールの製造は2002年1月から開始され2004年12月に終了、3年の月日を要して、981台のモジュールが製造されました。

図4がモジュール組み立てのための精密組み立て装置の写真です。センサー表面上にある位置合わせのためのマークをカメラで読み込んで、パターン認識処理を行うことで、目標位置とのずれを1μm以下の精度で検出します。このずれを、X軸方向、Y軸方向及び回転を自動調整して、そのずれを1μm以下に追い込んで行きます。これを両面で繰り返し、精密に両面を合わせるジグにより必要な両面の位置精度を確保しています。製造開始時の数台を除いて、目標の組み立て精度でモジュールを組み立てることに成功しました。

センサーとセンサー間、センサーと読み出し回路間は、アルミのワイヤーボンディングによって結線されます(図5)。一つのモジュール当たりのワイヤーボンディングの数は、約5千箇所あり、日本でのワイヤーボンディングの総数は、約500万箇所になります。ワイヤーボンディングは、工業的に確立された技術ですが、高エネルギー加速器実験の検出器の製造過程でのこの様な大量のワイヤーボンディングの経験は前例がありません。このために、モジュール製造現場で完成直後にモジュールの性能評価試験を行い、素早くフィードバックをかけることで、ワイヤーボンディングの不良率を4×10-5以下に押さえることに成功しました。

SCTモジュールのシリンダーへの取付け

さて、みなさんは、この2,112台のモジュールをシリンダーへ取り付ける作業がどのように行われると思われますか? 隣り合うモジュールは、粒子検出器として隙間が出来ない様、少しづつ重ねて取り付けられます。モジュールの間隔は約1mmで、モジュールどうしは接触してはならず、モジュールを取り付け時に保持出来る場所はベースボードの端部だけです。このために、シリンダーへのモジュール取り付けはロボットで行うこととし、ロボットの設計・製造は日本グループが担当しました。ロボットは、モジュールを取り上げてシリンダーの所定の位置まで運び、 トルクコントロールされたドライバーによりネジ止めします(図6)。もちろん、モジュールの取り外しも、ロボットが行います。

SCTモジュールの製造は終了して、現在は、SCTモジュールのシリンダーへの取り付け作業がフルスピードで行われています。4つのシリンダーへのモジュール取り付け作業が終了すると、アトラス測定器本体への組み込みが開始されます。

2007年にLHC計画の実験が始まると、日本が開発した各種の検出器も大活躍します。ご期待ください。

※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→CERN研究所のwebページ
  http://public.web.cern.ch/Public/
→日本アトラスグループ広報ページ
  http://atlas.kek.jp
→アトラスSCTページ(英語)
  http://atlas.web.cern.ch/Atlas/GROUPS/INNER_DETECTOR/SCT/
→アトラス実験紹介ページ(英語)
  http://atlasexperiment.org/

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[図1]
アトラス測定器とその内部にあるシリコンマイクロストリップ飛跡検出器(SCT)モジュールの拡大。アトラス測定器は高さ 22m、全長 46m、重量 7000トンの巨大な汎用測定器の一つ。
 
 
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[図2]
アトラス測定器が建設される地下の巨大な実験ホール。7階建てのビルが丸ごと入る大きさ。
拡大図(838KB)
 
 
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[図3]
シリコンマイクロストリップ飛跡検出器(SCT)の中央バレル部分を構成するモジュールの一つ。
拡大図上(65KB)
拡大図下(46KB)
 
 
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[図4]
センサーの精密位置合わせの心臓部であるアセンブリーステイション。モジュールの組み立て精度を1μmに追い込んでいきます。
拡大図(63KB)
 
 
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[図5]
センサーとセンサーの間のワイヤーボンディング(結線)の様子。左側のセンサーと右側のセンサーが結線されていきます。
拡大図(64KB)
 
 
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[図6]
ロボットを使ってシリンダーへモジュールを取り付ける。ロボットの動きは、3次元的に制御されています。
拡大図(105KB)
 
 
 
 

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