for pulic for researcher English
news@kek
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事
last update:05/03/24  

   image 「奇妙な」原子核をさぐる    2005.3.24
 
        〜 J-PARCのハイパー原子核研究 〜
 
 
  どんな物質も細かく分けていくと原子から出来ていて、原子はさらに原子核とその周りをまわる電子から成り立っている、と、学校で習ったかたも多いと思います。どんな物質の中にも含まれている原子核。その原子核の性質をちょっと変った方法で調べる研究についてご紹介しましょう。

古くて新しい原子核の謎

原子の中に硬い芯(原子核)があることを見ぬいたのは英国の物理学者ラザフォードです。1911年のことです。原子核は物質の基本要素で、正の電荷を持った陽子と電荷を持たない中性子が集まってできています。その原子核の周りに負の電荷を持つ電子がまとわって原子となり、物質を形作っています。

物質の質量(重さ)のほとんどを原子核が担っていることや、原子の化学的な性質は、電子の数、言い換えれば原子核中の陽子の個数で決まっていることを考えると、原子核はこの世界の物質の有り様を決めているといってよいのです。

現在、原子核には約三千もの種類があることが知られています。原子核を構成する陽子や中性子(この二つをあわせて「核子」と呼びます)を結びつけている力(核力)は、クォークとクォークの間に働く「強い相互作用」から生まれます。ところが、核力によって原子核が構成される様子はとても複雑で、どのようにして原子核がなりたつのか、あるいは初期の宇宙からどのように原子核が作られてきたのか、など、じつはまだたくさんの謎があります。

新しい原子核 ―ハイパー原子核―

原子核は、ほぼ同数の陽子と中性子が球形に集まったものいうのが従来の常識でした。ところが、最近では、図1のような様々な新しいタイプの原子核の存在が明らかになり、研究が進められています。中でもハイパー原子核は、KEK陽子シンクロトロン実験施設(KEK-PS)で現在盛んに研究されており、建設中のJ-PARC(大強度陽子加速器施設)では更に研究が進展すると期待されています。

ハイパー原子核とは、通常の核子のほかにハイペロンという核子に似た粒子を含んだ原子核のことです。ハイペロンとはストレンジクォークを持つ粒子で、ラムダ(Λ)、シグマ(Σ)、クサイ(Ξ)などがあります(注)。

陽子や中性子など、フェルミオンと呼ばれる粒子には、「同じ種類の粒子は同じ量子力学的状態をとることはできない」という性質があります(パウリの排他律)。このため、すでに陽子がいる原子核中心部に新たに同種粒子である陽子を入れることはできません。

ところがハイペロン粒子は核子とは異なるので、パウリの排他律の制約を受けずに核子がすでに占めている原子核の中心部にまで侵入し、原子核内部の様子を探る役目を果たすことができます。

またハイパー原子核の構造を詳細に調べることにより、ハイペロンと核子の間やハイペロン同士の間に働く力(「拡張された核力」)を調べることもできます。

KEKでのこれまでの研究

KEK-PSで二次的に発生させたパイ中間子ビームを標的にあて、ラムダハイパー原子核を生成します。ビーム粒子とこの反応に伴って生じるK中間子のエネルギーを精度よく測ることにより、ラムダハイパー原子核の状態がわかります。図2は、12ΛC (炭素12の原子核の中性子の1つがラムダ粒子で置きかえられたもの)のスペクトルです。非常によいエネルギー分解能のため、これまで観測できなかったハイパー原子核の状態が多数発見されました。

また、リチウムから鉛までのラムダハイパー原子核を調べることにより、原子核中でラムダ粒子が感じる力を求めることができました。さらに、ラムダハイパー原子核からの光(ガンマ線)の超精密測定に図3に示すハイパーボール検出器で世界で初めて成功しました。このような測定からラムダハイパー原子核の精密構造が次々に明らかにされています。

さらに別の実験では、ラムダ粒子が原子核に二個入った二重ラムダハイパー原子核の決定的な証拠が原子核乾板中に捉えられています(図4)。この観測された二重ラムダハイパー原子核のエネルギーからラムダ粒子間には弱い引力が働いているとわかりました。「拡張された核力」を知る上で非常に重要な情報です。

J-PARCでは?

さて、J-PARCではどのようなことが研究されるのでしょうか?J-PARCでは非常に強いK中間子ビームが得られます。実は、ハイパー原子核を作るにはパイ中間子ビームよりK中間子ビームの方が効率がいいのです。そこで、ラムダハイパー原子核をたくさん作り、ハイパーボール検出器を改良したハイパーボール-J検出器でガンマ線を測定し、ハイパー原子核の精密な構造を次々に調べていきます。

また、クサイ粒子が入った原子核であるクサイハイパー原子核を軽い核から重い核まで生成し、クサイ粒子と核子の間の力を求めます。この研究は現在のKEK-PSでは充分な数のクサイハイパー原子核を作ることはできないため、J-PARCが完成して初めて可能となる研究です。クサイ粒子は星の進化の最後である中性子星の内部に存在するかも知れないと理論的に考えられています。このような未知の物質の性質を実験室で調べることが可能となるのです。

このようにJ-PARCでは、図5に示すハイパー核図表で「2階」の部分にあたるラムダハイパー原子核や、3階の部分にあたるクサイハイパー原子核や二重ラムダハイパー原子核の知見を広め、核力の謎や新しい物質状態を探ることを目的としています。

(注) ハイペロンとはアップ(u)、ダウン(d)クォーク以外にストレンジクォーク(s)を含む重粒子(クォーク3つ含む)である。含むストレンジクォークの数をストレンジネス(S)といい(歴史的な理由で符号が逆ですが)
S=-1
Λ(uds)(ラムダ),
Σ(uus),Σ0(uds),Σ(dds)(シグマ)
S=-2
Ξ0(uss),Ξ(dss)(クサイ、カスケード)
S=-3
Ω(sss)(オメガ)
などがある。


※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→J-PARCのwebページ
  http://j-parc.jp/index_j.html
→日本原子力研究所(原研)のwebページ
  http://www.jaeri.go.jp

→関連記事
  ・02.03.07
    東海村に世界最強の加速器団地
  ・02.10.31
    愛称はジェイパーク(J-PARC) 〜大強度陽子加速器施設〜
  ・03.05.01
    J-PARC建設最新報告 〜加速器入射部試験中〜
  ・04.09.02
    真夏の研究集会 〜東海村に集まった原子核素粒子の研究者〜

 
image
[図1]
最近の原子核物理学の研究対象。通常の原子核(図中央)に図に描かれているようなことを行うと新しいタイプの原子核ができる。高エネルギー加速器研究機構では、ラムダ粒子など別粒子を注入した原子核であるハイパー原子核を研究している。
拡大図(62KB)
 
 
image
[図2]
高エネルギー加速器研究機構の陽子シンクロトロン実験施設でSKSスペクトロメータを用いて測定された 12ΛCハイパー核のスペクトル。当時としては、世界最高のエネルギー分解能1.5MeVを達成し、大きな2つのピークの間にある状態を発見することに成功した。
拡大図(86KB)
 
 
image
[図3]
ハイパーボール検出器。ハイパーボール検出器は14台の大型高純度ゲルマニウム検出器とそれを取り囲むBGO検出器で構成されている。読み出し回路に強制リセット型という新しい技術を採用することにより、KEK-PSのような高計数率下での動作が可能となった。
拡大図(96KB)
 
 
image
[図4]
二重ラムダハイパー核 6ΛΛHeの存在を示す原子核乾板の写真。負クサイが吸収された点から 6ΛΛHeが生成し、2回崩壊している様子がわかる。
拡大図(72KB)
 
 
image
[図5]
ストレンジネス数方向に拡張された核図表。横軸に中性子数、縦軸に陽子数をとり、存在する原子核をプロットしたものを核図表と呼ぶ(1階部分)。通常の原子核は、陽子数・中性子数がある関係を満たす部分に大陸のように存在する。ハイパー原子核を考えるとこの核図表にもう1つの軸をつけ加えることができ、2階、3階と更に上の階が考えられる。J-PARCでは、この2階と3階の部分を詳しく調べて、今は孤島のようになっている部分を「列島」あるいは「大陸」のように成長させることができると期待されている。
拡大図(40KB)
 
 
 
 

copyright(c) 2004, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ