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last update:06/07/06  

   image アジアを研究最前線に    2006.7.6
 
        〜 小柴昌俊先生インタビュー 〜
 
 
  東京大学特別栄誉教授の小柴昌俊先生に電子陽電子衝突実験についてうかがいました。

電子と陽電子の実験

― 先生は電子と陽電子をぶつける素粒子実験に早くから参加されていましたね。

1968年、旧ソビエト連邦のアカデミー会員のブドケル博士に「電子と陽電子をぶつける国際共同実験に参加しないか」と誘われました。

電子と陽電子の衝突実験は今でこそ素粒子研究の王道のように言われていますが、当時は朝永先生が量子電気力学でノーベル賞を受賞した頃で、ほとんどの物理屋は電子と陽電子の反応はそれですべて理解出来た気でいました。ある偉い先生からは「そんな実験をしても量子電気力学が正しいということを証明するだけで、何も新しい事は出てこない」と反対されました。

― 当時は「電子と陽電子の反応はすべてわかっている」という雰囲気だったんですか?

そう。でも私はその時、勘が働いて「電子と陽電子がぶつかって消滅したらエネルギーの塊になるから、どんな粒子でも作れる。いままで見つかってなかった新しい粒子が見つかる可能性がある。加速器の中で宇宙のビッグバンと同じ状態を作ることができる。」と考えました。幸いなことに同じ教室に西島和彦というとても優秀な理論屋がいました。彼は「わからないことがまだあるんだから、このような新しいタイプの実験はやらせてみる価値があるんじゃないですか」と言って、その実験の概算要求を出すことを許してくれました。

― それで日露共同研究が始まるところだった?

ところがその頃、ブドケル博士が健康を害してしまったので、私はヨーロッパ中を調べて、ドイツのDESYという研究所で建設が始まっていたDASPという電子陽電子衝突実験に参加することになりました。そこに送り込まれたKEKの前機構長の戸塚洋二氏らの私の教え子たちはそこで電子と陽電子の衝突実験の実績を積み上げていったのです。

アジア発のノーベル賞を

― これからの日本の素粒子物理学はどんな方向に向かうと思われますか?

加速器分野のフロンティアは、これまでアメリカとヨーロッパに独占されてきました。日本はTRISTANで世界のフロンティアに立つ時期がありましたが、ごく短期間のことで、アジアはフロンティアから遅れてしまいました。中国には10数億の人口がいて、素粒子分野でノーベル賞受賞者が3人いますが、3人ともアメリカで教育を受け、アメリカでの研究成果に対して受賞しています。中国の若い人から見れば、自国で教育を受け、研究装置を使い、研究を行った科学者がノーベル賞を受賞したら、どれだけたくさんの若い人たちを勇気付けることでしょうか。

― 若い世代になにか一言?

日本の研究者は、アジアの仲間と一緒にやろうということをはっきり打ち出さないといけないですね。日本だけで頑張ろうとしてもだめです。基礎科学が国境や国籍を超えた交流を率先して進めていくようにしないと。

これからは、若い人たちが基礎科学の分野で活躍できるように状況をととのえてあげる必要があります。それが大人の役割です。

私はこの間北京に行って、科学アカデミーの副総裁に会って話をしたんですが、これまでアジアには世界のフロンティアの素粒子の研究装置はなかった。けれど、21世紀にはこれからアジアの若い人たちが基礎科学の分野で大きく実績を上げていくべき時代と思います。我々大人はそれができるように状況を整えていくべきであると申し上げ、副総裁も「まったくそうだ」と賛成してくれました。

日本の税金だから日本の会社で

― 浜松ホトニクスの晝馬(ひるま)社長とは昔からお知り合いですよね。この会社の光電子増倍管はNASAの火星探査機に採用されるなど、いまでは世界中の研究者がこぞって使っていますね。

ドイツで実験を始めた最初の頃に、彼の会社の光電子増倍管を使おうと思いました。当時は「浜松テレビ」というちいちゃな会社でした。僕は昔から「日本の国民の税金を使って研究をしているんだから、同じ買うなら日本の会社から買うべきだ」と思っていました。だからJADEという実験で最初からのメンバーとして参加したときに、鉛ガラスと光電子増倍管を使った検出器を作ることにしたのです。

ところがこの検出器は強い磁場のすぐそばで使う必要がありました。当時、そんな強い磁場の中で使える光電子増倍管なんてありませんでした。そこで今は亡くなってしまった折戸君を直接の責任者にして、浜松テレビに「こういうのを作って持ってこい」「こういうのじゃだめだ」「まだだめだ」と何度も何度も製品を突っ返したわけです。

それでも浜松テレビは諦めないで、結局、こっちが欲しい強い磁場の中で使える光電子増倍管を作ってきたんです。だから僕は浜松テレビという会社はやる気があるな、ということを知っていました。だから、カミオカンデを作ろうとしたときに、世界最大の光電子増倍管をどうしても欲しい、という時に、まず浜松テレビの社長を呼んで「これを一緒に開発しよう」と口説いたんです。

考え抜くことが独創性の鍵

― 1968年にノボシビルスクを視察された時はどのような状況だったんですか。

私とコンピュータの後藤英一氏、測定器は名古屋大の福井崇時氏、加速器では原子核研究所の小林喜孝氏の4人で訪れました。工業的にはモダンではないけどアイデアの優れたいい加速器を造っていたので、これは結構いい結果が出ているんじゃないかと思いました。

― ノボシビルスクの研究の独創性を支えていたのはなんでしょう?

ブドケル博士の人柄ですね。

― 独創性というものはどのように生まれてくるものでしょうか?

「こういう風にすれば独創力が強くなる」なんて言えるものじゃないでしょう。非常に個人的なものですよね。ただ言えることはね、自分がほんとうにやりたいと思っていることを本気になって考えて考えて考え抜いてやったらね、勘があたりやすくなるんです。

例を挙げると、最初のカミオカンデの実験で太陽ニュートリノが電子を叩いて、その電子を捉えることで、時刻、方角、エネルギー分布までちゃんとわかるようにしました。そしたらそのデータを取り始めて2ヶ月もたたないうちに超新星が爆発して、ニュートリノを捉まえることができました。

「運が良かったですね」という人もいるけれど、実はその前に我々のグループが文部省に出した概算要求の説明のパンフレットの中に「我々の銀河系の中で超新星が爆発すればそのニュートリノが見つかるべき」とも「ニュートリノ振動を見つける可能性がある」とも書いてあります。

だからね、その分野でこれをやりたいと思っている連中が本気になってありとあらゆる可能性を考えて考え抜けば、勘がよくなるんです。それ以外に私にできるアドバイスはないですね。

― どうもありがとうございました。

(インタビューア 森田洋平)



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→DORISコライダーでのDASP実験のwebページ
  http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/history/dasp.html
→PETRAコライダーでのJADE実験のwebページ
  http://www.icepp.s.u-tokyo.ac.jp/history/jade.html
→カミオカンデ(KAMIOKANDE)のwebページ
  http://www-sk.icrr.u-tokyo.ac.jp/kam/kamiokande_j.html
→NASAの火星探査機マーズオデッセイの搭載機器のwebページ(英語)
  http://marie.jsc.nasa.gov/Instrument/Index.html
→戸塚洋二前機構長のDESY滞在当時の記事のwebページ(英語)
  http://zms.desy.de/news/newsnbsp/
        2003nbsp/desy_0404nbsp/index_eng.html


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[図1]
小柴昌俊先生
拡大図(75KB)
 
 
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[図2]imageCERN
電子を使ってビームを冷却する方式を発明したブドケル博士。写真は1967年CERN研究所にて。
 
 
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[図3]imageDESY
ドイツハンブルグのDESY研究所にあるDORIS加速器リング。1974年から電子陽電子衝突実験の施設として実験を開始した。現在は放射光の研究施設として使われている。
拡大図(72KB)
 
 
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[図4]
カミオカンデのために開発された世界最大の光電子増倍管。直径50cmのガラス球は一つ一つガラス職人が口から空気を吹き込んで手作業で形を精密に整える。
拡大図(104KB)
 
 
 
 
 

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