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last update:06/12/21  

   image 素粒子から宇宙を見る    2006.12.21
 
        〜 佐藤勝彦教授インタビュー 〜
 
 
  素粒子理論を駆使してインフレーション宇宙論を世界に先駆けて提唱されたことで有名な東京大学大学院理学系研究科の佐藤勝彦教授(図1)にお話を伺いました。

最初はニュートリノの研究

− 先生はどのようにして宇宙の研究を始められたのですか?

京都大学の学生だった時に、CERN研究所のガーガメルという実験で「中性カレント」と呼ばれるニュートリノに関連した現象が見つかりました。電磁気力と弱い力を統一する「ワインバーグ・サラム理論」が、この発見によって確からしいと思われるようになったのです。その頃、小林誠先生(KEK素粒子原子核研究所前所長)が相談に乗ってくれて、この理論で超新星を研究すると面白いと思ったわけです。

− 素粒子理論との関わりが深かったのですね。

ノーベル賞物理学者のハンス・ベーテが湯川先生の招きで京都大学に滞在した時、恩師の林忠四郎先生の紹介で、私の研究テーマに興味を持っていただきました。計算を進めていくと、超新星の爆発で中性子星が出来る時にニュートリノの反応が大きな鍵を握っている事に気がつきました。超新星の中心部が爆発する時の時間のスケールは千分の1秒ですが、ニュートリノが介在すると、その千倍とか1万倍ほどの時間、超新星に閉じ込められます。この研究はベーテとの共著論文になりました。とても幸運でしたね。

14年ほど後になって、大マゼラン星雲の中で爆発した超新星からのニュートリノが小柴先生が作られたカミオカンデなどで検出され、その時の計算が正しかった事が確かめられました。

力の統一理論が意味するもの

− それがインフレーション宇宙論の研究につながった?

ワインバーグ・サラム理論で重要なのは、ニュートリノよりもむしろヒッグス粒子の場にもとづく力の統一理論であるということです。ヒッグス粒子がもつポテンシャルエネルギーの形は宇宙の温度が高い時には対称ですが、温度が下がってくると、相転移を起こします(図2)。この時、ヒッグス場の対称性が自発的に破れて(図3)、弱い力を媒介するW粒子とZ粒子が質量を獲得するわけですが、このような相転移があれば、ものすごい量の熱エネルギーが放出されるはずだと気づきました。エネルギーが空間に対する反発力して作用し、急激な膨張をもたらします。「これこそ火の玉宇宙の起源になる」と思いました。

宇宙初期のこの急激な膨張を「インフレーション宇宙論」と名付けて一躍有名になったのは、アメリカの天体物理学者のアラン・グースですが、論文を投稿したのは実は私のほうが半年ほど早いのです。

− 宇宙論の問題を解決するために思いついたわけではなかったのですか?

動機は素粒子が出発点です。ワインバーグ・サラム理論を知ったことで、「宇宙初期のことを考える大きな武器を手に入れた」と思いました。「強力な武器を手に入れたんだから攻めていこう」と。

インフレーションの研究の前にも、宇宙が相転移を起こすという論文はいくつか書いていました。当時ソ連にいたリンデという理論物理学者が「おれも論文を書いたぞ」と手紙をくれて、一ヶ月かかってそれに返事を出す、という、のどかな時代でしたね。

COBEとWMAPの活躍

− その後、COBE衛星やWMAP衛星によって、宇宙の初期がものすごい精度で観測できるようになりました。

1980年頃にこのシナリオを思いついた時には、これが観測的に裏付けられることはまずないと思っていました。理論物理学上の予言の一つではありますが、あくまで「理論はこんなすばらしいことを考えることができるんだぞ」という流れの一つとしてとらえていました。

やはりコンピュータやCCD素子などのハイテク技術の進歩はすばらしかったですね。その進歩のおかげで宇宙が始まってから30〜38万年頃の大昔の写真(図4)が撮れるようになりました。

− これ(壁にかかっているボール)がそのWMAP衛星のデータを現したビーチボール(図5)ですね。

WMAPのデータは全天球の観測結果なので、このように球で書くのが正しいのです。この衛星のデータはすばらしいですね。

COBEの観測で今年のノーベル物理学賞を受賞したスムートは「この(COBEが観測した)宇宙の地図によって、人々はインフレーションを信じるようになるだろう」と言ってくれました。WMAPはCOBEよりもさらに精密な観測をした上に、宇宙のエネルギーの7割は「ダークエネルギー」という未知の形態であるという驚くべき結果をもたらしました。

19世紀の終わり頃に物理学はいったんは完成したものと思われていました。ところがマイケルソンとモーリーが光の速さが普遍という実験結果を出し、また、黒体輻射の計算が発散するという問題がありました。ケルビン卿はこの二つの謎を「19世紀の暗雲」と呼んでいます。この二つの暗雲を解くことによって量子論と相対論が生まれ、現代の20世紀物理学が出来上がってきたわけです。

ダークエネルギーと、さらにその前から謎として指摘されている宇宙のダークマター、この二つの「ダーク」の謎を解くことで21世紀の物理学に大きな進歩があるかもしれないと思っています。

− 今後の素粒子実験に期待されることはありますか?

地上(CERN)の実験で確かめたことが宇宙のそんな初期のところまで成立していることがわかってきたというのはものすごいことです。物理学の偉大な勝利であると言いたいですね。

これからの加速器実験ではヒッグス粒子を詳しく調べてほしいと思います。特に質量を精密に。寿命の測定も大切です。真空の相転移が確かなものであることを調べてほしいと思います。相転移の仕組みが素粒子の理論と実験から詳しくわかれば、宇宙の観測と合わせて、「インフレーションがこう起こるべき」という話がつながる(図6)かもしれないですね。

独自性と成功は固執するテーマの中に

− ご自身の体験をふまえて、若い世代の研究者になにか一言?

今は良きにつけ悪きにつけインターネットの時代です。若い人は世界でどんな研究が行われているかを即時に知ることができます。なので、なにか面白いテーマに「がーっ」と集中してやる。それはそれである程度はいいですが、独自の固執するテーマについてもチャレンジするべきです。

「面白い」と思うとがーっといって、また話が変わると、違う方向にがーっといく、というようなことばかりやっていると、世界の中で自分のオリジナリティが出しにくいのではないかと思いますね。世界中の若者がみんなでそろって「あー、あーっ」といったりしても、しかたがないところがあります。

私がもし現代の若者だったとしてもやっぱり、その時代の流行に集中する、とは思いますが、その中でも一つかなんか偏見を持って「俺がやるんだ、誰がなんと言おうと、変なやつだと思われても」と、なんか固執するものがあって、やっていくべきではないかと思います。独自性と成功はそんな中にあるのではないかと思うんですけどね。

− どうもありがとうございました。

(インタビューア 森田洋平) 



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[図1]
佐藤勝彦教授。
拡大図(46KB)
 
 
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[図2]
ワインバーグ・サラム理論では、宇宙の温度が高かった時代に電磁気力と弱い力が統一されているが、温度が下がるにつれて、ヒッグス粒子のポテンシャルの形が変わり、弱い力の対称性が破れる。
拡大図(87KB)
 
 
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[図3]
ヒッグス粒子のポテンシャルが変わると、ヒッグス粒子はポテンシャルのいちばん低いところで安定するが、どの方向(位相)に転がるかは偶然に決まる。これを「自発的対称性の破れ」と呼ぶ。
拡大図(75KB)
 
 
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[図4]画像提供:NASA/WMAP Science Team
2001年にNASAが打ち上げた観測衛星WMAPは、宇宙の背景輻射を20万分の1度という精度で測定し、ビッグバンから約40万年後の「宇宙の晴れ上がり」と呼ばれる時代の宇宙の温度分布を精密に測定した。
拡大図(57KB)
 
 
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[図5]
WMAP衛星の全天球の観測データを現したビーチボール。
拡大図(79KB)
 
 
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[図6]
ワインバーグ、サラムと同時期に、電磁気と弱い力の相互作用の統一理論を提唱したグラショウは、素粒子の研究を進める事によって宇宙の全体の構造がわかる、という関係を、古代神話に出てくる「ウロボロスの蛇」になぞらえた。
拡大図(90KB)
 
 
 
 
 

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