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燃料電池触媒のリアルタイム解析 2007.4.5 |
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〜 放射光時間分解XAFS実験 〜 |
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現代社会に、自動車はなくてはならないものです。しかしガソリンや軽油で走る自動車は、地球温暖化の原因である二酸化炭素(CO2)や、大気汚染の原因である窒素酸化物(NOX)などの有害物質を排出するので、環境に大きい負荷を与えるとして問題となっています。この問題を解決する次世代の自動車として、環境にやさしく、しかもエネルギー効率の高いシステムとして現在注目されているのが燃料電池自動車です。今では世界中で、燃料電池自動車を実用化するためのさまざまな研究がなされています。 今日のニュースでは、燃料電池自動車の実用に向けた研究に、放射光を用いた新しい分析法が威力を発揮していることをご紹介します。この分析法は、化学反応を「リアルタイム」で追いかけることができるのです。 燃料電池の実用化のカギ 理科の実験のひとつ「水の電気分解」を覚えていますか? 水に電解質を加えて電気が通るようにしてから電気を流すと、陰極には水素、陽極には酸素が発生します。燃料電池の原理は、水の電気分解の逆の反応です(図1)。水と電気から水素と酸素を発生させる過程の逆、つまり水素と酸素から水と電気を発生させるのです。この原理からわかるように、燃料電池で電気をつくるときに出てくるのは水だけですので、究極のクリーンなシステムとして、さまざまな分野への実用化が期待されています。なかでも燃料電池自動車は、クリーンなだけでなく、エネルギー利用効率が高いという特徴があり、次世代の自動車として最も有力視されています。 燃料電池の電極には、化学反応を効率よく進めるために「触媒」が使われています。触媒の材料には白金(プラチナ、Pt)の微粒子(ナノ粒子)が最も良く使われていますが、電池のオン・オフを繰り返すことによって白金が電解質層に溶出してしまい、その結果電池の起電力が低下してしまう「触媒の劣化」が大きな問題となっています。自動車の運転では車が走り出すときと止まるときにオン・オフを繰り返すことが必要なので、この問題の解決は燃料電池自動車が実現するためには重要な課題です。 どうして触媒の劣化が起こるのか、そもそも電極触媒の表面ではどのような反応が起こっているかは、これまでほとんどわかっていませんでした。この触媒の劣化のしくみを調べるには、化学反応が進行する様子を刻々と追いかけていく必要があります。東京大学の唯美津木(ただ・みづき)助手、岩澤康裕(いわさわ・やすひろ)教授のグループは、放射光を用いた測定法を工夫して、燃料電池の電極触媒の表面でどのような化学反応が起こっているか、リアルタイムに追跡ができるのではないかと考えました。 2つのリアルタイム追跡法 2003年のNews@KEKで「時間分解XAFS(ザフス)」という測定方法をご紹介したことがあります。入射するX線のエネルギーを変えながら物質による吸収の具合を測定することにより、その物質の化学的な状態や構造を解析する「XAFS(ザフス)」という測定方法を、化学反応の途中の状態を刻々と観測できるように工夫したものです。入射するX線のエネルギーの関数として、その応答(この場合は物質による吸収)を測定したものを「スペクトル」と呼び、通常のXAFSの測定ではスペクトルを得るために数分〜数10分ほどの時間がかかります。時間分解XAFS法が成功するには、その場で化学反応を起こしながらスペクトルを測定すること、そして1本のスペクトルを短時間で得られるようにして繰り返し測定すること、この2つが実現できなければなりません。 時間分解XAFS法には、大きく分けて2つの方法があります(図2)。ひとつは、QXAFS(Quick XAFS)と呼ばれる方法で、クイックという名前のとおり、非常に速くX線のエネルギーを変えることによって、1回のスペクトル測定が短時間で済むようにします。もうひとつは、2003年のNews@KEKでも紹介したDXAFS(Dispersive=波長分散型 XAFS)と呼ばれる方法で、ポリクロメーターという虹のように連続的ないろいろな波長を持つX線を発生させ、それをいっぺんに試料の1点に入射させることによって、一瞬にしてスペクトルが得られるようにしたものです。 この2つの方法は、得意な時間領域にそれぞれ特徴があります。QXAFSでは、現在の技術では1回のスペクトル測定をするのに最短でも数秒かかるので、数秒〜10数秒単位の反応を追いかけるのに適しています。これに対してDXAFSでは、X線の強度や検出器の反応時間にもよりますが、数ミリ秒といったもっと短い反応に適しています。どのぐらいの時間を分解できるか、ということから「時間分解能」と呼んでいます。 唯さんたちは、この2つの方法で、電極触媒で起こっている反応を追いかけようとしました。しかし、燃料電池をオン・オフさせたときの電圧変化は数秒で終わってしまうことから考えると、数秒〜10数秒というQXAFSの時間分解能は、この研究の目的には少し遅すぎます。そこで、燃料電池をオン・オフさせた時の時間と、測定を開始する時間を少しだけずらしながら何度も測定をし、同じ時間に測定されたスペクトルの一部を細切れでつなぎ合わせたものを1つの測定と見なす、という新しい方法を考えました。繰り返して起こせる反応の場合はこの方法で反応を追うことができます。「時間ゲート(Time-Gating)QXAFS法」と名付けられたこの方法では、15秒で「クイック」測定したスペクトルを15分割してつなぎ合わせることによって、1秒という時間分解能で反応を追うことができました。このTime-Gating QXAFS法による実験は、兵庫県にある放射光施設、SPring-8のBL01B1ビームラインで行なわれました。 もうひとつのDXAFS法は、もっと短い時間の反応を追うのに使いました。DXAFS法を用いた実験は、KEKフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)のNW2Aビームラインで行なわれました。2003年のニュースで紹介した研究では100ミリ秒(0.1秒)の時間分解能でしたが、KEKの野村昌治(のむら・まさはる)教授、稲田康宏(いなだ・やすひろ)助教授のグループが改良を重ねた結果、今回の研究では、4ミリ秒という世界最速級の時間分解能で反応を追うことに成功しています。 酸素原子がもぐりこむ 図3は、電池をパワーオフ(オンからオフへ)、パワーオン(オフからオンへ)したときの、電極表面の化学反応をリアルタイムで追跡したものです。どちらの過程でも、燃料電池内部の蓄積電気量(黒)は急激に変化するのに対し、表面の白金(Pt)ナノ粒子の帯電変化量(緑)は小さく、ゆっくりと起こる反応であることがわかりました。パワーオフの過程とパワーオンの過程をよく比べてみると、パワーオフでは、白金と酸素(Pt-O)の結合が形成される(青)のと、白金が正に帯電していく(緑)のがほぼ同じ速度で起こっていたのに対し、パワーオンでは白金と酸素(Pt-O)の結合の切断(青)がもっと速い速度で起こっていました。また、白金と白金(Pt-Pt)の結合(オレンジ)はどちらの過程でも全く変化していませんでした。つまり、電極触媒の白金同士の結合を切断して、内部に酸素原子がもぐりこむといった化学反応は起こっていないことがわかりました。この過程をまとめたものが図4です。 燃料電池セルの電圧を増やし、通常の作動条件である1Vよりも高い電圧である1.4Vにすると(図5)、白金と白金(Pt-Pt)の結合(オレンジ)が減少し、白金と酸素(Pt-O)の結合(青)が増加する現象が観測されました。これは、酸素原子が白金ナノ粒子の表面だけでなく、内部の層にもぐりこんでいることを示しています。このような反応は、白金の溶出、すなわち触媒の劣化につながると考えられます。 図3で示されたように、白金ナノ粒子の帯電量の変化はゆっくりと起こる反応であり、触媒である白金ナノ粒子は構造変化していないようです。もっと速い変化は起こっていないのでしょうか? これを確かめるために、より速い時間分解能を持つDXAFS法で測定を行ないました。パワーオン、パワーオフどちらの過程でも、また1Vでも1.4Vにおいても、白金ナノ粒子の帯電量の変化は観測されませんでした(図6)。 新しい触媒の開発へ 放射光を用いた時間分解XAFS法によって、世界で初めて、燃料電池の電極触媒である白金ナノ粒子の変化をリアルタイムで捉えることに成功しました。実際の燃料電池では、1V以下で作動させたとしても、局所的に1V以上に電位が上がる構造ができてしまうので、そこで劣化が起こってしまう可能性がある、と唯さんたちは考えています。今後、燃料電池自動車を実用化するために新しい触媒を開発するにあたって、この研究で得られた成果が大きな指針となるでしょう。 この研究は、東京大学、トヨタ自動車株式会社、豊田中央研究所、高輝度光科学研究センター(SPring-8)、KEK、鳥取大学の共同研究で、化学分野で最も権威ある学術雑誌のひとつであるAngewandte Chemie International Editionに掲載される予定です。
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