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last update:07/12/20  

   image 分子の世界の高速カメラ    2007.12.20
 
        〜 ビームラインNW14A、実験開始 〜
 
 
  先週のNews@KEKでは、結晶が壊れる100億分の1秒の瞬間をパルスX線で捉えた研究を取りあげました。分子や原子といった極微の世界を「動画で捉える」ような研究は、実はまだそれほど多くありません。静止画より動画のほうが動いているものの姿を生き生きと捉えられるように、分子や原子の世界も静止画ではなく動画でみることができたら...それは多くの分野の研究者が持つ夢です。今日は、そんな「分子の動画」に挑戦する研究プロジェクトのお話です。

ナノメートルの決死圏

目では見えないぐらい小さなものが動いている様子を、直接見てみたいと思ったことはありませんか。人間が小さくなって、日常では見ることのできないミクロの世界を探検するというテーマは、これまでに鉄腕アトムやドラえもんなど、様々なアニメや映画で取り上げられてきました。人類共通の夢といえるのかもしれません。

少し年配の人であれば、1966年に米国で制作された「ミクロの決死圏(原題fantastic voyage)」という映画をご覧になられた方もいらっしゃると思います。この映画では、事故で脳内出血を起こした瀕死の要人の命を救うため、医療チームを乗せた潜水艇をまるごと、特殊な光線をあててミクロンサイズに縮小し、要人の脳内で手術を行って治療しよう、というSF映画です。

注射器で潜水艇ごと頸動脈に注入された医療チームは、血管の中を血球が流れる様子を目の当たりにし、その神秘的な美しさに驚嘆する、というシーンがあります。この光線がもっと強力で、ミクロンサイズよりさらに小さいナノメートルサイズにまで縮小できたとすると、血球よりさらに小さいタンパク質の動きや小分子が反応する様子が直接観察できるかもしれません。とはいえ、分子はブラウン運動で激しく動いていますから、ナノメートルサイズの潜水艇は、観察する暇も無く、瞬時に弾き飛ばされてしまうことでしょう。

極微の世界を見る高速カメラ、PF-AR

極微の世界で起こっている高速の現象を捉えるにも、高速なシャッタースピードを持つカメラが必要です。KEKのPF-AR(フォトンファクトリー・アドバンストリング)は、放射光を「パルス状のX線」として利用できるように工夫された、世界でも例を見ないユニークな光源加速器です。そこで得られる放射光は、100億分の1秒という速いシャッタースピードを持つ魅力的なカメラになります。東京工業大学の腰原伸也(こしはら・しんや)教授は、この性質をうまく利用して、さまざまな物質の「非平衡状態の姿」を捉えることができるのではないかと考えました。

「非平衡状態」とは、安定した平衡状態ではない、つまり、ものが動的に変化している状態を言います。情報通信分野で今後重要となる高速スイッチング素子の開発などを進める上では、非平衡状態の物質の分子や原子の姿を知る必要があります。そこで腰原教授は独立行政法人科学技術振興機構(JST)からJST戦略的創造研究推進事業ERATO型研究の研究資金を得て、この研究資金を元に、KEKとの共同研究によりPF-ARにビームラインNW14Aの建設を行うことを決断しました。このプロジェクトは「腰原非平衡ダイナミクスプロジェクト」と名付けられました。

JSTのERATOプロジェクトの野澤俊介(のざわ・しゅんすけ)研究員、KEKの足立伸一(あだち・しんいち)准教授を中心とするグループは、この共同研究プロジェクトで2003年から3年間にわたって、PF-ARの特徴を生かした時間分解X線実験専用のビームライン(NW14A)の設計と建設を行いました。このビームラインでは、X線を用いた様々な解析法を駆使して、極微の世界で起こっている様々な高速の現象を「分子の動画」として測定することを目指していて、2007年から本格的な実験が始まっています。このビームラインの建設には、KEKの加速器研究施設、放射光源研究系、放射光科学第一・第二研究系の多くのスタッフが協力しました。

「ポンプ」と「プローブ」で分子動画を撮影

NW14Aでは、主に「ポンプ-プローブ」と呼ばれる方法で実験を行います。先週の結晶の破壊過程の実験でもこの方法が使われています。「ポンプ」とは、物質の状態を不安定な状態に変化させる(励起する)という意味で、強力なレーザーパルスを物質へ照射したりすることで実現します。一方、「プローブ」というのは物質の状態を検出するという意味で、NW14AではX線パルスを用います。写真に例えると、ストロボを焚いて被写体を光らせた後にシャッターを切るのに似ていますので、ポンプ-プローブ測定をストロボ測定という呼び方をすることもあります。

PF-ARでは、電子バンチがリングを1周すると1回だけ、100ピコ秒幅の強力なパルス放射光が放射されます。電子バンチが周長約400メートルのリングを1周するのに約1.3マイクロ秒かかりますので、PF-ARでは1.3マイクロ秒おきに「プローブ」用の強力なX線パルスが放射されます。

一方、NW14Aで実験に用いられる「ポンプ」用のレーザーパルスは、1.3マイクロ秒よりも長い1ミリ秒程度の時間間隔で発振します(図1)。また、「プローブ」用のX線パルスを間引いて、レーザーパルスの繰り返しに合わせるための、高速で回転するディスクがシャッターとして必要になります(図2)。

この回転シャッターは、ベルトコンベアー式に大量に届くX線パルスから正確に840個に1個だけつまみ出すという仕事をしているので、「X線パルス選別器 (X-ray Pulse Selector)」という名前で呼ばれます。この非常に精密なパルス選別器のおかげで、レーザーパルスとX線パルスが常に同じタイミングで試料に入射する「ポンプ-プローブ」実験が実現しているわけです(図3)。

先週ご紹介した結晶の破壊過程を観察した研究は、このビームラインNW14Aの可能性を示す例のひとつです。NW14Aでは、この他にも無機結晶や、溶液、薄膜、タンパク質結晶など様々な形態の試料を測定の対象としており、その測定手法もX線回折法、X線溶液散乱法、X線吸収分光法など様々です。たとえば、「溶液中で反応する分子の構造を見る(図4)」「光で瞬間的に磁気的性質をスイッチングする固体の構造変化を調べる」「タンパク質の中を小さな分子が通るための通路が開閉する様子を動画で撮影する」など魅力的なテーマが満載です。

前述の映画「ミクロの決死圏」では、縮小光線が有効な時間はわずか1時間で、乗組員は1時間以内に任務を遂行しなければなりませんでした。PF-AR以外の放射光施設でも、ポンプ-プローブ測定に適したX線パルスの間隔の長い「単バンチ運転」モードを利用できる時間が非常に限られているので、短い期間に複雑な実験を遂行しなければなりません。一年を通してこのような運転モード利用できるPF-ARに建設されたNW14Aでは、年間約4000時間の実験を行なうことができ、この点がとても大きなメリットとなっています。

未来の電子技術の可能性を探索するものから、高速な化学反応を利用して現在我々が抱えている環境・エネルギー問題の解決を目指すもの、さらには太古の昔から生命の中に存在しているタンパク質に備わる高速な機能を解明するものまで、これまでに想像もしなかったような「極微の世界の分子の動画」が次々とこのビームラインから発信されていくのを楽しみにしましょう。

このビームライン建設の成果は、英国の科学雑誌「Journal of Synchrotron Radiation」の7月1日号に掲載され、表紙を飾りました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→JST 戦略的創造研究推進事業(ERATO)腰原プロジェクトのwebページ
  http://www.cms.titech.ac.jp/~koshihara/ERATO/
→放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html
→PF-AR放射光高度化計画のwebページ
  http://pfwww.kek.jp/outline/ar-upgd/index.html
→PF-AR NW14Aのwebページ(英語)
  http://pfwww.kek.jp/users_info/station_spec/nw14/nw14.html

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[図1]
NW14Aの「ポンプ」用のレーザーパルス。モード同期チタンサファイアレーザーと再生増幅器からなり、150フェムト秒のレーザーパルスを945Hzで発振する。
拡大図(85KB)
 
 
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[図2]
NW14AのX線パルス選別器。PF-ARから来る794kHzの放射光を、いったん熱負荷除去用チョッパーを通した後に、パルス選別器に通す。正確に840個のうち1個のX線パルスを選別し、レーザーパルスと同じ945Hzの繰り返しのX線パルスが得られる。
拡大図(99KB)
 
 
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[図3]
NW14AのX線パルスとレーザーパルスの同期。X線パルス選別器を通ったX線パルスとレーザーパルスが試料位置で出会う。X線パルスとレーザーパルスの相対的な時間差を変えながら測定を行う。
拡大図(103KB)
 
 
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[図4]
溶液中で反応する分子の構造を見る測定例。この例ではジヨードエタン(C2H4I2)のメタノール(CH3OH)溶液に266nmの紫外レーザーパルス光を照射すると、X線溶液散乱パターンにピコ秒オーダーで変化が現れる(図上)。その散乱パターンの解析から、ヨウ素原子(紫色の原子)がレーザー励起によって解離した後に再結合して、ヨウ素分子(I2)として解離してゆくことが明らかとなった。この実験をフランスの放射光施設ESRFで行った韓国KAISTの研究グループは、現在KEKのグループと共同でNW14Aを使ったさらに発展したX線溶液散乱測定を精力的に進めている。
※ Ihee et al. “Ultrafast x-ray diffraction of transient molecular structures in solution” Science, 309, 1223 (2005).
拡大図上(49KB)
拡大図下(1.3MB)
 
 
 
 
 

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