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last update:08/01/17  

   image ブラックホールの内部を探る    2008.1.17
 
        〜 超弦理論でシミュレーション 〜
 
 
  「ブラックホール」というと、タイムマシンと並んでSFの世界だけの話と思われる方もいるかもしれませんが、実はそうではありません。映画に出てくるようなタイムマシンの実現可能性はありませんが、ブラックホールの場合はありふれた天体として広大な宇宙空間の中に多数存在すると考えられています(図1)。宇宙空間にぽっかり開いた穴のようなもので、近づくと強力な重力で引き込まれ、一度中に入ると二度と外に出られない。そんなブラックホールの中身が、最新の素粒子理論によって明らかになった、というのが今回のテーマです。

一般相対性理論が予言する謎の天体

私たちが最も身近に感じている力の一つに重力があります。質量を持つすべての物体の間に働く「万有引力」として、ニュートンが17世紀後半に発見しました。一方、アインシュタインは1915年から1916年にかけて、「一般相対性理論」と呼ばれる新しい重力の理論を発表しました。この理論によると、質量があると時空が歪み、その歪みが小さい範囲内では、ニュートンの万有引力の法則が適用できます。この理論の正しさを裏づける現象として、水星の近日点移動(図2)や重力レンズ効果などが知られています。大きな質量が極端に狭い領域に押し込められた状況では、まわりの時空が著しく歪み、いわゆるブラックホールが形成されることが一般相対性理論から導かれます。

ただの「黒い穴」ではない?!

20世紀初頭には、「一般相対性理論」と並ぶ理論物理学の柱として、「量子力学」が完成しました。量子力学では、何も存在しないと思われる真空中でも、粒子と反粒子が対になって生成しては消滅するという過程が絶えず起こっていると考えます。英国の物理学者ホーキングは、1974年このような効果をブラックホールのまわりで考えました。

その結果、ブラックホールは単なる「黒い穴」ではなく、光などを放出しながら少しずつ小さくなることが理論的に示されました。この現象は「ホーキング輻射」と呼ばれています。

ブラックホールの中には何がある?

理論的に導かれた「ホーキング輻射」のエネルギーの分布を見ると、あたかもブラックホールに何らかの内部構造があるように見えます。しかし、それが何であるかは長い間ナゾでした。ブラックホールの中心付近では、時空の歪みがあまりにも大きくなるため、アインシュタインの一般相対性理論さえも、有効ではなくなってしまうからです。したがって、ブラックホールの内部構造を解明するには、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する必要があり、それはアインシュタイン以来の大問題だったのです。

問題を解く鍵は「超弦理論」

素粒子理論では、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として「超弦理論」が提唱されていました。この理論では、観測されているすべての素粒子を、極めて小さなヒモである「弦」の様々な振動のしかたとして表わします。その中には、重力を媒介する「グラビトン」と呼ばれる粒子も含まれているので、一般相対性理論を素粒子レベルまで自然に拡張することができるわけです。この超弦理論を用いれば、ブラックホールの内部構造を解明できると期待されていました。

1995年に「弦の凝縮状態(弦が小さな空間にたくさん集まっている状態)」が理論上可能であることが示され、超弦理論の研究が大きく進展しました。そのような状態の中には、遠くから見るとブラックホールに見えるものもあり、そのことから、中心付近に端を持つ多数の弦が揺らいでいるような状態(図3)がブラックホールの内部構造として予測されていました。しかし、実際にそのような状態の性質を具体的に調べる事は、弦の間に働く相互作用が強いため、難しいと考えられていました。

スーパーコンピュータでシミュレーション

今回、高エネルギー加速器研究機構素粒子原子核研究所の西村淳准教授を中心とする研究グループは、弦の振動の周波数に応じて効率的に数値計算する新しい方法を開発し、スーパーコンピュータを使って、ブラックホールの内部に存在すると考えられる「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算することに成功しました。図4が、エネルギーを温度に対してプロットしたものです。棒のついた四角い点が、今回計算された「弦の凝縮状態」のエネルギーです。これに対して実線は、ホーキングの理論を用いて得られていたブラックホールのエネルギーの温度依存性です。温度が低い領域で「弦の凝縮状態」を遠方から見たときに、一般相対性理論で記述されるブラックホールに見えることが知られています。図4を見ると、実際に低い温度では、両者のエネルギーの計算結果が近づいていく様子が確認できます。これにより、超弦理論によって、予測されていたブラックホールの内部構造(図3)を世界で初めて実証しました。この計算には主に高エネルギー加速器研究機構のスーパーコンピュータ「日立SR11000モデルK1」(図5)が用いられました。

これまでの研究とどこが違うの?

ホーキング輻射が起こらない特殊なタイプのブラックホールについては、既に10年以上前、超弦理論に基づく内部構造の研究が進められていました。このタイプのブラックホールは、内部の温度がゼロの場合に対応し、熱的なゆらぎがないため、高度な数学を駆使することにより、その内部にあると考えられる弦の凝縮状態の性質を調べることができます。この研究と比べて今回の研究が大きく異なる点は、温度がゼロでない場合について、弦が熱的に励起されて揺らいでいる様子(図3)を調べることで、ホーキング輻射に関連するブラックホールの性質が明らかになったという事です。

超弦理論の夢、広がる

超弦理論の使い道はブラックホールだけではありません。もともと、一般相対性理論を素粒子レベルまで拡張する究極の理論として誕生した「超弦理論」ですので、様々な応用が考えられます。特にコンピュータを駆使した弦理論の新しい研究手法が確立した意義は大きく、例えば、ブラックホールの蒸発や初期宇宙、物質の創成といった興味深い問題において、超弦理論が大きな役割を果たすと期待されます。今後の研究の進展にご期待ください。



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[図1]
Image credit: X-ray: NASA/CXC/CfA/R.Kraft et al Radio: NSF/VLA/Univ. of Hertfordshire/M.Hardcastle et al. Optical: ESO/VLT/ISAAC/M.Rejkuba et al.
いろいろな銀河の中心付近には、巨大なブラックホールが存在すると考えられており、周囲の物質が吸い込まれる際に高エネルギーのX線やガンマ線を放出している。ケンタウルスAという天体をNASAのチャンドラ衛星が撮影した画像では、X線を放出する「ジェット」と呼ばれる領域が1万3千光年にわたって伸びている。
拡大図(38KB)
 
 
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[図2]
太陽の周りを回る水星の軌道(近日点)が少しずつずれていく現象(上)は、アインシュタインが提唱した一般相対性理論によって「太陽の重力によって 時間と空間が歪む結果(下)」として説明することができる。
拡大図上(48KB)
拡大図下(16KB)
 
 
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[図3]
超弦理論の予測するブラックホールの内部構造を表す概念図(弦の凝縮状態)。
拡大図(116KB)
 
 
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[図4]
超弦理論の「弦の凝縮状態」のエネルギーを計算した結果を温度に対してプロットした図。実線がホーキング博士の理論に基づいて計算されるブラックホールのエネルギーを表す。一般相対性理論に基づく計算が有効になる低温領域において、両者が近づいていく様子が確認された。
拡大図(12KB)
 
 
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[図5]
この研究で使用されたスーパーコンピュータ「日立 SR11000 モデル K1」。1秒間に2兆5千万回の浮動小数点数の演算を行うことができる(理論演算性能)。2006年3月からKEKで稼動している。
拡大図(64KB)
 
 
 
 
 

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