for pulic for researcher English
news@kek
home news event library kids scientist site map search
>ホーム >ニュース >News@KEK >この記事
last update:08/06/19  

   image 宇宙創成に迫る    2008.6.19
 
        〜 宇宙マイクロ波背景放射で探る 〜
 
 
  地球には宇宙のあらゆる方向から波長の短い電波がほぼ一定の強さで届いています。「宇宙マイクロ波背景放射」と呼ばれるこの電波は、宇宙誕生直後の貴重な情報をもたらしてくれます。COBE衛星やWMAP衛星などがこの電波を観測し、宇宙の姿を詳細に捉えられるようになったことで、この分野の研究は精密科学といえるほど飛躍的な進歩を遂げています。一方で、この「宇宙マイクロ波背景放射」は、素粒子物理学にとっても、宇宙の初期に素粒子にどのような力が働いていたのかを調べるための貴重な研究テーマです。

南米チリのアタカマ高地に望遠鏡を設置して、宇宙創成の謎に迫る研究についてご紹介しましょう。

宇宙マイクロ波背景放射

宇宙マイクロ波背景放射とは、宇宙の全域からおおむね一様に観測される、2mm前後の波長を持った電磁波(光子)の放射のことです。アメリカの物理学者ウィルソンとペンジアスによって1965年に発見されました。当時、遠方の銀河が距離に比例して遠ざかる「宇宙膨張」の現象が知られていましたが、この発見では、私たちの暮らすこの宇宙が「ビッグバン」という非常に高温・高密度な状態から出発し、その「名残り火」がマイクロ波として観測されていることをあきらかにしました。

この宇宙マイクロ波背景放射は、宇宙のどの方角から降り注ぐものでも2.7K(摂氏-270.4度)の物体が放出する電磁波と極めて精度よく一致するという特徴があります。

この事実は実は大変な難問を含んでいます。相対性理論によれば、あらゆる物質は光の速さを超えて進むことができませんから、あらゆる情報も光の速さを超えて伝わることができません。すると、宇宙の年齢をおよそ137億年としても、宇宙のすべての領域で情報を共有するには時間が足りないのです。にもかかわらず、宇宙マイクロ波背景放射が宇宙のすべての領域でほぼ2.7Kの温度に一致するということは、過去に情報をやりとりする何らかの機構が存在したと考えない限りつじつまが合いません。これを「地平線問題」といいます。

ビッグバン宇宙論

さまざまな観測的事実から、私達の暮らすこの宇宙はどんどん膨張を続けていることが明らかになっています。現在の宇宙論では、私達の宇宙は今から137億年前には非常に高温で高密度な小さな塊(火の玉宇宙、ビッグバン宇宙)として存在し、その火の玉が膨張(大きな爆発、ビッグバン)して冷えてゆく過程で、陽子・原子核・原子・そして星々や銀河が構成されていったと考えられています。

ところで宇宙の年齢を一口に137億年といいましたが、実はここにも不思議なことがあります。宇宙空間の曲率がゼロよりも少し小さいと宇宙膨張の十分な減速が起こらず、100億年も経つと星々を形成できないほどに宇宙はスカスカになってしまいます。他方、曲率がゼロより少し大きいと、逆に宇宙は現在の年齢に達する前に膨張から収縮に転じてつぶれてしまいます。ビッグバンの始まりで曲率がゼロかゼロに非常に近い絶妙な値をなぜか取ったことによって、137億年も経った今でも私達が暮らしていられるのです。これを「平坦性問題」といいます。

インフレーション

地平線問題と平坦性問題を一気に解決する考え方が、インフレーションモデル(「インフレーション」とは加速的な膨張を意味する英単語)です。インフレーションの時期では見かけ上、宇宙空間が光よりも速く広がるため、ビッグバン以前にはお互いに連絡を取りあっていた宇宙の空間が、インフレーションを経たビッグバン宇宙では光の速さでも連絡が取れない距離に離されてしまったと考えることで、地平線問題を解決します(図2)。また、ビッグバン以前の宇宙の曲率がどんな値であったとしても、インフレーションの急膨張によってゼロに極めて近い値に薄められてしまったと考えることで、平坦性問題も解決できます。

インフレーションとは、宇宙誕生後の「ビッグバンが起きる前まで」、言い替えると1兆分の1秒の、そのまた1兆分の1の、さらにまた1兆分の1という想像を絶する短い時間に、アメーバが銀河になるほどの非常に激しい膨張だったと考えられています。

しかし、インフレーションが本当にあったのか、もしあったとしてそのインフレーションがどれほどに急激だったのか、実際はほとんど何もわかっていません(図3)。ビッグバン以前の宇宙はまだまだ謎に包まれています。

宇宙マイクロ波背景放射で探るインフレーション

ビッグバン以前に何が起きたのか、というとても魅力的な問に対して答を出すために、再び宇宙マイクロ波背景放射が登場します。インフレーションが実際に起こったならば、追随して「宇宙の密度ゆらぎ」と「原始重力波」が発生したと考えられています。重力波とは時空の振動が伝わる波です。そして、インフレーションによって作り出された密度ゆらぎは宇宙マイクロ波背景放射に温度の変化を、また、原始重力波は宇宙マイクロ波背景放射の偏光に「Bモード」という渦巻き状の特殊な模様(図4)を作り出すと考えられています。

インフレーション理論を検証するためには、まず宇宙のさまざまな方角からの宇宙マイクロ波背景放射を丹念に集め、それぞれが正確にいくらの温度を持ち、また、どの方向に偏光しているかを調べます。そして、それぞれの偏光パターンを総合的に判断してBモード偏光の渦巻き模様と一致するかどうかを調べます。原始重力波は大きな渦半径の渦巻きに痕跡を残すと考えられており、インフレーションの時期や規模は、「温度の変動幅」と、同じスケールでの「渦巻きBモードの強度」との比に現れると考えられています。そこで、宇宙マイクロ波背景放射の温度ゆらぎと偏光の渦巻きの強さを調べることでインフレーションに迫ることができます。

もうひとつ、インフレーションを探ることで次第に明らかになると考えられているのが力の大統一理論です。インフレーションのエネルギーはおよそ力の大統一エネルギーの辺りにあると考えられており、インフレーションの研究は超高エネルギー物理学の開拓という重要な側面も持っています。さらに、インフレーション期には量子論と重力理論を統一的に考える必要が生じますから、超弦理論のテストなど、従来不可能と思われていた究極理論の実験によるテストが可能になると期待されています。

宇宙マイクロ波背景放射の偏光測定―QUIET実験

宇宙マイクロ波背景放射のBモード偏光は強度が大変に弱いため、これまでのところ実験的には発見されていません。KEKはこのBモード偏光を観測するため、QUIET実験に参加しています。

QUIET実験は南米チリのアタカマ高地(図5)に望遠鏡を設置して行われます。地上実験は長時間の測定が可能になることや測定器の開発や維持にかかるコストを大幅に削減できるというところが強力な長所です。また、ここは空気が薄く(標高5040m)気候も乾燥していて大気の状態が極めてよいため、望遠鏡を使った実験には好適です。さらに、すでに複数のグループがこの場所で実験をしてきたため、物資の輸送経路が確立していることも好条件となっています。

QUIET実験では、宇宙マイクロ波背景放射のうち40GHz帯と90GHz帯の周波数の放射を観測します。インフレーションに由来するBモード偏光は空の大きな範囲で渦を巻くと考えられていますから、望遠鏡は空の一箇所に向けておくわけではなく、大きな範囲を走査するように動かします。

望遠鏡の焦点面には偏光の強さを計る測定器(偏光計、図6)が配置されています。偏光の向きと強さを調べるには、波の干渉の原理を使います。偏光計に入ってきたマイクロ波を2つに分岐し、一方のマイクロ波だけを他方よりも遅らせます。そしてこのように加工した2つのマイクロ波を再び合成すると偏光に関係する物理量(ストークスパラメータ)が得られ、さらにそこからBモード偏光が算出されます。

QUIET実験は現在着々と準備が進められており、これから半年程度で運転を開始して1年程度で最初の結果を手にする計画です。また、偏光計の数を今よりも10倍に増やして測定精度を高めた第2期の実験を2010年頃から開始する予定も立てています。精度を高めた実験で到達できるBモード偏光の測定精度を図7に示しました。

さらに高い測定精度を目指して

さらにKEKでは、理化学研究所、岡山大学などと共同で、マイクロ波に対して高い感度を持つSTJ(超伝導トンネル接合)と呼ばれる素子(図8)の研究も進めています。そしてSTJを数千個並べた測定器を衛星に載せて宇宙を観測することで、世界最高の精度でBモード偏光の観測実験をしようという長期計画も検討されています。

QUIETグループでは、宇宙誕生と超高エネルギー物理の大発見にかかわりたいという、意欲的な大学院生や研究者の方々を求めています。宇宙創成の謎を解くのはもしかしたら未来のあなたかもしれません。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEK QUIETグループのwebページ
  http://quiet.kek.jp/
→QUIET実験のwebページ(英語)
  http://quiet.uchicago.edu/
→KEK測定器開発室STJグループの研究について
  http://rd.kek.jp/lab_02_3.html

→関連記事
  ・05.07.21
    ダークエネルギーの証拠 〜超新星から見る宇宙加速〜
  ・06.04.20
    素粒子を見逃すな 〜測定器開発室の挑戦〜
  ・06.12.21
    素粒子から宇宙を見る 〜佐藤勝彦教授インタビュー〜
  ・07.06.21
    宇宙の謎と物理学 〜21世紀の物理学の謎にせまる〜

 
image
[図1]
宇宙マイクロ波背景放射は宇宙のあらゆる方角から観測者に降り注ぎ、その波長分布は宇宙のどの方角でもほぼ2.7K(ケルビン)の黒体放射のものと一致する。
拡大図(31KB)
 
 
image
[図2]
インフレーションの時期では見かけ上、宇宙空間が光よりも速く広がる。これにより、ビッグバン以前にはお互いに連絡を取りあえていた宇宙の空間が、インフレーションの終わったビッグバン宇宙では光の速さでも連絡が取れない距離に離されてしまったと考えることで、地平線問題が解決できる。
拡大図(29KB)
 
 
image
[図3]
インフレーションモデルの非常に概念的な模式図。インフレーションは、インフレーションを表す仮想的な場「インフラトン」が、高いポテンシャルの値V(φ)にとどまっている期間に起こり、Vの値が十分小さくなったところで減衰的な振動の後に停止する。インフラトンがゆっくりとポテンシャルの坂を転がるようなモデルであれば基本的にはどのようなポテンシャルの形でもインフレーションを起こすことがきる。また、もっと別の形状のポテンシャルでもインフレーションを起こすことは可能。しかし、十分なインフレーションやゆらぎを生み出すためには、多くの場合、非常に平坦な形のポテンシャルが要求される。なお、インフラトンが転がり落ちたポテンシャルの落差の一部が熱エネルギーとなって火の玉宇宙(ビッグバン宇宙)を作り出したと考えられている。
拡大図(11KB)
 
 
image
[図4]
Bモード偏光とよばれる偏光は、図のような渦巻き模様のパターンに相当する。
拡大図(5KB)
 
 
image
image
[図5]
チリ・アタカマ高地の遠景(上図)と、実験サイト(下図)。アタカマ高地は地理的にはアルゼンチンやボリビア近い場所。
拡大図上(42KB)] [拡大図下(29KB)
 
 
image
[図6]
望遠鏡の焦点面に並べられる偏光計のうちのひとつの写真。
 
 
image
[図7]
QUIET実験(第2期)で到達できると予想されるBモード偏光の測定精度。図の横軸が「渦巻きの半径」に、縦軸が「巻き方の強さ」に対応する。ただし横軸の数字lは特殊な量で、小さな数ほど大きな渦半径に対応する。図中のピンク色で示された曲線は渦半径に対するBモード偏光の強さ(予想値)を示す。水色の縦線は、そのlの値でのQUIET測定器の測定誤差(1σ)を示している。lがおおむね200よりも小さい範囲では、非常によい精度でBモード偏光の強さを決定できると期待できる。ただし、この議論はインフレーションポテンシャルの深さに強く依存する。インフレーションポテンシャルが浅いと発生する原始重力波が弱くなり、結果として生じるBモード偏光の強さも弱くなってしまう。QUIET実験では、インフレーションポテンシャルがおおむね1016GeVよりも深ければ原始重力波を捉えらえるだろうと考えられている。
拡大図(29KB)
 
 
image
[図8]
開発中のSTJ素子の動作を検査している様子の写真。
拡大図(64KB)
 
 
 
 
 

copyright(c) 2008, HIGH ENERGY ACCELERATOR RESEARCH ORGANIZATION, KEK
〒305-0801 茨城県つくば市大穂1-1
proffice@kek.jpリンク・著作権お問合せ