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last update:08/05/15  

   image ひもで考える宇宙    2008.5.15
 
        〜 ブレーンの組み替えと超光速粒子 〜
 
 
  物理学者ニュートンは、庭のリンゴの木からリンゴが落ちるのを見て、リンゴと地球の間に働く力と地球と月の間に働く力が同じものであることに気づいたと伝えられています。ニュートンが発見した万有引力の法則と物体に働く力と加速度の関係を表す運動方程式は、21世紀の現代においても物理学を根幹で支える重要な基礎理論となっています。

しかし、現代物理学は物質の極微の姿を説明する数学の方程式をあみだす一方で、さらにその方程式を発展させて宇宙の全ての現象を説明する究極の方程式を探す努力を続けています。宇宙のすべての物質や力の粒子が、じつはある長さを持った「ひも」の振動であると考える「超弦(ちょうげん)理論」の最新の研究成果についてご紹介しましょう。

「統一する」ことが大好き

現在までに発見されている素粒子と、その間に働く力を担う粒子は図1のようにクォークが6種類、レプトンが6種類、力の粒子が4種類、それと、未発見ですが存在が確実視されていて、質量の起源に関係するとされるヒッグス粒子1種類、の、あわせて17種類です。これらをまとめて記述する素粒子理論を「標準理論」と呼びます。しかしこの理論はいろいろな部分が未完成で、つぎはぎのような形になっています。

物理学の発展の歴史を振り返ってみると、電気の力と磁気の力を統一して電磁気の理論、さらに電磁気力と弱い力を統一して電弱理論、と、それまでよりもさらに大きな枠組みで物理法則を考え直す「統一の歴史」が続いています。

ニュートンが考え出した古典力学もまた、アインシュタインによって光の速度と時間と空間の関係を説明できる特殊相対性理論で、さらには重力と空間の関係を説明できる一般相対性理論によって、より大きな枠組みのなかで捉え直すことができるようになりました。

物理学者、特に素粒子の理論を専門に研究している研究者にとっては、つぎはぎのように見える理論をさらに大きな枠組みの中で捉えて考え直してみたいと思うのは、いわば本能のようなものです。

宇宙は「ひも」でできている?

標準理論の中では、すべての素粒子を大きさも長さも持たない純粋な「点」として扱います。このNews@KEKの記事ではクォークや電子などをボール球のような絵で描くことがありますが、じつは大きさを持つボール球では素粒子の反応をうまく説明することができません。

一方、長さをもつひもを考えると、ギターの弦の振動のように、一本のひもがいろいろな周波数で振動するようになります(図2)。それぞれの振動が異なる種類の素粒子に対応しているのではないか、と提唱したのがシカゴ大学名誉教授の南部陽一郎先生でした。これが「弦理論(ひも理論)」の誕生です。当時の考え方では中間子という種類の粒子の性質を説明することができましたが、物質を構成する電子や陽子、中性子などの性質をうまく説明することができずに、いつしか忘れられていきました。

1980年代になるとプリンストン高等研究所教授のエドワード・ウィッテンらが我々の時空を構成する4次元にさらにあと6次元あるいは7次元の「余次元(よじげん)」を加え、さらに未発見の超対称性粒子を加えた「超弦理論」を考えると、標準理論がその枠組みの中で説明できて、重力も含めた4つの力が統一できる可能性があることを示しました。

粒子と超対称性粒子の扱いを統一的に考えると、重力を自然に説明することができる、というのは実に魅力的な考え方で、それ以来多くの素粒子理論研究者がこの分野の研究を押し進めています。

粒子たちの舞台「ブレーン」

今から十数年前、超弦理論の研究が進んでくると、我々が知っている素粒子は、超弦理論の中では「ブレーン」という膜のようなものに両端がくっついたひもとして存在している、と考えるのが自然であることがわかってきました。現在では我々の宇宙は3次元の膜の上に存在するかもしれないと考えられています(図3)。この膜では、弦の振動は余次元方向に伝播しないと考えることができます。

ブレーンが現実の宇宙で何に相当するのかはまだわかりませんが、じつはひもとしての粒子の性質よりもブレーンの性質を調べることのほうが超弦理論の研究では本質的に重要であることもわかってきました。ブレーンとして様々な次元のものを考えることが可能で、様々な次元のブレーンが飛び交っているうちの、3次元的なブレーンの上に我々の宇宙が存在していると考えられます。

超弦理論で登場するブレーンや余次元などが、我々に観測可能な影響をこの宇宙に及ぼしているかどうかが不明なので、超弦理論を実験的に検証することはいまのところできません。このため「超弦理論はいまだ物理学の域に達していない」と批判する人もいますが、その一方で超弦理論の枠組みによって得られる物理学上の究極の統一理論の可能性は極めて魅力的です。

交差ブレーンの組み換えとタキオン凝縮

KEK素粒子原子核研究所の長岡悟史氏は、理化学研究所の橋本幸士氏と共同でブレーンの相互作用に関する研究を行ないました。D弦と呼ばれる1次元的に拡がったブレーンの相互作用は2本の交差するブレーンの組み換えによって記述することができます。この組み換えはブレーンの理論を定式化する上で極めて本質的な現象です。長岡氏らは、このブレーンの組み換えが弦の理論の中でどのように記述されているのかを示す研究に取り組みました。

ブレーンの上にはタキオンという粒子が存在しうることが研究で示されています。タキオンとは、質量の2乗が負の粒子で、光よりも速く飛ぶ理論上の粒子です。タキオンが存在するブレーンは不安定となることがわかっており、このタキオンの場が真空凝縮を起こすと真の真空に到達する(図4)と考えられています。このタキオン場の真空凝縮は、ブレーン自体が崩壊する現象と等価であるとする予想(センの予想)を手がかりとしてブレーンの力学がこれまで構成されていました。

長岡氏らの研究で交差ブレーンの組み換え現象がタキオン場の真空凝縮により引き起こされることが示されました。ブレーンの組み換えはすなわちブレーンの部分的な対消滅を必要とします(図5)。交点付近のブレーン対が局所的に対消滅しているとみなすことができるからです。従ってこの解析は「タキオン凝縮=ブレーン消滅」という物理的解釈を示したことになっており、これはセンの予想を解析的に証明した初めての例になっています。

組み換え現象自体もブレーンインフレーション理論の構築や、ブレーンによる素粒子の標準模型の構築などさまざまな状況で重要な役割を担っています。初期宇宙の非常に高温な状況では、ブレーン対は対生成、対消滅を繰り返していると考えられますが、高次元時空で高次元のブレーンが衝突するためにはブレーンが交差するという状況は必然的に現れます。この研究の応用範囲は広く、これからも弦理論の様々な状況で応用されると期待されます。

このタキオン凝縮によるD弦の組み換えを物理的に示した業績に対して、長岡氏と橋本氏には、第2回日本物理学会素粒子メダル奨励賞(図6)が贈られました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→The Official String Theory Web Siteのwebページ(英語)
  http://www.superstringtheory.com/
→素粒子論グループのwebページ
  http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/~sg/
→第2回(2007年度)素粒子メダル奨励賞のwebページ
  http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/
        ~sg/syorei_s/result07/Smedal07.html


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[図1]
標準理論で知られている素粒子の種類。
拡大図(42KB)
 
 
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[図2]
一本のひもが振動する時にはいろいろな振動の種類がある。
拡大図(165KB)
 
 
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[図3]
超弦理論では通常の粒子は「ブレーン」という3次元の膜に張り付いて振動していると考える。重力を媒介するグラビトンは膜と余次元を自由に行き来することができる。
拡大図(50KB)
 
 
(a) image
(b)
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[図4]
(a)古典的真空では、真空とは分子も原子も光などのエネルギーもない空っぽの空間であると考える。一方量子論的真空では、真空はいろいろな粒子の「場」で満ちており、粒子と反粒子の対が生まれては消えることを繰り返していると考える。
(b)系の持つポテンシャルVをタキオン場Tに対してプロットしたもの。状態aは不安定でタキオン場が存在する。そこからタキオン場の真空凝縮により、安定な真空bへと遷移する。
拡大図上(460KB)
 
 
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[図5]
2本のD弦はもともとねじれの位置にあり、互いにゆっくり近づいていく。時間が経つと、両者は同一平面で重なり交差ブレーンという状況が現れる。その後D弦の組み換えが起こる。
拡大図(90KB)
 
 
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[図6]
素粒子メダル奨励賞を受賞した長岡氏。
拡大図(32KB)
 
 
 
 
 

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