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last update:08/12/11  

   image つくばスパイラルの挑戦    2008.12.4
 
        〜 異分野交流で生み出す新しい科学の種 〜
 
 
  「恐竜はなぜ絶滅したの?」 とある博物館で、小学生くらいの男の子にそう質問された若いお父さんが、「それはね、大きないん石が降ってきて…」と説明しているのを見かけました。もしこのお父さんと同じ立場に立ったら、現代の親の多くは同じくいん石衝突を答にあげるのではないでしょうか。

でも、ほんの30年前には、巨大ないん石衝突が大量絶滅の引き金になったなどという説は、荒唐無稽な夢物語にすぎませんでした。その夢物語に物証を与え、有力な説として生まれ変わらせたのは、地質学と物理学のコラボレーションでした。地質学者の息子と物理学者でノーベル賞受賞者でもある父、アルバレス父子が、世界各地に分布する当時の地層に含まれるイリジウムの含有量を測定するなど物証を積み重ね、約6500万年前に巨大ないん石が地球に衝突したことを証明したのです。1980年のことでした。

その他にも、異分野のコラボレーションが新発見や新分野開拓の第一歩となった例は、枚挙にいとまがありません。様々な分野を扱う研究所が数多く集まるこのつくばは、そのような価値あるコラボレーションを生み出す大きな可能性をもつ街なのではないかと、そんな思いからスタートしたある研究会があります。KEK物質構造科学研究所の池田副所長が茨城県の後援を得て主催する、「つくばスパイラル対話シリーズ」です(図1)。

科学と技術の発信基地に

つくばには、現在100を超える国立・公立研究機関や企業の研究所・研究施設が集まっています。多額の移転費用を費やして建設されたこの筑波研究学園都市には、それぞれの研究機関が革新的な成果を出すことはもちろん、単一の研究機関ではなし得ない科学技術の創成、さらには、世界をリードする科学技術の巨大な発信基地となることが期待されています。「つくばスパイラル対話シリーズ」は、そのための施策のひとつとして、主に物質創成現場と物質評価現場を立体的に結合することを目指しています。

「この枠組みで育成された連携が、つくばの省庁の枠を超えた迅速で恒常的な連携となり、物質創成と物質構造研究両者の加速度的高度化、新しい科学技術の加速度的創成、産官学の円滑な連携の加速度化をもたらすでしょう。この連携を(つくばの街に大きな変化をもたらしたつくばエクスプレスにちなんで)Tsukuba Research Expressと呼ぶことにしました」と池田さんは語ります(図2)。

平成19年度、「コンクリート」にはじまり、「食品」「考古学」「地球」と毎回異なる4つの主題について開催された「つくばスパイラル対話シリーズ」。この11月29日、平成20年度の最初の会が、つくば国際会議場エポカルで開催されました。通算5回となる今回のテーマは、「昆虫」でした。

クモの糸の謎

「昆虫」といいつつ、会のスタートを飾ったのは、なんと「クモ」(図3)。輝く糸を紡ぎ出し、空中に美しい幾何学模様を描き出す、なぞの多い節足動物です。クモの糸は、タンパク質でありながらナイロンなどと比べても極めて強く、水にぬれると瞬時に収縮し(図4)、非常に大きい弾力性を持つなどの特徴がありますが、その微細構造にはまだ不明な点が多いようです。実際、クモの体内で水を溶媒としてつくられる糸が、紡ぎ出された瞬間に不溶性に変わる機構は、いまだ詳細は解明されていないのだとか。

最初の講演「クモの糸の蛋白質科学」では、講演者である農業生物資源研究所の宮澤光博さんから、主に全反射赤外吸収スペクトル法のデータを中心とした実験結果が提示され、それらをベースにクモの糸のタンパク質の構造変化に関しする議論が繰り広げられました。宮澤さんは、幾何学模様の巣をつくるタイプのクモと飛翔性昆虫の共進化の関係や化石なども含む幅広い考察を展開し、それに呼応するように、居並ぶ様々な分野の研究者からはデータの細部に関する質問や、別の測定法を勧めるアドバイスなどが投げかけられました。会場全体がとても活発な、また多角的な議論の場となりました。

昆虫から学ぶ新しい薬

引き続き「昆虫における免疫」では、農業生物資源研究所の石橋純さんから、昆虫がもつ免疫システムのうち、主に抗微生物タンパク質の医療への応用とその効果について話題が提供されました(図5)。

免疫系は、さまざまな感染から生体を守るシステムのことです。あらゆる動物や植物は、自然免疫と呼ばれるシステムを備えています。私たち人間を含む脊椎動物の仲間は、さらに獲得免疫(もしくは後天性免疫)と呼ばれる免疫システムを持っていて、自然免疫による防御を潜り抜けた細菌などの病原体を攻撃する仕組みをもっています。一度感染した病気にかかりにくくなるのは、この獲得免疫のはたらきです。さらに私たち人間は、自然界にある物質やほかの生物が作り出す物質を薬剤として活用し、感染に対抗しています。

ペニシリンに代表される抗生物質は、細菌が増殖するのに必要な代謝経路に作用することで細菌を破壊します。20世紀に発見された画期的な薬剤である一方、多用しすぎると耐性菌を生み出す恐れがあります。変異と進化によって短期間のうちに、その抗生物質が効かない細菌が生み出されてしまう場合があるのです。しかし、昆虫の抗微生物タンパク質の多くは塩基性のタンパク質で、細菌や一部のガン細胞のマイナスの電荷を持つ細胞膜を溶解させることで対象を破壊します。細胞を覆う二重の膜の構造は生物ごとに固有の特徴であるため、世代交代を重ねても変化しにくい部分であると考えられます。そのため、このようなタンパク質を人の治療に応用することができれば、耐性のある細菌を生み出しにくい抗生物質になることが期待されています。

しかし、天然の抗微生物タンパク質は分子量が大きく、脊椎動物の生体内では、抗原となってしまい、アレルギーを引き起こす危険性をはらんでいます。そこで、そのタンパク質を小さく切って活性を示す部分を見つけ出し、そこだけを薬剤として使う方法や、実際にそのような利用を行ったときの安全性の確立が求められているのだそうです。会議では主にタンパク質の構造解析の方法について、さまざまな意見が飛び交いました。

その後は、KEKの伊原さんから「放射光を用いたショウジョウバエの自然免疫研究」についての発表がありました。免疫系の最初のステップを担う、細菌の細胞壁を構成する「ペプチドグリカン」という物質を認識するはたらきを持つタンパク質についての内容でした。また、北海道大学の古坂さんより、KEKとの共同研究による「タンパク質の会合・線維化とアポトーシス」の発表が続き、最後に東京海洋大学の鈴木さんによる「凍らない生体を目指して」の発表がありました。KEKの放射光科学研究施設や中性子科学研究施設を利用した研究事例ももりこまれ、昆虫のみならずヒルやクマムシまでが登場する、多彩な会議となりました。

いつでも青年!

会を通して何よりも印象的だったのは、自由闊達に議論できる雰囲気と、参集した研究者の面々に笑顔が絶えなかったことです。自らの専門とは異なる分野の最先端の研究やその問題点を前にしても、眉をひそめた難しそうな表情はそこにはなく、終始好奇心と興味に輝く笑顔と真剣な視線にあふれていました。

池田さんによると、「つくばスパイラルの心得」は、「かんたんに"できない"と言わないこと」「心はいつでも青年!」だとか。なるほど、異分野コラボレーションが新しい科学の種を生み出す土壌である理由のひとつは、いくつになっても新しい分野に挑戦する研究者の心の中にあるのかもしれませんね。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→物質構造科学研究所のwebページ
  http://www.kek.jp/imss/
→つくばスパイラルのwebページ
  http://www.kek.jp/imss/tsx/

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    感染をキャッチする見張り番 〜自然免疫系の巧妙なしくみ〜

 
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[図1]
つくばスパイラル対話シリーズの開催にあたり心得を述べる池田さん。
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[図2]
Tsukuba Research Expressの概念図。
拡大図(56KB)
 
 
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[図3]
幾何学模様を描くクモの巣。卵を乾燥から守る卵塊を包む粘液が、クモの糸の起源ではないかとする説がある。クモの糸の生成に関する遺伝子に共通して含まれるDNA配列は、蚕の絹糸やカキの殻を作る遺伝子にも共通のものが多い。つまり、種を超えて生体形成に関与するタンパク質がクモの糸の起源なのである。進化の過程で、水にぬれると瞬時に収縮し弾力性をもつという性質を獲得した理由は何なのか、多くはいまだ謎のままだそうだ。
拡大図(68KB)
 
 
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[図4]
クモの糸で実験。より合わせたクモの糸の両側におもり代わりのクリップをつけ、軽く張った状態にしておき、糸の部分に水をたらす簡単な演示実験(写真上)。水に触れると瞬時に糸が縮み、クリップが引き寄せられる(写真下)。参加者はかわるがわる水に触れる前と後の糸をそれぞれ手に取り、感触の違いを確かめていた。
拡大図上(28KB)
拡大図下(19KB)
 
 
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[図5]
つくばスパイラルの様子。(上) 昆虫の免疫機構について説明する農業生物資源研究所の石橋純博士。(下) 参加者からさまざまな質問が飛ぶ。
拡大図上(64KB)
拡大図下(47KB)
 
 
 
 
 

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