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続「運び屋」キネシンの動くしくみ 2009.1.15 |
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〜 頑丈な鍵で歩みを制御 〜 |
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キネシンは、細胞内の線路である微小管上を一方向に移動する事により、生命活動に必須なさまざまな物質を輸送する「運び屋」分子モータータンパク質です。KEKのフォトンファクトリーを使ってわかったキネシンの立体構造から、キネシンが線路の上を動くしくみを調べた研究を2004年の記事で紹介しました(「運び屋」キネシンの動くしくみ)。今日のニュースはその続編にあたります。昨年の10月に、同じ研究グループから研究成果が発表され、「運び屋」キネシンの動くしくみの全容が明らかにされました。 原動力はATPの加水分解 キネシンの動くエネルギーのもとは、生物のエネルギー源として普遍的に存在するアデノシン三リン酸(ATP)です。キネシンを含め多くの生命活動では、ATPからリン酸基が1個はずれてアデノシン二リン酸(ADP)に分解される「ATPの加水分解」と呼ばれる化学反応で生じるエネルギーを利用しています。 キネシンは、ATPの加水分解過程にともなってその分子構造を変化させることで、微小管の上を動いているはずです。東京大学の仁田亮(にった・りょう)助教、廣川信隆(ひろかわ・のぶたか)教授のグループは、キネシンがATPを加水分解する「途中」の状態の結晶をいくつか作り、それぞれの構造を解析することによってキネシンが動くしくみを捉えようとするアプローチを続けてきました。途中で反応を止めた、いわば分子のスナップショットを撮影し、それらを連続写真のように並べることでキネシンの動きを再現しようという試みです。 次の1歩を踏み出す 図1が、研究グループが解き明かした「キネシンの動くしくみ」です。下のビーズがつながったようなものが微小管、その上に乗っているのがキネシンです。4つの絵がありますので、順を追って説明して行きましょう。 最初はキネシンがATPと結合している状態です(図1A)。この状態では、キネシンは微小管としっかり結合しています。次に、ATPからリン酸基(Pi)が1個放出された瞬間です(図1B)。ここでキネシンは大きな構造変化を起こして、微小管から離れます。前へ進むために足を上げたような状態です。リン酸基が完全に放出されたキネシン(ATPはADPに変化しています)は、微小管とゆるく結合していて、微小管の上をふらふらと動きます(図1C)。ここまでの動きについては2004年の記事『「運び屋」キネシンの動くしくみ』で解説しました。 今回新たにわかったのは、「次の1歩を踏み出す段階」、図1Dの部分です。微小管の上をふらふら動くゆるい結合の状態から、1歩前へ進んでまた強く結合する状態へ、キネシンはどのようなしくみで前へ踏み出しているのでしょうか。 今回調べられたのは、ADP/ATP交換過程と呼ばれている段階です。つまり、キネシンがADPと結合した状態から、ADPが離れ一時的に何もない状態になり(図では∅と表されています)、またATPと結合してサイクルの最初に戻る過程です。 頑丈な二重鍵 キネシンは線路の上に乗っているときだけ「輸送」という仕事をしていますので、線路に乗っていないときに無駄に足踏みしてはエネルギーの無駄づかいになってしまいます。ADP/ATP交換過程は、キネシンが線路である微小管と結合しているときは、その速さが1万倍になることがわかっていました。つまり、線路に乗っていないときには、次の1歩を踏まないように、この段階で反応が進まないようにコントロールしているのです。 フォトンファクトリーで立体構造を調べてみると、キネシンは巧妙なしくみで無駄なエネルギーを使わないように反応をコントロールしていることがわかりました。微小管と結合していないときのキネシンは、ADPを非常に強く結合していて、ADPがなかなか放出されないようになっていました。ADPはマグネシウム(Mg)と、その周りに結合した水分子の強いネットワークで、しっかりと守られていたのです(図2、Mg-water cap)。さらに、この構造は、Mgスタビライザー (Mg-stabilizer)、ラッチ(Latch)と名付けた部分により、二重に鍵をかけてADPがキネシン中のATPポケット内から出て行かないようにしていました。そしてこの二重鍵は、Switch I、Switch IIと呼ばれる構造を介して、L7と呼ばれる部分に結合して、鍵が開かないようにしっかり固定されていたのです。 L7の先端部分を仁田さんたちは「微小管センサー」と名付けました。ここにはプラスの電荷を帯びたアミノ酸とマイナスの電荷を帯びたアミノ酸が1組あります。一方、線路である微小管にはこれとちょうど向かい合う場所に逆の電荷を持ったアミノ酸の1組があります。つまり、微小管は、L7の「微小管センサー」を認識してキネシンと結合し、静電的な引力によりキネシンを微小管側に引っ張ります。すると、このL7にしっかり固定されていたMgスタビライザー、ラッチの二重鍵が外れ、ADPを守っていたマグネシウムと水のネットワークが放出され、ついにADPが外れてしまいます。 二重鍵が外れると、鍵につながっていたSwitch I、Switch II は大きな構造変化を起こします。Switch I はADP放出のためにATPポケットを開く役割を担っています。一方、Switch II は微小管結合面そのものであり、この構造変化により微小管結合面が微小管への強い結合に適した形へと変化することがわかりました(図3)。 前へ動くしくみ キネシンはこのように精密にコントロールされたしくみで1歩を踏み出すことがわかりました。それでは、なぜ、キネシンは前と後ろを間違えずに、正しく前に進むのでしょうか? これには、微小管およびキネシンが前後方向に非対称の形をしていることが原因であろうと研究グループは考えています。つまり、微小管センサーで捉える微小管上の電荷を持ったアミノ酸の組が、後方のものより前方のものの方が捉えやすい形になっているようです(図3)。この詳しいしくみも、今後放射光を用いた立体構造解析によって明らかにしていきたいと仁田さんは語っています。 この研究成果は、Nature Structural & Molecular Biology誌2008年10月号に掲載されました。
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