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「入射」をシンプルに、安定に 2009.2.05 |
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〜 パルス四極電磁石による新しい入射法 〜 |
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KEKのフォトンファクトリーは、名前のとおり、光(フォトン)を作る工場(ファクトリー)です。工場では品質の良い商品が効率良く生産されることが大事ですが、フォトンファクトリーでも、品質の良い光が十分に得られ、多くの科学者に供給することができるように、光源加速器の専門家が絶え間ない研究開発を続けています。そして、その光の品質は、研究成果を左右するとても重要な要因です。本日のニュースは、フォトンファクトリーで考案され、最近注目を集めている光源加速器の新しい技術についてご紹介します。 厳しい「入射」の条件 放射光を発生する光源加速器は電子蓄積リングと呼ばれるリング型の加速器です。電子は、リング型の加速器の内部を周回しながら、放射光を発生しています。電子ビームが長い間周回できるように、加速器の中は非常に良い真空になっていますが、それでも残っている気体分子を完全にゼロにすることはできないので、残った気体分子と衝突し、あるいは電子同士で衝突し、電子ビームはだんだん減っていきます。 減った分の電子ビームを補充するのが「入射」です。KEKでは全長600mの線形加速器がその役目を担っています。「入射」は放射光では日常的に行われていることですが、実はかなり高度なテクニックが必要とされます。リング型加速器の中を高速で周回する電子ビームの軌道に影響を与えずに、同じ電荷を持った電子ビームを継ぎ足すためには、いろいろな工夫が必要だからです。 特に最近では、トップアップ運転と呼ばれる、電子ビームの減少を常時入射することによって補い、加速器に蓄積される電子ビームの電流が一定になるような方式が多くの放射光施設で採用されています。従来は、1日に1回とか2回、継ぎ足し入射を行い、その他の時間は少しずつ弱くなって行く光を使っていたわけですが、トップアップ運転では、いつでも一定の強さの光を使うことができるので、利用実験にとって大変有利です。しかし、トップアップ運転では、いつでも入射と利用実験が同時に行われていますので、「蓄積されているビームの軌道に影響を与えてはいけない」という入射の条件は、これまで以上に厳しく守られなければなりません。とても小さな試料を使ったり、非常に精密な測定をするといった最先端の放射光実験では、ビームの軌道、そしてそこから発生する放射光が揺れるのは、実験の成否に大きく関わってきます。 正確なキックで軌道を曲げる これまでの放射光の入射では、キッカー電磁石とセプタム電磁石という2種類の電磁石を使っていました。セプタム電磁石はリングの入射点、すなわち線形加速器で加速された電子ビームがビーム輸送路を通ってリングと合流するところに設置される電磁石で、入射ビームの軌道の向きをリングの周回軌道の向きに変える働きを持ちます。セプタム電磁石は入射ビームだけを曲げ、リングを周回している蓄積ビームには影響を与えないようにしなければなりません。そのため、入射ビームと蓄積ビームの間を「セプタム板」という銅板で区切り、電磁石の影響が蓄積ビームに及ばないようにしてあります(図1a)。ちなみにセプタムとは「隔壁」という意味で、横隔膜や、鼻の間の障壁である鼻中隔なども英語ではセプタムと言います。 セプタムによって曲げられた入射ビームは、いよいよ周回軌道を回ることになります。加速器には、電子ビームが正しい軌道、つまり中心軌道をちゃんと周回するように、中心方向へ集束力を持った四極電磁石という電磁石がいくつも並べられています。リングの中での電子ビームは、重りにつけたバネのように、振動しながらだんだん中心方向に近づいて行きますが、入射点と中心軌道は通常数センチ程度離れているので、最初はかなり大きな振幅の振動から始まります。リングの中心軌道から見ると、この振幅はセプタム板の外から始まることになるので、このまま何もしないでいると、このビームは、リングを1周してまたこの位置に戻って来たときに、セプタム板にぶつかって失われてしまいます(図1a)。 これを避けるために使われているのがキッカー電磁石です。セプタム電磁石が入射ビームを曲げるのに対し、キッカー電磁石は蓄積されたビームの軌道の方を曲げます。つまり、入射のタイミングに合わせて(パルス状に)、入射点の近くで局所的に周回軌道を入射点に近づくように曲げ、ビームの振幅を小さくするのです(図1b)。ここで振幅を十分に小さくすることができれば、1周したビームはセプタムにぶつかることもなく周回を続け、やがて振動が徐々に減衰し、蓄積ビームとなります。通常は、4台のキッカーを配置して、入射点の近くにだけ、こぶ状にふくらんだ軌道(バンプと呼びます)ができるようにしています。 優れたサッカー選手でも正確なパスを回すのは難しいものですが、加速器の世界の「キッカー」も4台が連携して局所的にバンプを作るのは技術的に容易ではありません。キックの精度が少しでも狂うと、バンプ以外の軌道も変動してしまう恐れがあり、利用実験にも影響が出てしまいます。 1台のパルス電磁石でOK KEK物質構造科学研究所・放射光源研究系の原田健太郎助教、小林幸則准教授のグループは、バンプが不要で、しかも必要なパルス電磁石はたったの1台という、これまでの方法とは全く違った新しい入射方法を考案しました。 この新しい入射法は、ビームを集束するために使っているものと同じタイプの電磁石、四極電磁石を使うという、画期的なものです。四極電磁石は、中心軌道から外れた電子ビームを中心軌道に集束させるために使う磁石なので、軌道の外側に行くほど磁場は強く、中心では磁場はゼロになっています。入射のタイミングに合わせて(パルス状に)四極電磁石に磁場が発生するようにすれば、軌道の中心を周回しているビームには影響を与えずに、大きな振幅で振動している入射ビームだけを曲げることができると原田さんは考えました(図2)。この方法はパルス四極電磁石が1台あれば済むので、4台のパルス電磁石が必要なキッカー方式に比べると非常にシンプルです。 原田さんたちは、この方法でうまく入射ができるかどうか、KEKのフォトンファクトリー・アドバンストリング(PF-AR)で試してみようと考えました。電磁石を設置する最適な場所、必要な磁場の強さ、磁極の間隔などを計算し、パルス四極電磁石システムを試作しました(図3)。 パルス電磁石には、磁場が一定の電磁石と違って、設計に気をつけなければいけないことがたくさんありました。通常、加速器の中の電子ビームの通り道である真空ダクトは金属でできていますが、パルス電磁石では磁場の急激な変化により電磁誘導で渦電流が発生し、磁場が失われてしまうので、金属ではなく、高価で壊れやすいセラミック(陶器)製にする必要がありました(図4)。電磁石の磁極も絶縁された薄い金属板が貼り合わされた積層構造のものを使っています。 こうして試作されたパルス四極電磁石は、PF-ARの入射点から約15m下流に設置されました(図5)。入射のタイミングに従ってパルス四極電磁石に磁場を発生させると、PF-ARに電子ビームが蓄積され、世界で初めてこの新しい方法での入射に成功したのです。電磁石の調整を入念に行い、入射ビームと蓄積ビームの両方が理想的な軌道を通るように調整した結果、キッカー方式の入射で見られていた蓄積ビームの振動はほぼ完全に抑えることができました(図6)。また、現在のPF-ARの最大電流値である60mA以上の電流で電子ビームを蓄積することにも成功しています。 現在ではPF-ARだけでなく、フォトンファクトリーPFリングにも類似のパルス電磁石(パルス六極電磁石)が設置され、マシンスタディでテスト実験が行われています。パルス六極電磁石は、入射時の蓄積ビームの振動をパルス四極電磁石よりさらに抑制することができるため、すでにPFリングで行われているトップアップ運転で実用化できれば、より高品質の放射光を研究者に供給できると期待されています。 原田さんは、このパルス四極電磁石による新しい入射方式を提案・実証したことが高く評価され、第4回日本加速器学会奨励賞、第13回日本放射光学会奨励賞を受賞しています。
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