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last update:09/08/06  

   image ミクロな磁石のフシギな姿    2009.8.6
 
        〜 X線による磁気八極子の直接観測 〜
 
 
  N極とS極とが赤と黒二色に塗り分けられた棒磁石を、二つに割るとあらふしぎ、二本の棒磁石にはやがわり。さらに小さく切り分けても、それぞれのかけらは、N極とS極を備えた立派な小さな磁石です(図1)。どんなに小さく分割しても必ずN極とS極が一緒に現れるのは、磁石が微小な棒磁石の集まりでできているからです。言いかえれば、磁石を構成する原子一つ一つが、N極とS極を備えた小さな磁石としての性質を持っているのです。このようにN極とS極が一つずつ対になったものを、"磁気双極子"と呼びます。

とても奇妙な"磁気八極子"

私たちの身のまわりには磁石とそうでないものとがありますが、実はほとんどの物質は、外から磁石の力を受けている時だけは、磁石になります。鉄クギそれ自体は磁石ではないにもかかわらず、磁石を近づけると引きあうのは、そのときだけ鉄クギ全体が磁石に変化するためです。これは、鉄クギの中でバラバラな方向を向いていた磁石の力が、外から磁場をかけられることで同じ方向にそろうことで起こります(図2-a)。鉄やニッケルなどのように磁石と引きあう金属でなくても、原子一つ一つがもっている磁気双極子が強力な磁場によって同じ方向にそろえられると、同じように磁石となります(図2-b)。このようにしてモノ全体が磁石の力をもつようになることを、モノが"磁化する"といいます。

しかし稀に、磁場をかけると、磁気双極子ではない奇妙な形をした磁気が現れる物質があることが知られていました。その代表的なものが、CeB6という物質です(図3)。これに磁場をかけると、図4のような磁気状態だけでなく、図5に示すような非常に奇妙な磁気の分布が現れるのです。図4では、磁気双極子が同じ方向に並んでいるため全体が磁石となっている状態ですが、図5では四つの磁気双極子が互い違いに組み合わさって、相互に磁石の力を打ち消し合ってしまっています。この、まるで原子サイズのこんぺいとうのような形の磁気構造は、N極とS極合わせて極が八つあるため、磁気八極子と呼ばれています。

成功の決め手は"放射光"

広島大学大学院先端物質科学研究科の松村武准教授らの研究チームは、CeB6の磁気八極子が磁場中で誘起される様子を、実験により直接観測することに成功しました。磁気八極子の存在はこれまで、磁化、比熱、磁化率、弾性率などの巨視的物性からの推測や、NMR(核磁気共鳴)などの手法により間接的に測定されてはいたものの、直接的な観測により実証した例はありませんでした。松村さんらは、高エネルギー加速器研究機構・放射光科学研究施設(フォトンファクトリー)のビームライン3Aで、"共鳴X線回折"という手法を用いて実験を行い、磁気八極子を観測することに成功しました(図6)。

決め手となったこの"共鳴X線回折"は、エネルギー(波長)を自由に変えられる強力なX線を用いることができる、放射光施設ならではの実験手法と言えます。波であるX線は、個々の原子に散乱されます。散乱された波の重ね合わせが回折現象として観測されます。(この回折現象を観測し、物質の結晶構造を調べる手法は、現在広く利用されています。)個々の原子がX線を散乱する際、ある特定のエネルギーをもつX線が、原子と共鳴を起こします。この共鳴現象は、原子を構成する電子のエネルギー状態に即した現象であるため、原子の種類や結晶の構造によって共鳴を起こすX線のエネルギーは決まっています。入射X線のエネルギーが共鳴を起こすエネルギーに等しいと、散乱されるX線の強度が増し、回折された波の強度も増します(図7)。松村さんたちは、磁場によって磁気八極子が誘起されると考えられる絶対温度2.5度(絶対零度は−273.15℃)の低温で、入射X線の強度と磁場とを変化させて回折現象を観測し、みごと磁気八極子からの信号を取り出すことに成功しました(図8)。

未来を拓く新しい認識

磁気八極子が確かに発生していることを観測できた意義は大きく、今後は多極子が示す磁性についての微視的な理解がいっそう進むことが期待されます。松村さんは今回の成果について、「本研究で見出した、磁場中共鳴X線回折に磁場反転を組み合わせる手法は、多極子が物性を支配する他の物質の研究にも広く応用できると考えており、多極子自由度に関する理解がいっそう深まっていくものと期待しています。」と述べています。磁気多極子は物質の磁性だけでなく、さまざまな物性のもとになると考えられており、その成果は広く物性研究に寄与するものと言えるでしょう。また、「理科の教科書には、物質の磁化の説明として、N極とS極の絵が描かれた図があり、多くの人は磁化とはそのようなものだと考えているかもしれません。ほとんどの場合、それで間違ってはいません。しかし、現実の物質の磁化とは、必ずしもそのように単純なものではなく、今回のCeB6のように、沢山のN極とS極が発生するような場合もあります。そのような認識が広まれば、新しい機能をもった物質の開発や超伝導現象の解明につながる可能性も出てきます。」とのことです。

松村さんらのこの研究成果は、2009年7月3日発行のアメリカの物理系学術誌Physical Review Lettersに掲載されました。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→広島大学 電子相関物理学研究室のwebページ
  http://home.hiroshima-u.ac.jp/scep/Home.shtml
→物質構造科学研究所のwebページ
  http://www.kek.jp/imss/
→フォトンファクトリーのwebページ
  http://pfwww.kek.jp/indexj.html

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[図8]
磁気八極子の誘起を示す実験結果。横軸は入射X線のエネルギー。5.72keV付近でX線とCe原子が共鳴を起こしている。誘起されるのが磁気双極子のみの場合、磁場をプラス方向にかけてもマイナス方向にかけても共鳴現象に差は生じず結果は同じになる筈であるが、5.719keVの信号が磁場反転に対して非対称を示す。この非対称は、Ceの4f軌道に発生した磁気八極子に由来する。図中の信号強度は、通常の結晶格子による回折強度(大学等の実験室にあるX線回折装置で測定可能)と比べて、数十万分の一程度という微弱なもので、高輝度のX線ビームが利用できる放射光施設でなければ検出不可能なもの。
拡大図(58KB)
 
 
 
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[図1]
磁石は、微小な磁気双極子の集まりでできている。
拡大図(42KB)
 
 
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[図2]
磁場をかけられることで物質が磁石に変化するしくみの概念図。
図2−a)鉄やニッケルなどの金属は、じつはバラバラな方角を向いた磁石の力が全体で打ち消し合っている状態にある。外から磁場をかけるとそれぞれの磁石の力の向きがそろい、全体として磁石の力をもつようになる。
図2−b)磁石と引きあわない物質は多くの場合、原子のもつ磁気双極子がバラバラな方向を向いて打ち消し合っている状態にある。しかし強力な磁場をかけることで、原子のもつ磁気双極子の方向が揃い、全体として磁石の力をもつ。
拡大図(52KB)
 
 
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[図3]
CeB6の結晶構造。Ceはセリウム、Bはホウ素。
拡大図(43KB)
 
 
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[図4]
外部磁場で磁気双極子が誘起される様子。外からの磁場によって、結晶を構成する原子がもつ磁気双極子の方向が外部磁場の方向に揃い、全体として外部磁場の方向に磁化される。
拡大図(56KB)
 
 
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[図5]
外部磁場で磁気八極子が誘起される様子。八極子は、四つの磁気双極子が互い違いに組み合わさった形をしているため、磁気双極子の場合のような単純な磁化を示さない。
拡大図(83KB)
 
 
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[図6]
最高8テスラの磁場(つくばで感じる地磁気の20億倍以上)を発生 させることのできる超伝導磁石。X線回折計とともにフォトンファクトリーのビームラインBL-3Aに設置されている。
拡大図(78KB)
 
 
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[図7]
共鳴X線回折のしくみ。波の回折現象は、個々の原子によって散乱される波の重ね合わせによって生じる。入射X線のエネルギーが原子内の電子を励起するエネルギーに等しいと、X線と原子が共鳴を起こすため散乱される波が増強され、回折の強度も増加する。
拡大図(67KB)
 
 
 
 
 

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