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30億年前からの「翻訳」のしくみ 2009.3.12 |
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〜 古細菌のアミノ酸のtRNA合成酵素 〜 |
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細胞は、その生命活動に必要な設計図を、遺伝子DNAとして持っています。この設計図は、コンパクトに折り畳まれて細胞核の中に格納されています。設計図に従ってタンパク質が作られる場は、細胞内のタンパク質の工場であるリボソームですが、いちいち膨大な設計図を工場に持って行くのは面倒で効率があがりません。細胞は、設計図に記された情報のうち、必要な部分だけをメッセンジャーRNA(mRNA)という分子にコピーして、リボソームに持って行きます。リボソームでは、mRNAに写し取られた暗号に対して、正しいアミノ酸をひとつひとつ当てはめ、アミノ酸が鎖のようにつながったタンパク質が作られます。 設計図から正しくタンパク質が作られるためには、設計図に書かれた暗号に対応して正しい部品(アミノ酸)が選ばれる必要があります。この「暗号」と「アミノ酸」を橋渡しするアダプターのような分子がトランスファーRNA (tRNA) です。正しい暗号とアミノ酸の組を作るにはどのようなしくみが働いているのでしょうか? 3つ組の暗号を1つのアミノ酸へ リボソームでは、メッセンジャーRNAに書かれた(DNAから写された)遺伝情報3文字(コドン)、つまり3つ組の塩基がtRNAを介して、1つのアミノ酸に置き換えられることでタンパク質が合成されています。遺伝子に書かれた暗号がアミノ酸というタンパク質を形作る「単語」に置き換えられていくことから、この過程は「翻訳」と呼ばれています(図1)。 tRNAは、100塩基に満たない短いRNAですが、「翻訳」を担う重要な分子です(図2)。tRNAの中央部には、mRNAの3つ組暗号コドンに対応する3つ組の塩基部分があり、アンチコドンと呼ばれています。そして、その暗号に対応する正しいアミノ酸が末端部分に結合されます。この反応を担っているのがアミノアシルtRNA合成酵素です。 タンパク質は20種類のアミノ酸から構成されますが、各々のアミノ酸に対応してアミノアシルtRNA合成酵素もやはり20種類あります。例えば、メチオニンを結合する酵素はメチオニルtRNA合成酵素、グリシンを結合する酵素はグリシルtRNA合成酵素といったように。そしてそれぞれの酵素は、それぞれのアミノ酸に対応したアンチコドンを持つtRNAだけとアミノ酸を結合するように働きます。こうして、遺伝暗号は正確に翻訳されるのです。 22番目のアミノ酸を持つ古細菌 ところで「タンパク質は20種類のアミノ酸から構成される」と、あたり前のことのように書きましたが、タンパク質を作るアミノ酸はじつは20種類だけではないことがだんだんわかってきました。すべての生命の起源と言われ30億年前から生息していた古細菌の中には、20種類以外のアミノ酸を持つタンパク質を持つものがあります。 メタン古細菌は、酸素のない条件でなければ生きられない古細菌で、メチルアミンを材料として呼吸を行い、代謝によりメタンを生成します。現在では動物の消化器官や水田、沼などの酸素のないところだけで生きていますが、30億年前の地球ではメタン古細菌が繁栄していて、大気はメタン古細菌が発生したメタンガスにあふれ、二酸化炭素よりずっと強力な温室効果ガスであるメタンガスにより地球の氷河期からの温暖化が促進したと考えられています。 メタン古細菌においてメタン代謝を行う酵素タンパク質は、酵素の働きを担う重要な部位に「22番目の天然アミノ酸」といわれるピロリジンを持っています(ちなみに、21番目の天然アミノ酸は、セレノシステインという、システインのイオウがセレンに置き換わったアミノ酸です)。このタンパク質には特殊なピロリジンという部品が使われているので、合成にはやはり特殊な合成酵素、ピロリジルtRNA合成酵素が必要です。 ピロリジンの暗号コードの謎 さて、ピロリジルtRNA合成酵素は、どんな遺伝暗号を翻訳するのでしょうか? 図1の遺伝暗号表を見ると、20種類のアミノ酸以外のアミノ酸に対応できるような、空いた3つ組暗号はないように見えます。 実は、ピロリジンに対応する遺伝暗号は、ストップコドンと呼ばれる3種類の暗号のうち、アンバーコドンと呼ばれているUAGという暗号です。ストップコドンは、この暗号が来たらタンパク質の合成は終わりですよ、という、暗号の終わりの目印です。ストップコドンは3種類あるので、どれか1つさえ残っていれば、あとの2つは他のアミノ酸のために使える「余地」であるとも言えます。 ピロリジルtRNA合成酵素は、アンバーコドンUAGに対するアンチコドンを持つtRNAにだけピロリジンを結合しなくてはなりません。普通の生物ではアンバーコドンは特定のアミノ酸に対応していないので、これに対するtRNAは不要であり、いわば異常なtRNAと言えます。アンバーコドンに対応するtRNAが存在すると、タンパク質合成が正しく停止する機能が抑制されてしまうので、このtRNAは抑制という意味を持つ「サプレッサーtRNA」と呼ばれています。 東京大学医科学研究所の濡木理(ぬれき・おさむ)教授のグループは、翻訳が正しく行われるしくみ、つまりアミノアシルtRNA合成酵素が、正しいtRNAだけを認識して、正しいアミノ酸をtRNAに結合させるしくみについて研究を続けてきました。この化石のような生物の酵素にも、正しい翻訳を行うシステムが備わっているのでしょうか? 研究グループは、米国イェール大学の研究者と共同で、細菌(Desulfitobacterium hafniense)由来のピロリジルtRNA合成酵素とサプレッサーtRNAとの複合体の結晶を作り、KEKフォトンファクトリーのPF-AR NW12Aビームライン、およびSPring-8のBL41XUを用いて立体構造を明らかにしました。 少しだけコンパクトなtRNA 研究グループは、大腸菌のトリプトファン合成酵素の遺伝子の一部にアンバーコドンを導入した突然変異体を作りました。この大腸菌は、トリプトファン合成酵素を作ろうとしても途中でストップコドンにより合成が止まってしまうために、正しい酵素が作れず、したがってトリプトファンを合成することができません。この大腸菌にメタン古細菌のピロリジルtRNA合成酵素の遺伝子、およびサプレッサーtRNAの遺伝子を導入し、さらにピロリジンを外から加えてやると、アンバーコドンで合成が止まらなくなり、トリプトファン合成酵素が作られるようになりました(図3)。したがって、ピロリジルtRNA合成酵素は、大腸菌の中でもちゃんとピロリジンを使ってタンパク質を合成する役割を果たすことが確かめられました。 明らかになった立体構造からは、サプレッサーtRNAは、通常の20種類のアミノ酸に対応するtRNAとは構造が大きく異なり、コアと呼ばれるL字型のちょうど折れ曲がった部分がコンパクトになっていることがわかりました(図4)。ピロリジルtRNA合成酵素は、ちょうどこのコアの部分を直接認識するような立体構造を取っていて(図5)、通常のtRNAではコアの部分が大きすぎて認識できなくなっていることがわかりました。 バイオテクノロジーのルーツは30億年前の生命 最近、ストップコドン(特にアンバーコドン)とサプレッサーtRNAを利用して、天然にないアミノ酸をタンパク質に取り込ませることによって、新たな性質を持った人工のタンパク質を作り出すバイオテクノロジーが盛んに行われるようになってきました。新しい技術として注目されているこの方法は、30億年も前に、生命が自然に行っていたことと全く同じ原理を使っていたことになります。進化の過程で使われなくなった遺伝暗号を、人間はまた有用なタンパク質を作るために使い始めたのです。 この新しいバイオテクノロジーは、アンバーコドンが間違いなく単一のアミノ酸に翻訳されることが大前提となっているわけですが、そのしくみがこの研究で明らかになりました。生命は30億年も前から、遺伝情報を正しく翻訳するしくみを獲得していたのです。 この研究成果は英国の科学雑誌「Nature」2008年12月26日号に掲載されました。
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