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last update:09/12/03  

   image 「ナノ空間」の結晶    2009.12.3
 
        〜 ネットワーク状分子で化学反応を捉える 〜
 
 
  みなさんは理科の授業で、化学反応式を見たり書いたりしたことが1度はあるかと思います。化学反応式では、矢印の前後に反応前の物質と反応後の物質が記されていますが、魔法のように一瞬で物質が変化するわけではないのはもちろんです。化学反応はふつう、多くの段階を経て起こり、途中にはさまざまな反応中間体が存在します。多くの研究者が、このような途中の段階を含めた化学反応の全容を捉えようと、いろいろな試みをしています。

ナノ空間に反応を閉じ込める

化学反応の途中で生じる反応中間体を捉えるのは、実はそう簡単ではありません。反応中間体は、不安定な物質であることがほとんどであり、化学反応が進むにつれてまたたく間に姿を変えてしまうからです。温度を下げて反応が進むのを遅くするのは、研究者がよく取る手段です。しかし、この方法で反応中間体が存在する証拠をつかむところまではできても、実際に反応中間体がどのような構造をしているか直接観察できた例はほとんどありません。

物質がどういう原子の並びでできているか直接観察するためには、放射光を用いたX線結晶構造解析は非常に強力な武器です。しかし、不安定な反応中間体の結晶を作るのはどう考えても難しそうです。どうしたら反応中間体を捉えることができるのでしょう?

東京大学の藤田誠教授、河野正規准教授(現POSTECH:浦項工科大学(韓国)教授)らのグループは、ナノサイズの小さな空間に反応を「閉じ込める」ことによって、不安定な反応中間体をできるだけ安定な状態にして観測することを考えました。藤田教授のグループの研究成果は、以前にもNews@KEKで紹介したことがあります(「ナノ空間」をつくる)。小さな分子をパーツとして巨大分子を作るのですが、個々のパーツや「のり」に当たる分子を工夫することによって、チューブ状だったり、球状だったり、さまざまな形の分子を作り出しています。チューブや球体の中にナノサイズの空間を持つこれらの分子は、その見た目もとても美しいものですが、化学反応を起こすナノサイズの反応容器として、実用的な面でも非常に注目されています。

結晶性を持つ「ナノ空間」

今回、研究グループが反応容器として用いた「ナノ空間」は、以前のニュースで紹介したチューブ状や球状分子のように有限の形を持った分子ではなく、無限に続くネットワーク状の構造を持つ分子です(図1)。チューブ状や球状分子と同じように、小さな分子をパーツとして組み上げたものです。この分子は周期性があり「結晶」として扱うことができます。「ナノ空間」が規則正しく配置した結晶です。

これは反応中間体の姿を捉えるには非常に都合の良い性質です。なにしろ、この反応容器自体が結晶性があるので、わざわざ結晶を作る必要がないのですから。そして、規則正しく配置した「ナノ空間」の中で化学反応を起こせば、そこで生じる反応中間体もまた「結晶」として構造解析ができるはずです。

このナノ空間で見ようと考えた化学反応は、教科書にも載っている有名な化学反応である、シッフ塩基の生成です(図2)。アミンとアルデヒドを反応させると、シッフ塩基と呼ばれる、炭素と窒素の二重結合を持つ化合物が生成します。この反応の途中には、ヘミアミナールという反応中間体が存在することが知られていましたが、とても不安定で、非常に短い間しか存在しないので、直接観察するのはとても難しいと考えられていました。

シッフ塩基の生成は、生体の中でもごく普通に行われている化学反応です。最近、このシッフ塩基の生成を担う酵素の、酵素反応を行う部分である「ポケット」で中間体ヘミアミナールが生じていることを、タンパク質結晶構造解析で明らかにした研究成果が発表されました。タンパク質分子の中の小さな空洞である「ポケット」は、まさに天然のナノ空間と言えます。同じようなことが、このネットワーク状のナノ空間で実現するのでしょうか? しかも、決まった化学反応だけしか起こすことができないタンパク質に対して、藤田教授のグループが目指す「ナノ空間」は、いろいろな化学反応に応用できるナノサイズのフラスコなのです。

ナノ空間で中間体を捉えた

研究グループは、ネットワーク状の分子を組み上げるパーツのひとつとして、芳香族アミンを用いました(図3a)。そうして、ネットワークの中に、反応物質であるアミンがトラップされた状態を作り上げます。できたネットワーク状の分子を、フォトンファクトリーアドバンストリング (PF-AR) のAR-NW2AビームラインでX線結晶構造解析を行ってみると、規則正しくアミン分子が並んだ結晶構造ができているのがわかりました(図3b、c)。

この結晶を、結晶構造解析装置に取り付けたまま低温の窒素を吹き付け冷却し、アセトアルデヒドの溶液を静かに流して反応を起こし、その後、放射光X線をあてて結晶構造のデータを取りました(図4)。溶液の濃度や温度、反応時間などの条件を決めるのに大変な労力を費やしましたが、最終的には、ナノ空間にトラップされた35%以上のアミンが中間体のヘミアミナールに変化している状態を捉えることに成功しました。また、同じ結晶の温度を上げて、反応を進ませてからもう一度放射光X線を当てて解析してみると、ナノ空間の中で、最終産物であるシッフ塩基が生成していることがわかりました。

こうして、このネットワーク状の分子が、化学反応を起こすナノサイズの反応容器として使えること、そして規則正しい結晶性を持つことから、X線結晶構造解析で、化学反応の進行に伴って生じる反応中間体のスナップショットを撮ることができることを証明しました。この方法は、組み上げるときのパーツを変えればいろいろな分子をネットワークの中に導入することができるので、他の反応にも応用がききます。まさにナノサイズのフラスコとして多くの用途が考えられ、基礎科学から応用までの広い分野で期待されています。

この研究成果は英国の科学雑誌Natureの10月1日号に掲載されました。同じ号のNews and Views欄(Nature誌に掲載された論文のトピックスを解説する記事)ではこの研究成果が取り上げられており、またAuthors欄では、論文の著者である藤田教授が紹介されています。この研究成果が国際的に非常に注目を集めていることがよくわかります。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→藤田研究室のwebページ
  http://fujitalab.t.u-tokyo.ac.jp/
→ケージ分子で時間を繰る(1) (2)
            〜藤田誠研究室〜(東大GCOEブログ)のwebページ
  http://d.hatena.ne.jp/TodaiGCOE/20090930
  http://d.hatena.ne.jp/TodaiGCOE/20091001

→関連記事
  ・05.01.06
    「ナノ空間」をつくる 〜自己組織化する巨大な分子〜

 
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[図1]
ネットワーク状の構造を持つ分子。
拡大図(41KB)
 
 
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[図2]
アミンとアルデヒドを反応させると、ヘミアミナールという中間体を経て、シッフ塩基が生成される。ヘミアミナールは不安定で、寿命が短いので、直接観測できた例はこれまでにはない。
 
 
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[図3]
a) ネットワーク状分子の構成。2,4,6-トリス(4-ピリジル)-1,3,5-トリアジン(化合物1)、ヨウ化亜鉛(ZnI2)、1-アミノトリフェニレン(化合物2,芳香族アミン)によって、ネットワーク状の分子を作る。
b, c) 芳香族アミンを組み込んだネットワーク状の分子の構造。化合物1の間に、芳香族アミン(化合物2)が規則的に配置している。
拡大図(67KB)
 
 
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[図4]
測定の様子。結晶構造解析装置の回転軸に取り付けられた結晶は、温度コントロールされた窒素ガスで冷却される。アミンが導入された結晶には、ガラス製のキャピラリー(毛細管)でゆっくりとアルデヒド溶液を流し、反応を起こす。一定の時間アルデヒド溶液を流した後、キャピラリーを取り外し、放射光をあてて結晶構造のデータを取得する。
拡大図(86KB)
 
 
 
 
 

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