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last update:10/02/04  

   image おじゃま虫を見分けるには    2010.2.4
 
        〜 LHCデータ解析の新手法 〜
 
 
  トランプのカードが5枚、伏せて置かれていて、その中に1枚だけジョーカーがあるとします。表を見ずにそこから4枚を選んで、その数字の合計を誰か別の人に計算してもらいましょう。もしジョーカーが紛れ込んでいた場合、13よりも大きな任意の数を割り当てて計算してもらいますが、あなたはその数字を知らないものとします。ジョーカー以外の4枚のカードの数の和を知りたいとき、どうすればいいでしょうか?

昨年11月に再稼働したヨーロッパのCERN研究所のLHC実験では、超対称性粒子などの新粒子の発見が期待されています。もし新粒子が発見された場合、その性質を調べる際の革新的なデータ解析手法についてご紹介しましょう。

期待される未知の新粒子

LHC実験は、陽子と陽子を衝突させ、未知の重い素粒子を探索する実験です。陽子はクォークやグルーオンの固まりですが、それぞれの陽子から一つずつのクォーク、グルーオンが衝突することによって、重い素粒子を作ることができます。LHCで発見が期待されている新粒子としては、標準模型で唯一見つかっていないヒッグス粒子(図1)や、超対称性粒子(図2)などがあります。

粒子の質量(重さ)は、その粒子を特徴づける戸籍のようなものです。そこで、新しい粒子が発見されると、まずその粒子の質量を調べます。ただし「粒子」といっても寿命が極めて短いので、観測は1個の粒子としてではなく、新粒子がいくつかの粒子に崩壊した状態で行われます。この複数の粒子のエネルギーの測定から、元の粒子の質量を求めることを専門家は「マス(質量)を組む」といいます。

実験でぶつける陽子の中にはクォークやグルーオンが含まれていますので、陽子のエネルギー全てが新粒子の生成に使われるわけではなく、その中のクォークとクォーク、あるいはクォークとグルーオンがぶつかったときのエネルギーが用いられます。

脱線した列車のエネルギー

磁石でつながったおもちゃの列車を正面衝突させる場面をイメージしてみてください(図3)。一番前の車両は一番激しく衝突します。しかし後ろの車両もぶつかります。衝突が大きければ、後ろの列車も線路をはずれて飛び出したりすることもあります。先頭の車両の衝突から未知の新粒子が作り出された場合でも、後ろの衝突から出てくる粒子もあわせて観測されてしまいます。

実際の実験ではさらに複雑なことがおこります。この反応に関与するクォークやグルーオンは、それぞれ単体では存在できないので、衝突のエネルギーによって飛び出してくるときに、複数の粒子が束になって飛び出す「ジェット」という現象が発生します(図4)。束になった粒子のエネルギーを測定して合算すると、もともとのクォークやグルーオンのエネルギーとほぼあっているのですが、どのジェットがどのクォークもしくはグルーオンに由来するものかを区別する手段がありません。この時、後ろの衝突で脱線して飛び出してくるクォークやグルーオン(初期状態からの放射:ISR)が作り出すジェットが、新粒子探索の場合に測定の障害になると考えられてきました。

宇宙の暗黒物質探し

発見が期待されている超対称性粒子は、必ず対になって生成されます。図3ではグルイーノという、グルーオンの超対称パートナーとなる新粒子が対になって生成され、直後に別の粒子に崩壊する様子を表しています。崩壊する粒子はクォークや反クォーク、グルーオン、レプトン(電子やミュー粒子のこと)などの他、ニュートラリーノという、電荷を持たない超対称性粒子がそれぞれ1個ずつ、合計2個出てきます。

加速器を使った実験では、どんな超対称性粒子が生成されてもこのニュートラリーノが2個、現れるとされています。このニュートラリーノは、ニュートリノと同様に地球も突き抜けてしまう安定な粒子と考えられるので、もし本当に存在するとすれば、宇宙を満たしている暗黒物質の最有力候補となります。

おじゃま虫を取り除け!

KEK素粒子原子核研究所の野尻美保子教授は、米SLAC研究所、東京大学数物連携宇宙研究機構、東北大学の研究者らと共同で、LHCで超対称性粒子が生成された場合の質量の優れた解析方法を考案しました。

図3のようにグルイーノが対になって生成された時、検出器はグルイーノが崩壊してできる4つのジェットを使って「マス(質量)を組む」計算を行います。この時、2個のニュートラリーノが持ち逃げするエネルギーは合算でしかわからないので、組まれた質量は、もとの新粒子グルイーノの質量を上限としたなだらかな山状の分布となります(図5の濃い点線)。

この時、後方の列車の脱線がなければグルイーノの質量は精度よく求めることができますが、実際には脱線によって出てきたジェットが高い確率で検出器で検出され、測定の邪魔をします。測定したいジェットは4つなのに、観測されたジェットは5つ、しかもそのうちのどのジェットがおじゃま虫なのかが区別できないのです。5枚のトランプのカードの中にジョーカーが1枚、紛れ込んでいる状態です(図6)。

野尻教授らは、MT2(エムティーツー)というマスの組み方を拡張し、おじゃま虫のジェットが紛れ込んでいる測定結果でも、高い精度でもとのグルイーノの質量を求められることを実証しました。

その方法とは、正しいジェット4つを正確に選び出すことは無理でも、5つの中から4つを取り出す取り出し方の全ての可能性を計算し、得られた答えの中から一番小さな質量になる組み合わせを残して、測定を繰り返す、というものです(図7)。

これは簡単な例ですが、このルールをさらに一般化し、もっと複雑な反応過程でも解析を拡張することができます。この研究が一般化すれば、再稼働したLHC実験で観測される様々な物理過程を理解することが、今よりもずっと精度よく行えるようになります。

LHC実験は、新しい粒子を発見する可能性がとても高い実験ですが、単に粒子を作るだけでなく、その性質を測定することが重要だと、多くの研究者が考えています。おじゃま虫のジェットは、LHCにおける粒子生成と同時に表れる「ごみ」ですが、その性質を理解することは新しい粒子の性質を理解する上でとても重要なのです。



※もっと詳しい情報をお知りになりたい方へ

→KEK理論センターのwebページ
  http://research.kek.jp/group/www-theory/theory_center/
→Physical Review Lettersに掲載された論文のwebページ(英語)
  http://prl.aps.org/abstract/PRL/v103/i15/e151802

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[図1]
素粒子の標準理論の世界。物質は6種類のクォークと6種類のレプトンからなり、ゲージ粒子を交換して3種の力が引き起こされる。
拡大図(68KB)
 
 
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[図2]
超対称性理論は標準模型に登場する素粒子すべてにスピンが1/2だけ異なる超対称パートナーが存在することを予言する。
拡大図(66KB)
 
 
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[図3]
陽子と陽子が反応する際、実際はそれぞれの陽子の中に含まれるクォークやグルーオンが正面衝突する。超対称性粒子の一種であるグルイーノが対になって生成されると、それぞれがクォークと反クォークの対とニュートラリーノと呼ばれる粒子に崩壊する。正面衝突の直前にはクォークやグルーオンから別のクォークやグルーオンが飛び出してくることがあり、初期状態からの放射(ISR)クォークやグルーオンと呼ばれる。
拡大図(44KB)
 
 
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[図4]
LHC実験のATLAS測定器で超対称性粒子が生成された場合のシミュレーション画像。超対称性粒子が崩壊してクォーク、反クォーク、ニュートラリーノに崩壊する時、クォークや反クォークは複数の粒子の流れ(ジェット)として観測される。図は反応の様子をビームに垂直な平面に投影したときの様子。中心から真上と右斜め下に粒子のエネルギーの流れが観測されている。
拡大図(171KB)
 
 
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[図5]
図3で放出されるクォークやグルーオンは単体ではなく複数の粒子の流れ(ジェット)として観測される。エネルギーの高い方から順番に4つのジェットを使って質量を組む計算をする(MT2を求める)と、ISRクォークやISRグルーオンが紛れ込んでしまう(図の細い点線)ので、グラフの形が変化して、質量の精度が下がってしまう。濃い点線は たまたまISR がなかったイベント、薄い点線はISR のあるイベント。実線は観測される分布。
拡大図(20KB)
 
 
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[図6]
図3のように超対称性粒子が対として生成され、それぞれが2つのジェットとニュートラリーノに崩壊する時、この4つのジェットを正しく選んで、エネルギーの組み合わせを計算すると、元の超対称性粒子の質量を求めることができる。現実には初期状態からの放射(ISR)として生まれるクォークやグルーオンによるジェットがあわせて観測されるため、ISRジェットを組み込んで質量を計算すると精度が下がってしまう。
拡大図(96KB)
 
 
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[図7]
5つのジェットから4つを選び出して使って質量を組む計算(MT2)を全ての場合で繰り返し、その最小値を求めたグラフ。計算の邪魔になるISRクォークとISRグルーオンの影響が軽減されて、質量を精度よく求めることができる。元のグルイーノの質量(700GeV)を上限とする分布に一致している。
拡大図(17KB)
 
 
 
 
 

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