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新しい有機超伝導体の発見 ~ 新たな材料フィールドの扉を開く ~

2010年6月10日

多くの研究者を魅了してきた「超伝導」が今、新たな局面を迎えています。

超伝導とは1911年に水銀で初めて発見された、物質の電気抵抗がゼロになる現象です。以来、世界中の研究者を虜にし、鉛やスズ、最近では鉄でも超伝導状態になることが確認され大きな話題を呼びました。有機物では1980年代に超伝導状態が確認されたものの、ここ10年では新たな発見がなく足踏み状態でした。そこに大きな一石を投じたのが今回の発見で、有機物の芳香族という種類で初めて超伝導状態を ― しかも有機物の中では最高の温度で ― 作り出したのです。

材料の進化

私たちが日々使う電気は、発電所で作られ送電線によって各家庭に運ばれてきています。この長い移動距離の間に電気抵抗により、電気のエネルギーはどんどん失われてしまっています。もし、超伝導物質で送電線を作ることが出来たら、発電量はもっと少量に抑えられ、細い送電線で大容量の電気を送ることが可能になります。また、電気抵抗による発熱も無くなるので冷却装置が不要になり、コンピュータなどの電子機器の小型軽量化はますます進むでしょう。

これらは考えられている超伝導利用のごく一例ですが、超伝導がもたらす社会は劇的に変わると予想されています。

通常、超伝導は電気伝導度の高い金属を-260℃ほどの極低温にしたときに起こります。

一方、有機物は炭素(C)を骨格とした化合物で、ごく一部の例外を除いて電気を全く通さない絶縁体です。有機物が電気を通すのはとても珍しく、ノーベル化学賞を受賞された白川英樹博士のポリアセチレンが代表的です。この発見により携帯電話や小型ディスプレイなど大きく電子機器の進化を加速させた結果は、皆さんも日々目にしていることでしょう。

そんな有機物で超伝導を発現させたのですから、その衝撃がどれほど大きかったか容易に想像できます。

常識を打ち破る発見

岡山大学の久保園芳博教授と神戸高志准教授、北陸先端科学技術大学院大学などの共同研究グループは、炭素と水素(H)からなる有機化合物のピセン結晶(C22H14、図1)にアルカリ金属原子(カリウムやルビジウム)を混ぜた化合物で超伝導が出現することを見いだしました。


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図1

ピセン分子の構造


ピセンの結晶は透明ですが、ここにアルカリ金属を1:3(化学量論的組成比)でガラス管中に真空封入し、高温で10日程度加熱すると黒色の粉末になります。これを冷やして電気伝導度を調べてみると、カリウムを混ぜた結晶では-266℃と-253℃で、ルビジウムを混ぜた結晶では-266℃と-256℃のとき超伝導状態になることが確認されました。これは有機物としては世界最高の温度で、半導体であるピセンで超伝導が発現したことは、これまでの常識を打ち破る新しい発見でした。この結果は、3月4日の英国科学誌Natureに掲載されました。


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図2
ピセン結晶

透明なピセン結晶(上)にカリウムをドープして加熱処理すると黒色の粉末(下)になる。


見えてきたことと残る謎

では、なぜ金属を入れると超伝導状態になるのでしょうか?

それを知るため、KEK放射光科学研究施設(フォトンファクトリー:PF)の構造物性ビームラインBL-1B(現在はBL-8Bに移設)を使い、どこに金属が入っているのかを調べました。

ピセン結晶は図3のようにヘリンボーン型に並んでできた平面が何枚も重なった、ミルフィーユのような層構造をしています。金属を入れる前後で層の間隔を比べると、金属は層の間ではなく、ピセン結晶と同じ平面内にいることが見えてきました。


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図3
ピセンの結晶構造

ピセン分子が互い違いに並んでできた層が幾重にも重なっている。


この物質の非常に興味深い点は、超伝導状態になる温度が2つあることです。低い方の温度は両方とも-266℃でしたが、高い方は入れる金属の種類によって異なります。どうやら金属原子のイオン半径が大きくなると、高くなるという傾向があるようです。

さらに理論的にも検証するため、BCS理論(1957年、3名の物理学者バーディーン、クーパー、シュリーファーによって説明された超伝導の微視的理論)の超伝導状態を決める式で求めた値と、実験で測定した値が一致するかどうかを確かめました。すると-266℃のとき、一致することが確かめられました。しかし、まだ超伝導がどのような仕組みによるものなのかを完全に解明できたわけではありません。より詳細な理論的検証を行うため、実験結果を積み上げていく必要があります。実験グループの久保園氏は「今後、この新しい有機超伝導体の構造を詳しく見るために、フォトンファクトリーを大いに活用していきたい」と語っています。

有機分子は、軽くて柔軟性に優れており、実際に製品に応用する際には加工やコストの点で非常に有利です。ピセンに他の様々な金属を挿入しても超伝導状態になることがすでに確かめられています。また他の有機芳香族分子結晶でも超伝導が発現する可能性も高く、今後有機分子から室温超伝導を実現する物質が生まれるのは決して夢ではありません。そうすれば、配線やモーター類の小型軽量化による電子機器の進化、そして交通・輸送手段も変化していくでしょう。それがどんな社会を創っていくのか、今からわくわくします。