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高強度レーザーによるウンルー効果の検証 ~ 理論センターの新しい実験との関わり ~

2010年5月20日

KEKの理論センターは、素粒子・原子核物理学や弦理論、宇宙物理学などの研究に取り組んでいます。今回は理論センターでの、素粒子物理の範囲を超えた新しい実験との関わりについて紹介します。

飛躍的な伸びを見せるレーザー強度

1950年代に発明されたレーザーは、何度かのブレークスルーによりその強度が飛躍的に増大してきました。特に、1985年のストリックランド博士とモーロー博士によるチャープパルス増幅(CPA:Chirped Pulse Amplification)の発明により、レンズなどを損傷することなく高い出力を得ることができるようになりました。 テーブルサイズの小型レーザー装置においてもCPAによって得られる超高強度・超短パルスレーザーにより、高いピーク出力が得られるようになりました。


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図1

チャープパルス増幅による高出力レーザー光の生成。
発振器で生成した超短のパルス幅を103~104倍に拡張して時間的に長くし、強度の低い光に変換する。その後、強度を一定値以下に保ちつつ増幅し、増幅後に再度パルス幅を短く(パルス圧縮)して、ピーク強度の高いレー ザー光とする。超短パルス光はいろいろな波長の光の重ね合わせでできているので、これを回折格子で振り分け、波長により異なる光路長をとるようにすると、周波数を時間とともに長く変化(掃引、sweep)させたチャープ波に変換できる。増幅後はこれと逆の操作を行い、周波数掃引を元に戻し、短いパルスを回復する。


高強度レーザーは応用面での重要性のみならず、基礎物理学の探求においても重要な貢献をすることが期待されるようになってきました。特に、レーザーによる強い電磁場によりもたらされる屈折率の変化や、真空の物理研究、加速運動によるウンルー効果の検証などが注目されています。今回は、理論センターの磯暁教授にウンルー効果について聞いてみました。

ウンルー効果とは

磯教授によると、ウンルー効果とは真空中を等加速度直線運動している粒子に対し、その粒子が止まっているように一緒に走って観測すると、その粒子が有限な温度を持つ空間中を運動しているように見える効果を言います。温度とはまわりに存在する多数の粒子が対象となる粒子と激しくぶつかることで生じる現象なので、真空という何もない状況で対象粒子が温度を感じるのはちょっと奇妙なことです。

これは、加速度系における真空の量子効果を考えると説明がつくということです。アインシュタインの一般相対性理論は、重力は加速度と同じであるという等価原理に基づく理論です。あまり考えたくない状況ですが、乗っているエレベーターのロープが切れて落下したとします。手のひらに乗っていたリンゴと一緒にあなたも落ちていきますから、リンゴの重さを感じなくなります。このように重力は観測している人の加速運動(エレベーターが落ち続けるということ)により、打ち消すことができ、また逆に、加速度を受けている場合に感じる力(例えば、軌道に上昇するロケットの中の宇宙飛行士がうける力)は重力とみなせる。この考えを「等価原理」と呼びます。


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図2

切れたエレベーターの中の図。


加速運動をしている粒子は、この等価原理により重力を感じているのと同じです。この結果、加速運動をしている粒子は、ブラックホールのホライズン(それより内側からは光すら出てくることのできない境界面のこと)のそばにいるのと同じことになります。ブラックホールはなんでも吸いこんでしまいますが、ホーキング博士によればブラックホールのまわりの真空からは、粒子と反粒子の対が生成され、その一方がブラックホールの中に落ち込み、もう一方が飛び出てくるという「ホーキング放射」が起きます。同じように、加速運動している粒子に対しても、対生成により粒子が生まれ、これが真空に温度をつくる「ウンルー効果」となるのです。

高強度レーザー中では、電子はレーザーの激しい電場により強い加速運動を受けます。これが等価原理により、ブラックホールのホライズンのそばにいるのと同じ状況になり、ホーキング放射によって生じた粒子の空間を運動することになる。それは温度を持った空間を運動することと同じこととなり、ふらふらとした「揺らぎ運動」を始めます。その揺らぎ運動からの電磁場の放射を観測することで、ウンルー効果の検証ができないか?これが1999年に提案された、チェン・田島のアイデアです。

量子力学による考察


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図3

高強度レーザーによるウンルー効果放射の概念図。


強いレーザーが実現されてきましたが、この放射は実験的にはまだ確認されていません。また理論的にも多くの問題点があることも知られていました。そこで磯教授は総合研究大学院大学の学生の張森さん、山本康裕さんと、この問題に対する系統的な解析方法を開発しました。そして非常に波長の長い光が出るときの発散の問題を解決し、高強度のレーザー中を加速運動することで電子が放射する古典的な放射と、ウンルー効果のための揺らぎ運動による量子力学的な放射とを統一的に計算できるようにすることで、チェン・田島の問題点を解決しました。しかしこの話は、さらに興味深い問題と関係します。 それは、これまで取り入れられていなかった量子的な干渉効果と揺らぎ運動に起因する放射との間で相殺が起きて、実際には放射が消え去ってしまう可能性です。これは、量子的なコヒーレンス(量子状態を保つこと)の喪失とも関係しており、とても興味深い可能性です。

「今回、レーザーの実験を行う方々との議論により、レーザー物理で重力現象をとらえるという意外な可能性と出会いました」と磯教授。「理論物理は、決まったプロジェクトのもとで短期的な成果を求めれば進展するものではありません。研究者が独自のアイデアを持ち、それをじっくりと追及し、タコつぼにはまらないように広い視野で研究を進めることが重要です。実験を行っている研究者の方々とのちょっとした刺激が新しいアイデアにつながることもあります。」 今回の研究がきっかけとなり、理論センターと実験グループが共同して、高強度レーザーをつかった基礎物理学の探索についての国際会議を、今冬、開催する予定です。