アブストラクト: |
ある種のポリマーにイオン照射を行うと表面への細胞接着性が向上することが知られている。しかし、そのメカニズムについては、まだ分かっていないことが多い。イオン照射によるポリマーの改質効果は、これまでFTIRやラマン分光により精力的に行われ、照射によって形成された化学結合について知見が得られている。しかし、密度の変化に注目する研究はほとんど行われていない。
本研究では、ポリ乳酸のヘリウムイオン照射による照射部分の密度変化を、 AFM, 低速陽電子ビームと、ナノ切削・分析装置であるSAICASを用いて明らかにした。
低速陽電子ビームは、物質の空孔型欠陥の深さ方向の分布の情報を情報を与える高感度プローブである。通常、密度が既知の物質に対して、陽電子の入射エネルギーを変えて、経験式から平均侵入深さを求めて、Sパラメタ等のデータを解析する。本研究では、イオン照射によって密度が変化する様子をとらえようとするので、経験式を侵入深さから未知の密度を求める式として利用する。一方、ナノ切削・解析装置であるSAICASを用いて、照射したポリマーの機械的強度を深さの関数として測定し、イオン照射の飛程を直接求める。その結果、イオン照射部分では密度が照射前の半分以下になることがわかった。また、AFM測定では、イオン照射により、照射面が未照射面より後退して段差ができること、照射部分側面の未照射部分との界面にはギャップが観測された。
これらの結果から、イオン照射によって化学結合の切断と構成原子・分子の逸失が起こり、被照射部分がナノスケールのポーラス状となり、自由に通り抜けるようになった分子やイオンが細胞に取り込まれやすくなり、細胞が増殖しやすくなって細胞接着性が向上するのではないかと考えることができる。(以上) |