アブストラクト: |
光電子分光法は、物質の占有電子状態を調べるための最も汎用的かつ強力な手法であり、気体から固体にいたる多様な系に適用されている。その実験においては、エネルギーhνの光を物質に照射し光電効果によって放出された電子の運動エネルギーEkinを測定することによって、物質中での電子の束縛エネルギーEbが次式によって決定されている。
Eb=hν-Ekin
この式は、光電子放出過程での光電子と原子の間の運動量のやり取り、すなわち反跳が無視できることを前提としているが、最近我々はグラファイトの高エネルギー光電子分光において反跳効果を観測した。軟X線から硬X線にいたる幅広い励起エネルギーで測定したC 1s内殻スペクトルの結果から、8keV励起では反跳効果によって光電子が約0.3eVのエネルギーを原子に与え運動エネルギーの損失が生じることが明らかになった。驚いたことに無反跳線は観測されず、ピークそのものがシフトし、かつ非対称に幅が広がる。光電子反跳効果についての理論は萱沼らによって構築され、実験結果を非常に良く再現している。
光電子の反跳効果は、元素について軟X領域でも観測可能であり、その効果を考慮した解析が必須である。プローブ深さの大きい(バルク感度の高い)硬X線光電子分光法の高エネルギー分解能化(<10meV)や角度分解測定によるバンドマッピングの実現を目指した装置開発が各国で取り組まれている現在、光電子反跳効果に関する更なる研究が重要である。また光電子を介したX線と物質の相互作用という観点からも非常に興味ある現象だと考える。 |