2012年6月11日
1. Uライン
超低速ミュオンビームラインは、大強度表面ミュオンビームライン(Uライン)、および超低速ミュオン発生・輸送光学系から構成されている。Uラインを構成する機器の一つである2つの超伝導磁石形(湾曲ソレノイド磁石、および軸収束コイル系)については昨年度末に製造・検収が終了したが、軸収束系を構成するもう一つの重要部分である静電分離器については、400kV高圧電源(ニチコン受注分)と組み合わせての試験が依然として続いている(図1)。現在、納入された静電分離器本体はMLF実験棟第2実験ホールにあるUライン終端部の遮蔽体内に仮置きされ、真空排気系を強化する等の対策を講じつつ引き続き高圧印加試験を行っている。
また、超低速ビーム発生装置(高温タングステン標的および真空容器)、および超低速ビーム輸送系については、既に請負業者(日立造船、入江工研)が実施設計を終えており、今年10月末の完成・納入を目指して製作が始まっている。
2. S/Hライン
M2トンネル内機器であるSラインの四重極トリプレット電磁石(SQ456)、およびHラインの先頭大口径ソレノイド電磁石(HS1)と偏向電磁石(HB1)の製作は順調に進み、5月には工場で一旦完成した磁石を分解してMLF大型機器取扱室に搬入、現地での組み立て作業が行われ、こちらも予定通り終了した(図2)。今後、夏期シャットダウン中に設置作業が行われる予定である。
3. Dライン
昨年度末に引き続き、ミュオンビームを用いてのキッカーシステムのコミッショニングが進行している。特に、キッカーシステムの運転に伴い、周辺の電子機器に電磁ノイズが重畳し、実験計測に影響を与えることも判明した。様々な試行錯誤を行った結果、電子機器や電源のグランド(アース)の取り方を変更することで相当程度改善することが判明し、波高弁別を行うデジタル計測についてはほぼ問題は解決した。現在、半導体検出器等のアナログ計測に支障が出ないよう、さらなる改善の努力を行っている。
なお、利用者からの強い要望があり、懸案となっていた希釈冷凍機については、関係者の努力の結果冷却試験に成功し、20ミリケルビン台の最低到達温度を達成した。これにより、2012B期以降については希釈冷凍機を用いた実験課題も実施可能になる。
・2012A期ミュオン共同実験課題実施状況
当該期に採択となった17課題(うち1件は装置グループの枠内で実施)、およびプロジェクト課題(1件)は概ね順調に実施されている。4月第1週については、加速器の不調により実施予定であった2件の実験がキャンセルとなったが、以後は順調に経過し、5月末迄に8件の課題が実施された。
・2012B期ミュオン共同実験課題公募
2012B期の共同利用実験については、5月17日より公募が開始されている。前回報告したように、今期よりP型課題の申請を受け付けており、ウェブページ等の課題公募案内はそれに対応したものに変更されているが、申請書の書式変更については時間がかかることから、今回は申請者が課題名の末尾に「P型課題希望」と括弧書きで追記することで一般課題申請と区別する対応を取った。
1. J-PARC中間評価作業部会
科学技術・学術審議会の下に置かれた大強度陽子加速器施設評価作業部会が3月から5月にかけて5回にわたり開催され、J-PARC全体について前回(2008年)以来の進展状況を評価するとともに、J-PARCセンターから提案された将来計画についての議論・評定が行われた。このうち、第2回会合(4月11日)では「<個別事項の現状、成果、今後の方向等について>/1.物質・生命科学実験について」の議題の下、ミュオンについても施設整備・利用の現状、および研究成果を中心に10分間の説明が行われた。また、第4回会合(5月14日)においては、「<今後5年間のJ-PARCの展開について>」の議題の下、永宮センター長よりミュオンを含む将来計画の全体像が示され、これについての質疑応答が行われた。その際、ミュオンの将来計画の中で2つのビームラインの整備の優先順位付けについての議論が行われたことから、第5回(5月30日)には、これを承ける形で5月20日に行われた物構研ミュオン戦略会議による議論の結果(下記参照)を作業部会に報告するための機会が特に与えられた。
2. 物構研ミュオン戦略会議
平成24年度からの新執行部発足に伴い、機構としてJ-PARCをどのように進めて行くかを議論するJ-PARC研究推進会議が5月に設置され、その第1回会合(5月2日)において前項の作業部会に提示されるJ-PARCの将来計画についての議論が開始された。一方で、第4回の同部会では、ミュオンの将来計画中Sライン・Hラインを同時に進めるという提案について、優先順位付けが必要ではないかとの議論が行われた。これを承けて、物構研所長の下にあってミュオンの将来計画を策定する会議体であるミュオン戦略会議が急遽開催され、同時開催となった日本中間子科学会運営委員会とともに、作業部会からの問いかけに対してコミュニティとしてどう答えるかについての議論が行われた。その結果、従来の案に代えて、Sラインの一部を先行し、二年目からHラインの整備に着手する、という結論で出席者全員の合意が得られた。
3. 第3回ミュオン共同利用成果報告会
2011年度に実施されたミュオン共同利用実験の結果を報告し合うとともに、利用者間の情報交換を兼ねた表記会合が5月30日、東海キャンパスにて開催された(図3)。今回は、震災の影響によりJ-PARCでの実験は大幅に少なくなったものの、他施設からの好意により振替の形で実施された実験の成果、およびKEK-MSL職員が独自に海外施設で行った研究の成果も含め、13件の発表が行われた。
冒頭、施設側より2011年度の総括として震災の影響と復旧、ならびに2012年2月から再稼働し始めたDラインの状況が報告されるとともに、今後の施設整備計画、加速器の運転計画について説明が行われた。研究成果報告では、ミュオンスピン回転(μSR)測定法による磁性体、超伝導体に関する発表が7件(このうちミュオン共同利用によるものが4件)、ミュオンをプローブとした材料中の軽イオンの拡散、負ミュオンの特性X線を利用した原子物理、あるいは非破壊元素分析に関連する報告などが合わせて6件となっている。特に、MUSEの特徴である比較的高強度の低エネルギー負ミュオンを利用して、軽元素の非破壊分析を行うことを目指したテスト実験の結果は、炭素質岩石や隕石などへの応用が有望であることを示しており、今後の発展を期待させるものとなっている。
物構研ウェブページ「トピックス」:
http://imss.kek.jp/news/2012/topics/120601MUSE-report/index.html
(プログラムへのリンク:http://msl.kek.jp/result/User-report/User-report_12.html)