ミュオン科学研究系活動報告2012(10~11月)

2012年12月11日

◤ J-PARC MUSE施設整備状況

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図1:軸収束超伝導磁石系などすべてのビームライン機器を設置し、遮蔽体で覆われたUライン全景。 [拡大図(139KB)


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図2:Uライン終端部に設けられた実験エリアを区画するフェンス、およびその中に設置される超低速ビーム輸送用のビームラインコンポーネントの搬入作業の様子。 [拡大図(156KB)


1. Uライン

 7月の夏期シャットダウンとともに始まったUラインの建設は、超伝導湾曲ソレノイド磁石、軸収束超伝導磁石系、静電粒子分離器、ビームブロッカー、ビームモニターなどすべてのコンポーネントの組み立て設置が完了、真空試験、電力、冷却水などの配線・配管作業、インターロック、制御系の整備も順調に進み、ビームブロッカー部に一部不具合が見つかったものの応急措置で対処した結果、10月18日のビーム運転再開とともにUライン全体のコミッショニングが開始された(図1)。静電粒子分離器については依然として放電の問題から定格電圧に達していないものの、その他のコンポーネントについては昼夜を徹しての調整が行われた結果、従来Dラインで得られていた強度を凌ぐ表面ミュオンを取り出すことに成功し、パルス状ミュオンの世界最高強度記録を更新した。(本件については11月26日付けでプレス発表が行われた。下記URL参照)なお、コミッショニングについてはKEK外からも科研費新学術領域研究「超低速ミュオン顕微鏡」のメンバーが参加し、KEK職員と協力して装置の調整に当たった。
 一方、超低速ビーム発生装置(高温タングステン標的および真空容器)、および超低速ビーム輸送系についても予定通り製作・検収が終わり、10月末にMLF第2実験ホールへの搬入・設置作業が始まりつつある(図2)。現在、軸収束超伝導磁石系の終端部での漏れ磁場対策を進めており、これが12月末に完了した時点で本格的な設置作業に入る予定である。

http://www.kek.jp/ja/NewsRoom/Release/20121126140000/


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図3:(上)DΩ1に設置された新型陽電子検出系(上流側の6ユニット=96テレスコープ)。[拡大図(221KB)](下)コミッショニングで得られたμe崩壊スペクトル。黒がKalliope、赤が従来のフォトマル検出系からの信号。 [拡大図(131KB)


2. Dライン

 μSR分光器(DΩ1)の性能を改善・強化するために先端計測グループと共同で開発を進めてきたアバランシェフォトダイオード(APD)ベースのモジュール型陽電子検出器(ユニットあたり32チャンネル/16基のプラスチックシンチレータによるテレスコープからなる、「Kalliope」と命名)12台については、先に報告した6台の電源系統の不具合の改修、DΩ1への実装も無事終わり、10月18日からのビーム運転開と同時にフルセットでのコミッショニングが開始された。その結果、主としてアナログ信号処理系の持つ比較的長い時定数によりダブルパルス分解能が予想より低め(〜70ns)であるものの、APDへのバイアス電圧を最適化することで、現状270 kWの陽子ビーム出力の下で従来の光電子増倍管による検出系と同等以上の性能を発揮することが確認された(図3)。 11月末の実験からは新旧合わせた検出系によるデータ収集が行われており、これによってDΩ1の陽電子検出効率は従来の2倍を超え、データ収集に要する時間も半分以下に短縮されている。
 Kalliopeは、オンボードでプラスチック新チレータ+ADPによる陽電子の検出からアナログ信号処理とデジタル化・時間計測、さらに高速イーサネット(SiTCP)によるデータ転送を行うという点で、従来の素粒子・原子核実験における計測システムの概念を一新するものである。これにより、今後整備予定のすべてのμSR分光器にこの高機能性とコンパクトさを両立したKalliopeが投入され、データ収集の飛躍的な効率化が図られる予定である。

◤ 大学共同利用

・共同利用実験実施状況

 6月末をもって夏期シャットダウンに入ったJ-PARCは、予定通り10月半ばに運転を再開し、MLFでは前期の約2-2.5倍である220-270 kWでのビーム供給が開始されている。2012A期の終了である11月半ばまでに三件の共同利用実験が実施されるとともに、11月下旬からは2012B期ビームタイムがスタートしており、今までのところ順調に共同利用実験が実施されている。既に終了した実験も含め、3月末までに21件の一般課題、および1件のプロジェ クト課題が実施される予定である。


・2013A期ミュオン共同利用実験公募

 2013A期の一般課題が10月17日〜11月7日の期間で公募され、ミュオンD1/D2装置については26件の応募があった。ビームタイム要求総日数も131日と、2012B期(25件、138日)に引き続いて高い水準が続いている。一方で、2013年には8月から6ヶ月の長期シャットダウンが予定されており、一般課題に利用可能な時間はおそらく50〜60日程度(装置グループ利用、プロジェクト利用、および緊急課題枠を差 し引いた日数)と、2012Bと同程度と予想される。これは要求日数の半分以下であり、ビームタイムの不足が2012B期にひき続き深刻な状況となっている。これらの一般課題については、現在レフェリーによる評点が進行中で、1月28日に開催されるMLFミュオン課題審査部会(同分科会)で審査され、優先順位に従ってビームタイム配分が決まる予定である。
 なお、S型課題についても10月1日〜11月30日の期間で公募が行われ、2件の新規課題、および2件の継続(二次審査)課題の応募が会った。前者については来年1月21日の物構研ミュオン共同利用課題審査委員会(PAC)で、後者については12月26日の実験技術評価分科会(物構研・MLF合同)でヒアリングによる審査・評価が行われる予定となっている。

◤ イベント・会議

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図4:第4回MLFシンポジウムの会場風景。 [拡大図(172KB)


第4回JPARC/MLFシンポジウム

 表記会議が10月10日〜11日に日本未来科学館を会場にして開催された(図4)。初日冒頭では、新井MLFディビジョン長、文部科学省から来賓として出席いただいた原 克彦量子放射線研究推進長、 さらに今年7月よりJ-PARCセンター長に就任した池田 裕二郎氏より挨拶を頂いた後、MLFの施設整備状況が報告され、引き続き物質材料研究機構の宝野和博氏による特別講演が行われた。
 午後からは、中性子散乱によって明らかになった磁性の新たな側面に関する研究や、現在ビームライン建設が進められている超低速ミュオンによるサイエンスの展望についての発表があり、 その後、ソフトマター、物性、環境・エネルギーの3セッションで発表が行われた。2日目には、考古学や材料科学への応用として、貴重な試料の非破壊分析や金属の残留応力測定などの講演があり、 その後は、茨城県の所有するビームラインによる成果発表会とMLFビームラインによる物性に関する研究、装置開発に関する発表が行われた。
また、ポスターセッションでは、約80件の発表と企業による展示があり、活発な議論が行われた。  シンポジウムの最後では、MLFに対するユーザーからの要望・提案を受けるセッションが設けられ、施設運営側との意見交換が行われた。


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