2013年01月29日
1. Uライン
Uライン下流では、超低速ミュオン発生装置の整備が急ピッチで進んでいる。本装置では、ミュオン生成標的からUラインを経由して引き出された大強度の低速ミュオン(〜4 MeV)を、超高真空中で高温(〜2000 K)に熱したタングステン箔に照射する。するとタングステン表面から真空中に熱エネルギーのミュオニウム (Mu:μ+e-)が放出されるので、これから電子を解離(ミュオニウムをイオン化)するためにパルス状レーザー(1s-2p-非束縛状態に相当するエネルギー)を照射する。結果として、高輝度の超低速μ+が得られ、後段の超低速ビーム輸送光学系へと静電加速で導かれる。図1は、高温タングステン箔を格納し、レーザーを導入するためのMuチャンバーで、Uライン終端部でアラインメントされ、図2の写真中に見える所定の場所に仮設置されている写真である。
これらの超低速ミュオン発生装置は新学術領域「超低速ミュオン顕微鏡」(代表:鳥養映子)の主要な実験装置の一つとして設計・製作が進められており、既に、前述の「Muチャンバー」に加え、共鳴イオン化されて生成される超低速ミュオンを30keVに加速し、実験エリアまで輸送する「超低速ミュオンビーム輸送系」も納入されている。なお、これら装置の本格設置に関しては、Uラインのコミッショニングが一段落した後を考えており、2013年1月末〜2月を予定している。
・共同利用実験実施状況
MLFは年末年始の停止を挟んで順調に稼働しており、2012B期の共同利用実験が順次実施されている。既に終了した実験も含め、3月末までに21件の一般課題、および1件のプロジェ クト課題が実施される予定である。
・2013期ミュオン共同利用S型課題審査
S型課題については10月1日〜11月30日の期間で公募が行われ、Hラインでの実験として提案されている2件の二次採択留保課題(2011MS01、2011MS03)、およびSラインを想定した2件の新規課題(2013MS01、2013MS02)の応募があった(表1参照)。このうち前者については、昨年12月26日に実験技術評価分科会(物構研・MLF合同)でヒアリングによる評価が行われた結果、いずれの課題についてもまだ技術的な課題が残っているとの結論に至った。
引き続き1月21日に開催された物構研ミュオン共同利用課題審査委員会(PAC)では、上記の実験技術評価分科会からの評価報告に基づく留保課題の審査、および実験課題責任者からのヒアリングによる新規課題2件の審査が行われた。その結果、前者についてはいずれの課題についても二次採択を引き続き留保するとの結論を得た。
また、新規課題については、審査の結果2件ともに提案された実験の技術的な評価が不十分であることから、これらを二段階で審査することとし、2013MS01については一次採択、2013MS02については条件付き一次採択とすることに決した。なお、一次審査では提案された研究課題の学問上の価値、および研究手段の適格性を審査するものであるが、2013MS02については学問上の価値をより鮮明にするための具体的な研究対象を提示することが採択の条件とされた。
No. | Title | Spokesperson | Status |
---|---|---|---|
2011MS01 | Precision measurement of muonium hyperfine structure and muon magnetic moment | K. Shimomura (KEK-IMSS) |
Approved (1st stage) |
2011MS02 | μSR study on the metal-insulator transition of supercritical metals | A. Koda (KEK-IMSS) |
Approved (1st stage) |
2011MS03 | Search for muon-electron conversion utilizing pulsed proton beam from RCS (Rapid-Cycle Synchrotron) | M. Aoki (Osaka U.) |
Approved (1st stage) |
2011MS04 | Frontiers of research on condensed matter, life science, and particle physics explored by ultraslow muon microscope | E. Torikai (Yamanashi U.) |
Approved (2nd stage) |
2011MS05 | Basic study for the establishment of slow negative muon beam | N. Kawamura (KEK-IMSS) |
Approved (1st stage) |
2011MS06 | Precision measurements of anomalous muon magnetic moment | N. Saito (KEK-IPN) |
Approved (1st stage) |
2013MS01 | Development of general-purpose μSR spectrometer with semiconductor-based optical detectors and measurement of New Element Strategy samples with new functions | K. M. Kojima (KEK-IMSS) |
Approved (1st stage) |
2013MS02 | Study of superconductivity on the strongly correlated electron system probed by μSR experiments under high magnetic fields | A. Koda (KEK-IMSS) |
Approved (1st stage*) |
・2013期ミュオン共同利用S型課題審査
2013A期の一般課題については、1月28日午前に開催された物構研PAC・MLFミュオン課題審査部会合同の分科会(Q1、Q2分科)で審査され、レフェリーからのコメント・評点を確認しながら分科会としての最終的な評点による順位付けと採否の判定が行なわれた。
同日午後に開かれたMLFミュオン課題審査部会では、2013A期での運転日数88日に対し、装置グループ利用を14日、プロジェクト利用を10日とする施設側からの提案が行われるとともに、各分科会から持ち寄られた一般課題の審査結果が報告され、これらに基づき今期の課題採択についての基本方針が議論された。
その結果、まず評点が3.0以上の課題については採択相当とし、前回と同じく出来るだけ多くのユーザーが実験の機会を与えられるよう、個々の課題に割り当てられるビームタイムを事前の技術的評価に基づいた日数からさらに削減することが合意され、各課題に対して評点に従った優先順位でビームタイムが傾斜配分された。また、課題の要求するビームタイム日数と運転日数との落差が大きいことから、当初提案より装置グループ利用を2日、プロジェクト利用を1日削減して一般課題の利用日数を67日とし、これを各課題に割り当てることとした。その結果、26件の課題中24件が採択、2件が不採択となった。
・「元素戦略」への対応
物構研ミュオンPAC、およびMLFミュオン課題審査部会では、「元素戦略」等の国家的課題解決型研究プロジェクトへの対応について、施設側としてどのような可能性があるか、またそれと一般課題の関係をどのように考えるかについて意見交換が行われ、大学共同利用としての位置づけも考慮しつつ今後とも議論を続けることで合意された。
1. CMRC研究会「ARPES,中性子散乱,μSRを用いた強相関系研究の最近の発展」
表記会議が2012年12月6日〜7日にKEKつくばキャンパスを会場にして開催された。初日冒頭、村上構造物性研究センター長より開催の趣旨説明の後、銅酸化物・鉄系超伝導物質、および強相関酸化物についてのセッションが設けられ、同一物質系に対して得られた様々な情報について、μSRも含む3つのプローブの専門家が一堂に会して相互理解や議論を深める場となった。2日目は、マルチフェロイック系についての放射光・光電子分光、さらにトポロジカル物質についてのARPESによる研究結果と理論との関係を議論するセッションが設けられた。
2. MLFスクール2012
中性子・ミュオン合同による表記講習会が、2012年12月18日〜21日と東海キャンパスで開催された。ミュオンが参加しての初めての講習会であったものの、μSR実習の事前の人気は高く(第一希望者9名)、最終的に当初の受け入れ予定の3名を超える5名を受け入れて実習を行った。これにより、実習生は全体で24名となったが、その内訳は学生が9名、研究者が15名(うち企業から6名)となっている。
初日は「入校式」、記念撮影(図3)と放射線安全教育、歓迎会が行われ、2日目午前に講義で一通りの予備知識が与えられた後、午後からは各ビームラインでのビームを用いた実習実験が始まり、翌20日の終わりまでデータ取得と解析等が行われた。最終日午前には、各実習チームから実験結果の報告会が行われたが、いずれの発表もレベルの高いもので、受講生の熱心さが強く印象に残る講習会となった。
3. RCNP/KEK-Muon科学ワークショップ
阪大核物理研究センター(RCNP)では、現在サイクロトロンで加速可能な200MeVの陽子ビームを用い、ミュオンを比較的大強度で取り出す実験プロジェクト(MUSIC)が阪大を中心とした研究グループによって進められており、将来的にはこれを物性分野でも利用する可能性が検討されている。特に、ミュオンを生成標的から大立体角で捕獲・輸送するビームラインの概念はJ-PARCのUラインとも共通点が多いことから、ミュオンの発生とその利用に関心を持つ阪大・KEK周辺の幅広い分野の研究者が集まり、ビームライン開発を軸に表記のような研究会が1月6日〜8日にKEKつくばキャンパス(小林ホール)で行われた。
ワークショップで提供された話題は素粒子・原子核物理から関連するビーム加速、低温技術、さらには非破壊元素分析と多岐に渡り、ミュオン利用の多彩な側面を俯瞰するよい機会となった。また、物性利用においてもサイクロトロンをベースにした直流ミュオンビームへの関心は高く、J-PARCで供されているパルス状ミュオン利用とも相補的な役割を担うことから、これが日本国内で利用できる可能性について参加者から期待する声が聞かれた。