2013年08月14日
1. Uライン
Uライン下流では、超低速ミュオンビーム発生に向けて静電光学系の設置およびミュオニウム共鳴イオン化用大強度レーザーの調整がほぼ順調に進んでいたが、5月23日に発生したハドロンホール事故により陽子加速器の運転が無期限に停止されるとともに、物質生命科学実験棟での立ち入りも暫時制限される事態となり、設置作業は中断を余儀なくされている(図1)。この事態を承けて、レーザーシステムについては一旦理研に移送し、本来のシステム構成で12月までに最終調整まで終えた後に再度J-PARCに持ち込むことになった。その他の機器設置については、ハドロン事故に対応するための安全対策等に一定の目処がついた段階で、第三者委員会等の意見も参考にしつつJ-PARCセンター全体として作業の再開の可否が判断されることになる。
2. Sライン
H24年度補正予算により措置されたSラインの第1分岐までの建設準備は引き続き順調に進んでいる。このうち大型案件である電源ヤード、キャットウォーク、コンクリート遮蔽体についてはそれぞれ落札業者が決まるとともに、工事に向けた最終的な打ち合せが行われており、今のところハドロンホール事故の直接的な影響は出ていない。しかしながら、今年度内に行われる予定のSラインの設置工事自体は放射線発生装置変更申請の対象となっていることから、今後の事故対応の展開次第ではスケジュールに影響が出る可能性がある。
3. Dライン
Dラインでは、平成23年度震災復旧補正予算によりビームライン全体を更新する計画が進んでおり、予算執行期限が近づく中急ピッチで超伝導ソレノイドをはじめビームライン機器の設計・入札発注作業が進められている。(現時点では超伝導ソレノイドの落札業者が決まっており、製作仕様について最終的な詰めの作業が進んでいる。)なお、今年度の作業としては、このソレノイドも含め更新のための機器の製作が主なもので、実際の更新設置作業は来年夏のシャットダウン以降となる予定であるため、今のところハドロンホール事故の影響はないと予想されている。
一方、DΩ1分光器を全面的更新する計画については、新型検出器Kalliopeを用いた高密度陽電子検出系の準備が順調に進んでおり、事故前に予定されていた2013B期に新しい分光器を登場させる計画であったが、ビーム再開の時期も絡んで現時点では物質生命科学実験棟内での作業予定が立たないため、実際の投入時期についてはやや流動的となっている。
4. ハドロンホール事故を承けたミュオン施設の安全点検、および安全強化に向けた取り組み
物質生命科学ディビジョンでは、ハドロンホール事故を承けてMLF施設全体の安全性についての総点検を行っており、ミュオン実験施設についてもミュオン生成標的についての最大事故想定の見直しと事故発生時の対応等を検討するとともに、陽子ビームライントンネルと二次ビームラインの間にある第1-2種管理区域の隔壁の二重化や扉の気密性の担保といった安全強化策を講じる予定である。また、今期シャットダウン中に導入を計画しているミュオン生成回転標的についても、J-PARCセンター(ミュオンアドバイザリー委)の下に設置された第三者委員会による厳正な外部評価を8月末に行うことを計画しており、導入についての最終判断はこの第三者委員会の意見を踏まえて行われることになる。
さらに、現行のミュオン生成標的、二次ビームライン(DおよびUライン)についても、MLF全体の中で緊急時の連絡体制、運転マニュアルの整備等が行われつつあり、前述の最大事故想定をも考慮した安全体制の構築に向けて作業を進めている。
・共同利用実験実施状況
前節にもあるように、ハドロンホール事故の発生に伴い5月24日深夜以降J-PARC加速器の運転は全面停止となっており、7月末まで予定されていた共同利用実験15課題が未了のままキャンセルとなった。なお、これらの課題については従前の申し合わせに従い、2013B期への有効期限延長等の持ち越し措置は取らないことになっている。
・2013B期一般課題公募
当期募集については、ハドロンホール事故による未実施課題の再申請を想定して募集期間を延長し、7月8日まで受け付けることとした。その結果、MLF全体で250件近い課題申請があり、ミュオン共同利用実験についても32件という過去最多数の課題を受理した。一方で、事故前に予定されていたビームタイムが来年2月からの2ヶ月間であることから、仮に予定通り施設が稼働したとしてもビームタイムの大幅な不足は避けられない状況となっている。これらの課題については、現在レフェリーによる評価作業が行われており、その結果を承けて10月7日に開催されるミュオン課題審査部会・分科会で審査が行われる予定である。
・第4回ミュオン共同利用成果報告会
2012年度に実施されたミュオン共同利用実験の結果を報告し合うとともに、利用者間の情報交換を兼ねた表記会合が6月6日、東海キャンパスにて開催された(図2)。震災の影響を受けた前回とは異なり、今回は1年間フル稼働したJ-PARC MUSEで実施された32件の一般課題、および1件のプロジェクト課題から得られた成果についての発表が行われた。
開会に際し、施設側からは直前に起きたハドロン実験施設における事故、およびそれに伴うJ-PARC全体の運転停止により共同利用に支障が出ていることについてのおわびと現況報告がなされた。 次いで、施設報告として建設中の超低速ミュオンビームラインの進捗状況、Dラインでの希釈冷凍機など試料環境の整備、 従来より格段に高性能化した新型検出器Kalliopeの導入など、関連する機器の整備や技術開発の現状が報告された。
成果報告会最初のセッションでは、計画中のHラインで提案されているミュオンの異常磁気モーメント("g-2")を精密に測定するための検出器開発、 超低速ミュオンのエネルギーの広がりをさらに改善するミュオニウム発生標的の開発など、ミュオンビームを用いた技術的な開発研究に関する成果を中心に発表が行われた。
ミュオンを利用した材料科学研究のセッションでは、負ミュオンによる非破壊元素分析の高度化、特に微小試料を想定したテスト実験の結果などが報告された。 また、水素同位体としてのミュオン・ミュオニウム分光的な研究では、水素吸蔵物質での水素のダイナミクス、リチウムイオン電池中のリチウム拡散の様子など、「動き」の観測から材料評価を行う研究成果も報告された。 その他、銅酸化物超伝導体や希土類磁性体などの物性研究、さらにはガス中に負ミュオンを照射してできるミュオン原子の形成起源を探る研究など、報告件数が全21件と過去最大の報告会となった。
物構研ウェブページ「トピックス」:
http://imss.kek.jp/news/2013/topics/0611muse-repo/index.html
プログラムへのリンク:
http://msl.kek.jp/result/User-report/User-report_13.html