2013年12月05日
1. Uライン
10月に入りMLF実験棟での工事・作業が本格化している。Uラインでは、一部不具合があったビームライン機器の改修が行われており、下流側でも超低速ミュオンビーム発生装置の一部をなす静電光学系やμSR分光器の設置作業が進んでいる(図1)。タングステンモデレータの加熱試験等も始まっており、加熱中にタングステンから自然に放出される軽イオン(水素、リチウム等)を用いて静電光学系の調整を行う準備も進行中である。μSR分光器に装備するKalliope検出器群も完成・納入され、単体でのテストが始まりっている。ミュオニウム共鳴イオン化用大強度レーザーシステムについては、理研での調整が終盤を迎えており、当初の予定より遅れ気味であるものの、12月には最終段の増幅器(メインアンプ)の調整が始まる予定である。
2. Sライン
H24年度補正予算により措置されたSラインの第1分岐までの建設については、この二ヶ月の間に電源ヤードの工事が進んみ、ほぼ完成に近づきつつある(図2)。当初、天井クレーンの取り合いが設置作業のの大きな障害となっていたが、本工事専用にクレーン搭載(ユニック)車を導入することによりほぼ解決し、遅れていた工程を取り戻しつつある。
一方、ビームライン機器についても、キッカー電磁石も含めて主要な機器の仕様策定・入札が進んでいるが、ハドロン事故の影響等もあり、これらの機器の年度内の納入は確保されるものの、当初予定していた設置作業まで行うことができるかどうかは不透明な状況になっている。
また、安全重視の観点から、実験ホールでの工事・作業に正規職員による常時監督・監視が必要とされたことから、そのための職員の確保が問題になっている。限られた数のミュオン職員のみでは対応が困難であり、中性子利用セクションからの応援を得てようやく凌ぐ、という綱渡りの状況が続いている。
3. Dライン
Dラインでは、震災補正予算で超伝導ソレノイドを含むビームライン機器、およびDΩ1分光器の更新計画が進んでいる。前者については請負業者が決まり、技術的な詳細設計に入っている。
D1エリアでは、DΩ1分光器を覆っていた希釈冷凍機用の大型架台が撤去され、当座の実験装置としてJAEAの資金で導入された分光器用電磁石がD1エリアに設置された(図3)。この電磁石に組み込まれる検出器もKalliopeによる高密度陽電子検出系となる予定で、現在製作が急ピッチで進められている。今のところ2013B期開始と同時にコミッショニングを行い、問題がなければそのまま共同利用実験に供される予定である。また、希釈冷凍機を更新する計画も進んでおり、冷凍機本体は12月中に納入される予定である。ただし、第2実験ホールは極めて混雑しており、納入検収は第1実験ホールで行わざるを得ない状況となっている。また、まずは分光器のコミッショニングを優先する必要から、新希釈冷凍機の導入は2014A期まで延期することになった。
なお、震災補正予算によるDΩ1分光器の更新措置の一環として調達中の分光器用電磁石(超伝導磁石、最高磁場5テスラ)については予定通り10月末に納入され、D2エリアに仮置きの状態で無事検収が完了した(図4)。現在、この磁石に取り付ける陽電子検出器系の概念設計とシミュレーションが行われており、年度末までに詳細仕様を固めて入札・契約発注が行われる予定である。
4. ミュオン回転標的
9月に行われた回転標的レビューについては、10月末日にレビュー委員会の東北大・栗下委員長より最終答申が提示され、いくつかの宿題事項はあるものの基本的に現在のデザインで実機導入を目指すことが了承された。一方、ハドロン事故を承けての諸々の工事・作業の遅延、マンパワーの不足等の状況を踏まえて内部で慎重に検討を行った結果、今期シャットダウン中に回転標的を導入することは見送ることとし、来年の夏期シャットダウン中に導入することとなった。従って、現在使用中の固定標的をさらに半年使用し続けることになるが、既に想定寿命に近づきつつあると考えられることから、今後その健全性をどのように確認しながら運転するかについて、現在技術的な検討が行われている。
5. 安全対策
ハドロン事故を承けて、陽子ビームラインを擁するM1・M2エリアと実験ホールの間の気密をより確実なものにするための改修工事が行われており、D、U、S、H各ラインの上流部が隔壁にかかる部分について、まず現況での気密強化のために充填材を補強する作業が進んでいる。また、基本的に二重の気密が担保されるよう、構造上の改造も予定されている。
なお、11月15日には、「MLF実験室建屋内のホットセルにおいて水銀漏洩が発生した」という事故想定の下に非常事態総合訓練が行われ、ミュオン職員の一部も参加して実践的な訓練が行われた。この訓練では、ハドロン事故を承けて新たに設けられた「注意体制」を設定し、現場での状況確認、判断により事故体制に移行するといった新しい緊急時の手順に従って進められ、MLFの制御室に事故現場指揮所、原子力科学研究所の安全管理棟に事故対策本部が設置されて時々刻々と情報のやり取りが行われた。訓練の様子は、茨城県や周辺自治体関係者にも公開され、プレスによる取材も行われた。
・2013B期一般課題
D1/D2実験装置の2013B期課題については、10月7日に開催されたMLFミュオン課題審査部会・分科会で審査が行われた。2013B期のビームタイムについては不確定な要素が大きいものの、この時点での前提として38.5日を想定し、これから装置グループ利用、およびプロジェクト利用の時間を差し引いた20.5日が一般課題の利用に供されることが確認された。この限られた時間について、評点に基づいて不採択となった1課題を除く31課題に対してどのように割り当てるかが議論された結果、できるだけ多くの課題に実験の機会を与えるという方針の下、一課題に認めるビームタイムを最長2日とすることが合意され、評点による優先順位に従い上位10課題を採択、残り21課題を補欠採択とすることなった。ただし、6月末〜7月初頭の課題公募時点で2013B期に導入が予定されていた新しい希釈冷凍機については、その後の情勢変化(ハドロン事故による諸々の工事・作業の遅れ)により、2013B期の開始には間に合わないと判断されるに至ったことから、希釈冷凍機を前提とした実験課題4件についても今回は不採択とし、当該課題の実験責任者には審査結果を通知する際に事情を説明することとした。
上記の審査結果については、10月28日に開催されたMLF施設利用委員会の席上で小池洋二部会長から報告、了承された。この際、マシンタイムが高い競争率の下で配分されていることを考慮し、施設側としても2013B/2014Aの区切りを変更する等、柔軟な対応により38.5日の利用時間を確保するべきことが確認された。
・2014A期一般課題
2014A期の一般課題公募については10月16日〜11月7日に行われ、D1/D2装置については2013B期と同じく32件の応募があった。マシンタイムの要求日数も総計150日となり、半期で利用可能な88日の2倍近い日数に達している。これらについては、今後装置責任者による技術審査、および安全審査が行われるとともに、レフェリーによる評価にかけられた後、来年1月21日に行われるMLFミュオン課題審査部会・分科会で採否について審査が行われる予定である。
・2014期S型課題
物構研ミュオン共同利用S型課題の公募が10月1日〜11月29日に行われ、新規課題が2件、第二段審査希望課題が4件、継続課題が1件、計7件の応募があった。これらのうち、第二段審査希望課題については12月26日に予定されているMLFミュオン装置部会・実験技術評価分科会でヒアリングによる審査が予定されている。その他の課題については来年1月27日に予定されている物構研ミュオンPACで書面による審査が行われる予定である。
・KEK-TRIUMFシンポジウム
10月10日(木)、11日(金)の二日間にわたり、カナダ・バンクーバーのTRIUMF研究所において、KEK-TRIUMFシンポジウムが開催された。これは、両研究所の研究協力を深めるために2009年から開催されているもので、日本とカナダからおよそ60名の研究者が参加を得て開催され,ミュオン科学研究系からも門野・三宅の2名が参加した。
講演の中では、鈴木機構長からILC計画を念頭に多国籍参画ラボのアイデアについて紹介が行われ、岡田理事からは両研究機関の協力体制の現状と将来への展望が語られた。研究者による発表では、両研究所が運営するそれぞれの加速器による素粒子・原子核物理、物質科学、加速器科学、装置開発などの分野で互いの成果報告と意見の交換が行われ、ミュオン関連ではTRIUMF側の関心が高い超低速ミュオンビーム開発の現状について三宅氏から紹介が行われた。さらに、二日目のグループごとの会合では、日本の研究者がTRIUMFでのミュオンビームへのアクセスをより容易にする方策や、高放射線場下で使用するビームライン機器の開発等での協力の可能性が議論された。
なお、今回のシンポジウムに合わせ、KEK-TRIUMF間の協定の5年間延長を記念して公開署名式が執り行われている(図5)。次回シンポジウムは、2015年秋に日本で開催される予定である。