2014年04月01日
1. Uライン
前回に報告した超伝導湾曲ソレノイドのトラブル(超伝導コイル先端部の冷却不足)については、主要な原因として運転停止後に徐々に劣化した真空中で長期間冷温状態にあった機器が大量のガス・水分等を吸着したことによると考えられ、それらを乾燥窒素ガスによるパージ作業により除去することで解決したと思われていたが、その後ビーム供給運転に向けて冷却作業を行ったところ、再び同様のトラブルに見舞われた。これは、冷却不足の原因が吸着ガス以外にもある可能性を示唆している。いずれにせよこの事態を承けて、湾曲ソレノイドの冷却は再度中止され、機器を昇温するとともに、4月7日から1週間ほど予定されているビーム停止期間に点検を行うこととなった。というわけで、超伝導湾曲ソレノイドが2014A期に運転可能かどうかは予断を許さない状況が続いている。なお、下流側の超低速ミュオンビーム発生装置の整備は順調に進んでおり、実験エリアも最終形に向けて改造が施された(図1)。
2. Sライン
第1実験ホールでは遮蔽体の設置工事が完成するとともに、引き続きS1実験エリアの整備、および電気配線・冷却水配管等の工事が順調に進んでいる(図2)。
また、ビームライン機器についても現在請負業者による製作が進行しており、年度末までに納入されるべく急ピッチで作業が進んでいる。特に、ビームキッカーシステムについては、Dラインとは異なるパルス静電場方式が採用されており、その性能が注目されるところである。
3. Dライン
D1エリアでは、Kalliope検出器を分光器磁石(JAEA先端研提供)に実装した新型分光器が稼働し始め、2月17日のビームタイム開始後1週間にわたりミュオンビームを用いたコミッショニングが行われた。その結果、とりあえず実験に支障がないレベルの計測性能が確保され、引き続き2013B期の共同利用実験が予定通り開始された。ただし、1280チャネルという多数の検出器について、特に前段のアナログ信号処理回路の電気的特性とフォトダイオードの特性のマッチングを行う作業は容易ではなく、分光器の調整作業についてはその後も数度にわたって装置グループ利用のマシンタイムを用いて続けられている。また、ビーム停止期間中に若干の改造を施されたビームキッカー電磁石からは、再び電磁ノイズが引き起こされることが判明し、キッカー電磁石の運用を当座は見合わせるとともにノイズ対策に当たっている。
4. ミュオン回転標的
2月13日より陽子ビーム照射運転を再開し、17日よりミュオンビーム供用運転を開始した。インターロック系を強化した新制御系によって運転状態の監視を行いながら、ミュオン固定標的によって安定な300kW運転を継続している。米国およびJ-PARCの大強度中性子源ワークショップ "SNS-JSNS Meeting"(2/17-21@東海)、MuSAC/MAC2013(2/27-28@東海)、物構研サイエンスフェスタMLFシンポジウム(3/17-19@つくば)においてミュオン標的関連の報告を行った。
回転標的用軸受の二硫化タングステン固体潤滑材の原研高崎研における電子ビーム照射試験を完了した(図3)。引き続き、加熱回転耐久試験を実施する。使用済みミュオン標的を切断し減容するための長期保管容器、切断用標的摸擬体が完成し(図3)、J-PARC/MLF内に納入された。2014年夏期シャットダウンにホットセルにおける遠隔操作コミッショニングを実施する計画である。
S型課題2011MS03(代表;大阪大、青木氏)におけるSiC回転標的を科研費、基盤(S)の分担金で製作し、J-PARC/MLF内に納入された(図3)。引き続き、回転試験、加熱試験、解析を経て、導入の妥当性を確認する。室蘭工業大学オアシスグループ(香山氏、神田氏)とのSiC複合材料の開発を継続している。
・S2型課題の導入について
先のS型課題公募において既存装置(D1エリア分光器)の長期利用計画を必要とする課題が申請され、さらに物構研で計画されている「マルチプローブ課題」に対応する必要があることから、「既存装置の長期利用計画を必要とする課題(プロジェクト型)」の導入が物構研ミュオンPACにおいて提案・議論され、大筋で了承された。これを承けて、施設側で具体的なS2型課題の定義・募集要項案を策定し、書面審議にてミュオンPACに諮った結果、賛成多数により2月25日付けで承認された。これを承けて、2014B期の共同利用課題公募に向けての事務的準備が進められる予定である。
・ミュオン科学諮問委員会(MuSAC)・ミュオン諮問委員会(MAC)
物構研ミュオン科学諮問委員会Muon Science Advisory Committee (MuSAC、第12回)兼J-PARCセミュオン諮問委員会(Muon Advisory Committee, MAC)が2月27日,28日と2日間にわたりKEK東海キャンパスで開催された。MuSACでは、物質構造科学研究所長からの諮問を受けてミュオン科学研究系の研究活動、大学共同利用、施設運営などについて毎年評価するとともに、今後これらが目指すべき方向についての助言・勧告が行われる。さらに、上記を踏まえてのMUSE施設の運転・維持管理などについてはMACが助言・勧告を行うが、両委員会を同一メンバーで合同開催することで、より実効性のある諮問委員会としての役割を果たしている。今回は新たな委員構成の下で2回目の開催となり、様々な諮問内容について委員からの活発な質疑が行われた(図4)。
初日は、今回の諮問内容が山田物構研所長、および池田J-PARCセンター長からMuSAC、MACそれぞれに対して提示されるとともに、施設や装置開発を中心としたセッションが行われた。まず池田センター長からはJ-PARC全体についてレビューが行われ、特に昨年5月に発生したハドロン実験ホールでの事故とその後の対応について説明が行われた。さらに新井ディビジョン長から物質・生命科学実験施設(MLF)の現状報告が行われた後、研究主幹からMUSEとそこで行われている大学共同利用研究について現況が報告された。続いて、ミュオン生成標的開発、DラインμSR分光器の高度化、Uラインとその下流にある超低速ミュオンビーム発生装置の建設を中心に、この1年間の進展についての報告がなされた。また、昨年度補正予算で一部の建設が始まったSラインの進捗状況、およびHラインの検討状況が報告された。
二日目はMUSEでの研究活動を中心に審査評価が行われ、今年度に新規応募のあったS型課題2件、一次採択段階のS型課題2件、2013年度に新たに二次採択となったS型課題2件、および現在実施中のプロジェクト型課題・S型課題各1件についての各実験課題責任者からの現状報告が行われた。
当日最後にはMuSAC/MAC委員長から答申の要約が提示されるとともに、その内容は3月10日〜11日に開催されたJ-PARC国際諮問委員会(IAC)の席で新井ディビジョン長から報告された。
なお、最終報告書はMorenzoni委員長より5月中に物構研所長宛に提出される予定である。
・物構研サイエンスフェスタ・MFLシンポジウムおよびMSLワークショップ
表記会議が2013年3月18日〜19日につくば国際会議場を会場にして開催された。「サイエンスフェスタ」は、旧物構研シンポジウム、および研究施設毎のシンポジウム・研究会など物構研関連の研究集会を一堂に会して行うイベントとして昨年に第1回が開催され、大変好評であったことから、今年度も同じ形式で2回目の開催となった。
今回は、昨年のハドロン事故により開催が延期となっていたMLFシンポジウムが「サイエンスフェスタ」の一部として同時開催された(図5)。また、 同時並行開催のミュオン利用者向け研究会としてMSLワークショップ「格子間水素同位体の位置と電子状態—酸化物を中心に」が企画され、主に酸化物中の水素同位体(ミュオンを含む)について、普段あまり交流のない強相関電子系の研究者、半導体の研究者、および理論家が参集して興味深い講演と活発な議論が行われ、40名を超える参加者で賑わった。