ミュオン科学研究系活動報告2018(9-10月)

2018年 10月

◤ J-PARC MUSE施設整備状況

1. ミュオンHライン屋外受変電ヤード工事

 現在建設中のミュオンH ラインは高統計を要する基礎物理実験や透過型ミュオン顕微鏡などの実験が計画されている大強度ミュオンビームラインである。ビームラインに必要とされる電力は約5MW に達し、MLF 既存の受電設備では賄えないため、MLF 第一実験ホール搬入口のそばに屋外受電ヤードを建設中である(図1)。
 2018年9月現在、受変電ヤード架台の建築工事が進行中であり、9月末の基礎コンクリート打設に向け、基礎配筋などが行われている(図2)


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  図1:Hライン屋外受電ヤードの位置 [拡大図(975KB)

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    図2:屋外受電ヤード基礎工事の現状 [拡大図(508KB)

 

2. ミュオン標的

 2018 年夏期長期シャットダウン期間の作業を継続している。大気中のモーターから真空中への回転軸に対する回転伝達は磁気による回転導入機を採用しており、二年に一度、定期的に交換を行っている。今回の長期シャットダウン期間に回転導入機を交換したところ、真空中の回転シャフトと回転導入機をつなぐカップリングが破損していることを発見した。トリチウムによる汚染が高まっているため、慎重な対策のもと破損したカップリングを、強度の高いカップリングに交換してビーム運転再開に向けた準備を行っている(図3,4)。原因と対策に関して議論を行う安全検討会を開催する予定である。

 

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  図3:カップリングの取り付けられた回転導入機 [拡大図(467KB)

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    図4:破損したカップリング [拡大図(356KB)

3. Dライン成果

MgH2中の水素の揺らぎを負ミュオンスピン回転法で検出
   -世界最高計数速度の負ミュオンビームで長年の夢が実現-

 株式会社 豊田中央研究所(豊田中研)の杉山 純 主監は、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所のミュオン科学研究系・国立研究開発法人 日本原子力研究開発機構(JAEA)先端基礎研究センターの髭本 亘 研究主幹・大阪大学の二宮 和彦 助教・国際基督教大学の久保 謙哉 教授と共同で、負ミュオン(μ-)が物質中では水素以外の原子核に捕獲されて動かないことに注目し、負ミュオンスピン回転緩和(μ-SR)測定により、水素化合物中の水素の作る微小な磁場とその揺らぎの観測に世界で初めて成功した。>br>  水素化合物に入射された負ミュオンは水素以外の重い原子核に捕獲され、動かなくなる。言わば固定点から、水素の作る微小な磁場を観測できる(図5)。この磁場は水素の運動に伴って揺らぐので、揺らぎの観測から水素の運動挙動を正確に知ることができるとはずである。微小な磁場の観測には高統計測定が必要だが、 従来は負ミュオンビームの強度が弱くて、有意な時間内に測定を終えることができなかった。
 J-PARCで、高集積陽電子検出器システムを用いて測定した水素化マグネシウム(MgH2)粉末の負ミュオンスピン回転緩和(μ-SR)スペクトルの時間ヒストグラムを、図6に示す。これは5つの異なる寿命の粒子の崩壊過程に分解される。ミュオンの固定から6マイクロ秒までは、Mgに捕獲された負ミュオンからの信号が支配的です。しかし試料周辺の鉛、炭素、酸素に捕獲された負ミュオンの崩壊信号や長寿命の中性子の信号も僅かに含まれている。
 これらの信号からMgに捕獲された負ミュオンの信号を抽出したμ-SR非対称性スペクトルを解析すると、負ミュオンの感じる磁場は、Mg位置に水素の作る磁場分布幅の計算予測とほぼ一致したまた室温でも磁場は僅かに揺らいでいて、水素が少し動いていることも分かった。
 本成果は、J-PARCで開発された大強度負ミュオンビームと高集積陽電子検出器システムの組み合わせ(図7)、適切な測定材料の選択により得られた。このことによりμ-SRは、エネルギー関連材料中で重要な水素や軽元素の状態や運動を調べるのに重要な道具となることが実証された。微小な磁場をμ-SRで観測できるのは世界でもJ-PARCのみなので、国内外のユーザーによりμ-SRの世界がさらに深化・発展していくことが期待される。
 なお、この研究成果は、米国のPhysical Review Letters 誌にEditors'Suggestion, Featured in Physicsとして8月1日掲載された。

参考図

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図5:水素化マグネシウムに打ち込まれた負ミュオンは、Mg原子に捕獲され、外側の軌道から内側の軌道に落ちる。負ミュオンは最も内側の軌道、つまりほぼMg原子核の位置で、周囲の水素原子核が持つ磁石の作るランダムな磁場を感じる。 [拡大図(111KB)

 

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図6:MgH2試料の(a)上流側(前方)と(b)下流側(後方)のカウンタの時間ヒストグラム。Mg以外に周囲の鉛、炭素、酸素に捕獲された負ミュオンの崩壊信号と中性子の信号も僅かに含まれる。しかしMgに捕獲された負ミュオンからの信号(赤線)が、短い時間領域では支配的である。各カウンタは1024素子の検出器で構成されている。 [拡大図(254KB)

 

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図7:MgH2 試料のμ-SR 非対称性スペクトル。零磁場と縦磁場(ミュオンの磁針に平行な磁場)測定の結果は、単純な久保-鳥谷部の式で説明される(実線)。見積もった磁場の大きさは6.11Gで計算予測(6.82G)とほぼ同等である。 [拡大図(238KB)

 

4. ミュオンDライン・セパレータ用新電源のインストール

 D ラインのセパレータでは外部放電が頻発するため、上限電圧を170kV に制限している。このため、ミュオンビーム中にコンタミする電子/陽電子を十分に切り分けられない状況である。電源等をU ラインやS ラインで実績のある物に交換することにより、250kV 程度まで印加可能とする。このための新電源のインストールを行った。

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図8:新しくインストールされたセパレータ電源 [拡大図(496KB)

 

5. ミュオンDライン・グラファイト製ミュオンストッパーのインストール

 近年のJ-PARC のパワー上昇に伴い、高運動量の負ミュオンビーム使用時にビームライン周辺の中性子線量が上昇し、測定等への影響がでている。このため、現在D ラインの負ミュオンの運動量は、上限35 MeV/c に制限されている。原因は負ミュオンの核捕獲による中性子線であるため、分光電磁石(DB2)により切り捨てられる負ミュオンを捕獲率の低い軽元素(グラファイト)に停止させ、ミュオン捕獲由来中性子の収率を下げることができる。そのためのDB2 セクションへのグラファイト製ミュオンストッパーのインストールが完了した。これにより、60MeV/c(1MW 運転時)の負ミュオンまで受け入れることが可能となる予定である。

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図9:DインDB2付近に設置されたグラファイト製負ミュオンストッパー [拡大図(552KB)

 

6. ミュオンDライン・ポリエチレン製中性子減衰材のインストール

 上述の通り、近年のJ-PARC のパワー上昇に伴い高運動量の負ミュオンビーム使用時にビームライン周辺の中性子線量が上昇し、測定等への影響がでている。このため、現在D ラインの負ミュオンの運動量は、上限35MeV/c に制限されている。前述のグラファイト製ミュオンストッパー以外にも負ミュオンは停止するため、これらからの中性子線も有意な線量となる。この中性子線を減衰させる目的でD ラインにポリエチレン製中性子減衰材を設置中である。

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図10:Dラインへのポリエチレン製中性子減衰材設置の様子 [拡大図(733KB)

 

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